最近コンビニでバイトを始めた私は、ぼうっとレジの前に突っ立っていた。陳列だとかは言われるまでやらないって決めている。無駄な体力を使いたくないからだ。そのせいで店長には目を付けられているが関係無い。ポケットに手を突っ込むと糸くずが入っていた。床に捨てた。



なにしろ、暇だ。ほとんど人のいない裏通りに面しているせいかまともな客はほとんど来ない。来る奴といえば『ちょっと変わった』奴らばかり。

「………………………」

今も、バンダナを巻いた太った男が私の目の前に黒いマッキーだけを無造作に放った。
男の目は落ち窪んでいて、表情がよく窺えない。青白い肌を奇抜な衣服で包んでいる。

マッキーが一体どのような用途に使われるのか。また、この男は誰なのか。一介のコンビニ店員にしか過ぎない私には、それを知ることはかなわない。いくら気になろうとも、だ。

男の表情を窺いながら、作業を終え、120円です、と呟いた。男は無言で、茶色い古めかしい財布を取り出す。きょどきょどした視線が、怪しい。



「……ありがとうございましたー……」
自動ドアを、白いビニール袋を提げて出て行く男の挙動に注目しながら、上の空で決まり文句を呟く。手はレジを閉めようとしかけたまま、止まっていた。

男が、思い出したように足を止める。きょろきょろとあたりを見渡してから、屈んだ。

……一体何をしてるの?気になって仕方ない。肉まん棚の陰になって見えづらいのを、なんとか見極めようと身を乗り出す。

男はしばらくそこにうずくまっていたが、相変わらず挙動不審でなにかごそごそやった後、弾かれたように立ち上がってどこかへ行ってしまった。そして今度は、私がきょろきょろする番である。

今からちょろっと店を抜け出して、あの男が何したのか見るくらい、良いわよね。店長はまだ仕入れの話で本社の人ともめている。レジを静かに閉めて、私はそろそろと自動ドアに向かう。









てぃるてぃるてぃらー♪てぃるてぃるらー♪
「ひっ」

突然鳴った効果音に私は飛び上がった。そうだ、クソッ。ファ○リーマートは『鳴りやがる』んだ!
「いらっしゃいませー!」
わざと店長に聞こえるよう叫んだ。これであのマヌケは、『出た』んでは無く『入った』と思い込むだろう。私は意気揚々と外へ出た。

「確かこのへん……あ」
グレーのアスファルトに黒い線。明らかに作為のあるものが。
「なになに……『ピッツァマルガリータが食いたい』……?」




私は考えるのをやめて、店に戻った。また音楽が鳴ったが、冗談でも『ありがとうございました』なんて言う気にはならなかった。


店長に説教を受けた後(「『ありがとうございました』はしっかり言えって言ってんだろッ!!ああ!!?」)、私はぶつぶつ文句を言いながらジャンプやらレディコミやらを並べていた。
「なんなのよあの天パ。おでんにお前の毛が入って全イタリアの人にうつるっつーの」
なんとなくジャンプをめくりながら、好みの漫画を見つける。この位置は、レジにいる店長からは見えない。しめたもんだ。
ちなみに、私は『慣れて』いる。こういう場合、時間が掛かり過ぎては店長に怪しまれるため、素早く的確に漫画を選択しなくてはいけない。今日はとりあえずツーピースを読むことにした。掲載順位が早いから、時間の無駄も省ける。ゾフィの台詞を小声で音読しながらテンションは上がる。

てぃるてぃるてぃらー♪てぃるてぃるらー♪

クランキーが敵に吹っ飛ばされたあたりで、また『あの』音が鳴った。
舌打ちしてから、ジャンプを棚に置く。マジに展開は気になるが、客にこういう態度を見られるのは非常に厄介だからだ。店長のカンに触る声が店内に響いた。
立ち上がって、いらっしゃいませ、と客の方へ目を向ける。

どうやら今度の客は二人組らしい。アベックか?(アベックって死語なのか?)黒い肌に白いストレートヘアの女と、白い肌、赤い髪を風変わりにまとめている男。

二人は私が見つめている約一分間だけでお腹いっぱいになるくらいイチャついてくれた。腰を抱き寄せあって、髪にキスしあって、化粧品やらお泊りセットやらがある棚の前で品物を物色している。私は口元を歪めて、二人の後ろを通り過ぎようとした。

