ハジマリ


「ベジータ、おめぇ良い匂いすんな」

 それは組み手後のこと。カプセルコーポ内の庭にある、宇宙船兼重力トレーニング室内での事だ。
 どこで修業しても二人が本気になると何かと破壊の恐れが多いため、人里離れた荒野や、居住不可能な荒んだ谷底、又はこの重力室で負荷を掛けて訓練することが二人は多かった。
 平和を謳い始めて随分経ち、存分に力を発揮出来るのは最早互いのみ。というか付き合ってくれるのは、と言う方が正しいか。
 とにかくそんな訳で、今日も悟空は朝食後にベジータの所へやって来て、拳を交わしていたのだ。
 最後に互いの余力を注ぎ込んだ、かめはめ波とギャリック砲が衝突して飛び散り、重力室が半壊した所で組み手は終わった。
 エラーブザーが鳴り響く中、花に水を与えていたブルマの母がやってきて、あらあら元気ねぇ、といつもの笑顔を浮かべ、大の字で仰向けになって倒れている二人に、レモネードいかが、と薦める脳天気さ。
 消え去った天井の先にある青空を見ながらゼェゼェと荒い呼吸を零すベジータは、いらん、とそれを一蹴する。悟空も同じく息を荒げながらも、へへ、と何処か楽しげで、オラも今はいいや、と清々しく言い放った。
 あらそぉ?と首を傾げる様子は、けたたましく鳴り響くブザー音には不釣り合いだった。
 ベジータはゆっくりと上半身を起こし、コキコキと首や手首を鳴らしている。気はほとんど使い切ってはいたが、重力装置が壊れたため負荷が消え、動くことは可能なようだった。悟空も「よっ」と言いながら上半身を起こす。それからベジータは散らばっている破片のうち小さなものを拾うと、指先で弾いた。
 ヒュンッと風を切って飛んだそれは、装置の赤いボタンに当たり(というより赤いボタン含め周辺を破壊し)、ブザーが鳴り止んだ。

「壊したら怒られっぞベジータ」
「そうよベジータちゃん」

 負けず劣らずの脳天気二人にベジータは舌打ちをする。

「もう壊れてるだろうが」

 そこに今度は仕事中だったらしいブルマとその父がやってくる。

「ブザー聞こえたからまさかと思ったら、アンタ達また壊したの!?修理する身にもなりなさいよ!」

 怒りに震えるブルマに、ベジータはゆっくりと立ち上がり一言。

「こいつが脆過ぎるんだ」
「なんですってぇ!」
「まぁまぁ、この程度なら可愛いもんじゃろ」
「あぁそうよね完全破壊なんかされちゃぁたまったもんじゃないものね!」
「そうじゃろそうじゃろ。しかしまたスピーカーの位置を決めなきゃならんのは困ったのぉ」
「あらそれは確かに重要ねぇアナタ」

 プンスカしているブルマにお気楽な父と母。この両親あっての敢えてのこの娘なのだろうと思われる会話風景だ。
 悟空は蟹頭をボリボリと掻きながら、すまねぇな、といつもの笑いを浮かべた。

「つい熱入っちまってよぉ。って、いちち」

 もぅ、とブルマは頬を膨らませながら腰に手を置く。

「怪我しても良いけど死なない程度にしなさいよ。あとベジータ!ちゃんとシャワー浴びる!それと今夜は罰として、私が買ってきた服着てデートだからね!」
「な、なんだと!」
「言うこと聞かないと重力室、直さないわよ」
「ぐっ・・・」

 ブルマは満足気にフフンと笑い、研究室へと戻っていった。

「あらあら、今夜はデートなのぉ?良いわねぇ」
「じゃあワシらも今夜は何処か行くか」
「あらホント?嬉しい〜」

 と呑気にのたまいながら夫婦も去っていった。

「まったく、うるさい奴等だ」
「ベジータ今夜はご馳走か?いーなぁ」
「いーわけあるかクソッタレ」

 悟空にとってデートとは、外で美味しいものを食べる事であった。

「貴様のせいだぞ」
「んじゃオラが代わりにご馳走食いに行ってやるぞ!」
「なっ・・・バカタレが!」
「へ?」

 首を傾げる悟空には目もくれず、ベジータは機嫌悪そうに歩き出した。
 胡座をかいて座っている悟空の前を通り過ぎ、壁際に吹っ飛ばされたタオルを拾う。
 汗を拭こうとしたようだが、当然ながらあの激しい組み手に居合わせていたタオル様は最早ボロ雑巾と化していて、ベジータは舌打ちをしながらそれを放り投げた。
 悟空はと言えば、ベジータが目の前を通った瞬間からやたらと鼻をヒクつかせていて、気付けばジリジリとベジータの方ににじり寄り、それに気付いたベジータが眉を寄せて悟空を見下ろす。

