ソファに横柄に横になってナマエは俺の居場所を侵食しつつあった。いつもの事だ。片足はだらりと素っ気ない床に落ちて、頼りないつま先が落ちそうな腰を支えている。片腕も片足と同じくだらしなくソファの外へはみ出していたし、もう片方の腕は背もたれを伝って惜しい所で手首だけが空中に投げ出されていた。無論ジーンズを履いているからこういう格好が出来てる訳だが、それでもこういう態度は女としてどうなのかというのは常々俺が思ってる事だ。そして俺はナマエにとって何なのか。擦り寄れば何でも与えてくれる都合の良い男、いや人間か。まるで餌付けされた野良猫みたいだ。ナマエがか、俺がか。

「何飲むんだ?」
「水」
 座る場所も無いのでそのまま台所へ直行してカウンター越しに聞いた俺に、顔を見せないままナマエは言った。ちらりと覗く指先がちらちら揺れる。返事をしないまま冷蔵庫を開け、凍った匂いの漏れる庫内から瓶を引っ張り出した。棚から予め取り出しておいたグラスに栓を外した瓶の口を傾けると、気味の良い音と一緒に水が溜まっていく。透明だったグラスを結露が白く濁した。



「イルーゾォ彼女出来ないわね」
「……ああ?」
 今まさにテーブルに置いてやろうとしたグラスが、俺の動揺で中途半端に音を立ててから宙に浮いた。ナマエを、俺は今、至極欝陶しそうな顔で見ているんだろう。大体、惚れたはれた、彼女ができたできないの話を自分以外の他人にした覚えは無い。なのに、勝手に見当を付けてナマエは言ったのだ、『どうせこいつには彼女なんか出来てないんだろう』という俺を見下した思想の元に。それが外れていないものだから余計に俺は腹を立てているわけだが。
「原因を考えましょうよ」
 眉を持ち上げてニヤついたナマエが体を起こして、グラスを煽る。やっと腰を下ろせた俺は膝に肘をついてその腕で重い頭を支えた。何がそんなに楽しいのか孤を描くピンク色の唇を、ナマエは袖で適当に拭って喋る。
「好きな子は出来ないわけ?」
「……なんでお前に言わなくっちゃあいけないんだ?」
「あー、いるの」
「……………………」
 ニヤニヤを一層深くしたナマエが雑にグラスをテーブルに置いたせいで、勢いに逆らえなかった水がほんの少し零れた。身を乗り出して覗き込んだ黒い目を、眉間に力を込めて見つめ返す。
「お前だよ」

「何が?」
「好きなのは」

 一瞬間を置いてから、ナマエはやっぱり噴き出した。綺麗に整えた眉を歪めて、女にしては薄い唇の片側だけを吊り上げる。こんな意地の悪い笑い方する女を好きになる奴の中にはロクな奴なんていないと思う。俺を含めて。
「バカな事言わないでよ。そうやってはなし逸らそうとしたって騙されないんだから」
「じゃあ誰だったら良いんだよ」
「案外ゲイなんじゃあないの」
「そんなわけねえだろ……」
「だとしたら、そうねえ、ギアッチョは無いかな。プロシュート?」
「じゃあ良い、それで」
「あ、言ってやろうかしら。プロシュートに」
「プロシュートのことだから『それで良い』って言った事に怒りそうだ」
 ナマエがまた笑う。いえてる。もう一度水に口をつける気配は無い。

 プロシュートがもしナマエを好きになったらどうするだろう。誰が言おうと鼻で笑うナマエを強引に押し倒すのか、はたまた額でもくっつけて優しく愛を囁くのか。
 ああ、やめよう、想像したら胸糞悪くなってきた。
 俺にはナマエをどうこうできない。ナマエが大切だからとかそんな素敵な理由じゃあなく、ただ嫌われるのが怖いだけだ。ずっと止まったままのもの(例えば歯車としよう)を動かすには、油も注さなきゃいけないしそもそも触らなくちゃいけない。そんな事してもし指でも挟んだら、多分そっから俺は腐ってって、結局死ぬんだろう。それは、嫌だ。ナマエには見えない隙間が多いから、きっと簡単に指の肉を持っていかれる。それでも良い、って思ってるのがメローネなんだろうな。

「ナマエ」
「何よ」
 背もたれに寄り掛かって目を閉じていたナマエがそのまま返事をした。組んだ細い指が腿の上に無造作に置かれている。
「俺は多分一生誰とも付き合わない。結婚もしない」
「なんで?」
「……面倒だから」
 本当の事は言わないでおいた。また笑われるからだ。ナマエがうっすら目を開いてこちらを見る。拗ねたように肩を竦めて、相槌も何も打たずにソファのひじ掛けに頭を乗せてしまった。俺が面白い答えを言わないから飽きたんだろう。
 掛けてやる毛布を探すために立ち上がってテーブルの上のグラスを取ると、零れた水が丸く隊列を変えている。ちらりと横目でナマエが目を閉じているのを確かめて、少し考えてから、グラスに口を付けた。


20090717

title:アネモネ


実は両想いだったりして
イルーゾォは誰も見てない所で変態行為してそう





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