「あ、おい。そこのおまえ」
話しかけんな、という私のオーラは気にしないらしい。ぐるりと雑誌の入っていた空き箱を持って振り返った私に、赤毛が尋ねる。
「ク〇アクリーンは?」
「……歯磨き粉ですか?申し訳ありませんがク〇アクリーンは当店では」
「あんだとお?」
赤毛が眉を顰めて私を見下ろす。長身のカップルだし威圧感も相当なもんだが、私も慣れたものだ。この店には変な客が多いから、クシロビールが無いだの四ツ矢サイダーが無いだのでキレる客は多い。憮然とした態度で、箱を抱え直す。
「申し訳ありません。ア〇アフレッシュならございます」
「いーや!クリア〇リーンのミクロクラッシュのやつじゃあねえと買わねえからなッ!」
「もう大丈夫ですよスクアーロ」
!?
こいつ、男!?
確かに……よく見るとガタイも良い。声の低さで気が付いたのだが、こいつ、男だ。
スクアーロ、と呼ばれた赤毛を、ロンゲが遮る。
「あなたの家にあるク〇ニカで構いません。すいません、わたしが『〇リアクリーンじゃあないんですか……』なんて呟いたばっかりに」
「そんな、ティッツァ!すまねえ……お前がクリアク〇ーン派だって知らなかったんだ」
「良いんですスクアーロ、気にしないで。わたしもこの際クリ〇カに鞍替えします。あなたと一緒が良い。キスしたとき同じ香りがする方が……」
「ティッツァ……」
「ごゆっくりどうぞ」
多分今自分は人生で一番冷めた顔をしてると思う。ただのバカップルだ。大体歯磨き粉なんかなんでも良いだろうが。ティッツァがクリ〇クリーン無いって言ってからスクアーロがどれだけ嘆いて『良いんですよスクアーロ』とか言ってるティッツァを無理矢理家から連れ出したのか、したくもない想像が容易に出来てしまってイラつく。

レジに戻ると店長が私の頭をはたいた。
「いッ」
「おめーなんだあの態度。あ?コラ」
「じゃあ店長が代わりにあの二人の相手してくださいよ。私もう腹一杯」
「それは嫌だ」
きっぱり言う天パに脳の血管が切れそうになって、思わずレンジを殴った。メガネを割ってやりたくなった。

てぃるてぃるてぃらー♪てぃるてぃるらー♪

今度はなんだと客を見、る前に何か茶色いもので視界が埋め尽くされた。

「ぎ……」
「うお!ううう!うおお」
「セッコッ!!」
「う………」
恫喝が耳をつんざいたと思ったら、視界が開けた。茶色いものが、レジを降りて何やら飼い主らしいものの後に続いて行く。突然飛び掛かられた頭に、そっと触った。
べたべたした。手を店長の背中のあたりに擦り付けて(「テメーなにしやがる!!」)、茶色いものを睨む。どこの動物園の猿だ、あいつは。


……だがよく見るとそれは、猿じゃあなかった。否、人を猿とするなら今のは間違っている。全身が茶色い革のスーツに覆われてひどく分かりづらいが、それは確かにサル目ヒト科ヒト属ヒト種そのものであった。
その猿を連れているのは、これまた長身で、『変なふうに』髪を固めている男だった。胸に大きな十字架っぽいシンボルがあるがとても聖職者には見えない。白と赤のコントラストからすと医療関係者かもしれないが、そのほうがマズい。目が『イッちゃってる』からだ。つーかまずあんなの引き連れてる時点で頭おかしい奴確定だろ常識的に考えて。

とりあえず奥から出してきたタオルでヨダレの付いた頭を拭きながら、私はちらりと店長を見る。

………………この野郎、『自分じゃなくて良かった』ってカオしてやがる。お前は髪の毛グチャグチャなんだからヨダレつこうがつくまいが関係ねえじゃねえか。ムカついたのでタオルを店長の頭にこすりつける。


「よおーしセッコ……この中から三つ選ぶんだ……お前の食べたいスナック菓子をなッ!おつまみでも良い!手を使わずに出来るかな!?」
「うおおう!うお!」
「よし、やれッ!!」
号令と共に、つまり気が付いたときには既に、セッコと呼ばれた猿は口に小さな袋をくわえていた。
……ぜんぶグミだ。
「よおー―――――しよしよしよしッ!!セッコォ〜〜お前はサスガだなッ!!」
怪しい男がセッコを気持ち悪いくらい撫でるのもお構い無しに、セッコは歯で袋を食い破って紫色のグミを貪り食っている。