「なんだ、貴様」

 ここでようやく、冒頭の一言に戻るのである。長い前説失礼。

「ベジータ、おめぇ良い匂いすんな」
「・・・は?」

 ベジータは眉間に皺を寄せていたが、寄ってきた悟空の顔が太股に触れそうになった瞬間、思わずその顔に足を押し付けた。つまり踏み付けた。それはもう、メキッと。

「何訳の分からんことを言ってるんだ貴様は」

 ようやく足を降ろすと、悟空の顔にはバッチリと靴跡が。

「い、いってぇぇぇ!」

 悟空はピョンッと飛び上がり、バタバタ走り回る。さっきまでの稽古の疲れはなんのその。

「いってぇよベジータ!何すんだ!」
「貴様が阿呆な事を言うからだ!」

 走り回っていた悟空はギュンッとベジータの前まで戻り、ブレーキを掛けて止まると顔を突き出す。

「だって良い匂いがしたから言ったんじゃねぇか!」
「だからそれが阿呆だと言ってるんだ!」

 ゴツンと額を擦り合わせながら言い争う、宇宙最後のサイヤ人二人。
 だが確かに、汗まみれ埃まみれ、しかも荒々しい組み手によって所々から血が流れ、戦闘服にも滲んでいる状態のベジータからは「良い匂い」を発する原因は一つも見当たらない。もちろん悟空自身も同じくボロボロで、自身から発している匂いを勘違いしているというのも有り得ない。

「おっかしいなぁ」

 悟空は合わせていた額を離すと、ヒョイッと鼻先をベジータの耳元に寄せて、スンッと軽く鼻を慣らした。
 突然の行動にベジータは固まる。頬をくすぐる黒髪に目を見開く。

「ん〜、今はしねぇなぁ」

 悟空が顔を戻せば、動かないままのベジータに気付き、ん?と顔を覗き込む。

「どした?でぇじょぶか?」
「な、な・・・」
「な?」
「何しやがるクソッタレェェ!」
「おわっ」

 唐突に目の前から打ち出された気弾を、悟空は後ろに腰を折って咄嗟に避ける。気弾は真直ぐ飛んで、重力装置にとどめを刺したようだった。
 悟空はブリッジの状態から身体を戻し、肩を竦める。

「ふぃ〜、あっぶねぇなぁ。おめぇまだあんな気ぃ残ってたんか。でもいきなり危ねぇじゃねぇか。あ、まぁた装置壊しやがって。ブルマますます怒らせちまうぞ」
「貴様がいきなりっ・・・」
「ん?オラ?」

 キョトンとする悟空に、ベジータはグッと息を飲み、熱くなっている顔を下に向けた。
 勢い良く俯いたせいでフワリと弱い風が悟空に向かう。

「あ、また今、良い匂いしてっぞ」
「だ、黙れ!」
「分かった!おめぇあれだろ、女が付ける匂いするやつ、ブルマもたまに付けてる、あれおめぇも付けてんだろ!」
「俺様がそんなもん付けるかクソッタレ!」
「あれ?ちげぇのか。まぁ確かにオラ、あれあんま好きじゃねぇし、良い匂いって思ったことねぇもんなぁ」

 うーん、と首を傾げる悟空だが、ふと己の下半身を見て、眉を上げた。

「わちゃぁ、またか」

 珍しく困ったような声を出す悟空に、ベジータは思わず顔を上げた。

「どうしたカカロット」
「いやオラな、どうにもおめぇのその良い匂い嗅ぐと・・・」
「だからそんなもん俺は付けとらん!」
「付けてなくてもするんだから仕方ねぇだろ!」
「話にならん!最下級戦士め!」

 ベジータは軽くジャンプすると壊れた壁から外に飛び出す。

「ベジータ!」
「うるさい!」
「また組み手しにくっからな!」
「・・・」

 短い沈黙の後、ベジータは鼻息荒く自宅の方へと去っていった。
 ベジータの無言は肯定だと分かっているからこそ、悟空はそれ以上追う事はしなかった。
 それより今は己の下半身が問題だ。下半身というか、股間。男の生理現象が起きている。
 さすがに悟空も子供が居る身。どういう時にこうなるのかは分かっているが、何故今なのかが皆目検討が付かない。
 さらに言うなら、この理由無き生理現象は始めてではない。ここ最近、ベジータとよく修業をするようになってから、先ほどのように組み手後の彼から良い匂いがするようになり、それを何度か嗅ぐとこうなるようになった。

「なんでかなぁ・・・」

 悟空に取ってこの現象は、チチと子作りするときのものだ。それ以外では有り得なかった。何故ベジータと居て、チチと子作りをしたいと身体が思うのか、謎でしかない。さらに謎なのは、ベジータと別れて暫くすると収まる事だ。家に戻る頃にはそれより空腹を身体が訴える。チチの美味しい夕飯を胃に納めた頃には、忘れてさえいる。修業か畑仕事で一日が終わるときは、もちろんこんな現象は起きない。
 どうやらベジータが関係しているようだが、考えるのが嫌いな悟空は、さほど気にせずに居た。つまりは解明が面倒だったのだ。
 それも最初の頃は大して苦では無かったのだが、ここの所どうも頻繁過ぎる。理由が分からないのは少し嫌だった。
 まだ筋斗雲に乗れてしまう悟空には、少し難しい問題になりそうである。
 とにかく悟空はただただ首を傾げるのであった。


身体は大人!頭脳は子供!その名は最下級戦士悟空!

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