「よし。帰るぞ」
「うお」
「お待ち下さいお客様」

てぃるてぃるてぃらー♪てぃるてぃるらー♪

一瞬で凍り付いた空気に、脳天気なメロディがかかる。店長が小声で私を誉めた。うるせえお前が引き止めろよ。

……私が何故二人を引き留めたか。

二人は金を払わなかったのだ。

確かにグミを三袋、あの通路のド真ん中で綺麗に平らげたのに、奴らはレジの前を素通りした。ここまで堂々とした万引き?は見たことが無い。店員の目の前の通路で商品を食った揚句、存在を無視して帰ろうとするなんて。正直この店の売上のことはどうでも良かったが、いくら無関心で大学では有名な私でもこれを見過ごしたら共犯だ。クビになんのは困る、来週アルバム買うし。
二人のいた通路にはビリビリになった空き袋が散乱している。

「…………なんだ?」
十字架フーリガンの方が、顔だけこちらに向けてスゴ味を効かせた。が、店長ので慣れている。
「お会計を済ませて頂けませんか」
「おい。なんで俺の後ろに隠れんだよ」
店長を無視して続ける。
「さっさと済ませていただきませんと警察ですよ。良いんですか。そこらへんウチの店は容赦せん」
「フン!」
「だ・か・ら!俺を前に出すな!!」
精一杯体を引こうとする店長シールドを必死にキープしている私のそばに、つかつかと十字架が歩み寄った。自分の襟を自らぐいっと掴んで、何やらブローチのようのものをこちらへ見せつける。
店長の肩越しに、目を細めてまじまじとそれを見る。
「……あ、ギャングの」
「そういうことだ。行くぞセッコ!この店にはもう二度と来ない!」
「うう!」
「いや来なくて良いんだけど」

結局、二人組に金を払わせることは出来なかった。私が言った後にまた凄まれたのだが、その時の目が店長以上に危なかったからだ。まるで『お前を足から輪切りにしてホルマリン漬けにして額縁にハメますよ』みたいな……


とにかく、300円は店長の命令で私が払った。マジでこの天パ八つ裂きにしてえ。








「大体店長は横暴過ぎますよ」
「ああ?」
「歳は私と変わらないのに威張るし体力仕事は私にやらせるしさっきみたいな場面でも部下を守るでなくチキンだし」
「あ、ちょっと電話出てくる」
「もうそのまま帰ってくんなよ」

呼び出し音も鳴ってないのに店長は奥に引っ込んだ。私は今度こそタバコの入っている棚を殴った。ばらばらとキャメルが落ちてくる。



てぃるてぃるてぃらー♪てぃるてぃるらー♪


「……いらっしゃいま」
「あのッすいません!!電話を貸していただけませんか!」
ばたばたと店に入ってきた少年の顔面は蒼白だ。全速力で走ってきたのだろうに顔色真っ青ってどんだけ血圧低いんだこの子。
ちらりと子機を見る。……電話は今店長が暇潰しで誰か友人にかけてるらしい。私は子機を取って赤いボタンを押した。
「これどうz」
「すいませんありがとうございますッ!!助かります!!」
「あれ。ちょっと。それキャメルですけど。何してんすか」
「もしもしもしもしボス!?すいません遅れて!!電話が壊れちまって」
さすがにクールな私も状況を把握できず固まっていると、後ろの方からばたばたと音が。
「てめえええ!!何勝手に切ってんだよ!!今いいとも中継してもらってたのによォ〜〜ッ!!」
うちの控室にはテレビが無い。
「店長の癖に店の金でラブコールするのやめて下さい」
「ラブコールじゃねーよボケッ!!」
「ドッピオ……わたしだ」
「!」

私は思い切り後ずさった。
少年の目がピグピグして、しかも超低い声で急に呟いたのだ。振り返ると店長も固まっている。

「わたしのドッピオ……何度一般人の前でわたしと連絡をとるなと……」
「ああッそうだった!!すいませんボス!」
くるくる変わる少年の表情を控えめに見つめながら、私は踵を返した。

「……店長、私やめます」





その後、コンビニで得たボスの情報をギアッチョがアジトに持ち帰り、暗殺チームは麻薬ルートを奪取できたとかできなかったとか……それはまた、別のお話……☆



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -