「…………なんだァ、これ」

ギアッチョは、廊下に落ちていた危うく踏みかけた『それ』を摘みあげた。どうやら女物のネックレスのようだ。先端についた赤い石が、暗い廊下でぼんやり光を放っているように見える。

きっとあいつが落としたのだと見当をつけて、リビングを覗く。

「おい。お前これ落としただろ」
「んー?何?」
首をぐいっと後ろに反らせてこちらを見た彼女が、眼をぱちくりさせてギアッチョの指先で揺れる石を見つめる。
「いや?私それ持ってないわ」
「ああ?お前以外に誰がいんだよボケ」
「私がなんで嘘つくのよバカ」

彼女が嫌な顔をして、顔を正面に戻した。ファッション雑誌に当たるように激しくページをめくる彼女の隣の背もたれに、ギアッチョが寄りかかる。
わざとゆらゆらペンダントを揺らすと、廊下には入って来なかった光が赤い石の中でちらちら反射した。
「じゃあメローネか?でもあいつ赤いもん持ってたか?」
「さあー」
気の無い返事をする彼女を、じとりとギアッチョは睨んだ。シャネルの特集に熱心に眼を通しているらしい。こいつ、シャネルなんか着るのか?


がちゃん、と音がして、誰かが部屋に入ってくる音がした。





「うーっす。お前ら早いな」

ホルマジオがリビングに入ってくるのを、彼女はまた首を逸らして見た。軽く手をひらひら振って、またシャネルに眼を戻す。

「お?なんだおい、もしかして俺空気読めなかったのか?」
ホルマジオが、自分の持っているものを見ながらニヤニヤして言ったのに気が付いて、ギアッチョは思わずネックレスをホルマジオにパスした。
「え?俺にくれんの?」
「ちっげェよアホが!これはそこの廊下に」
「おほ、本物っぽいぞこれ……ガーネットか?ルビーか?」
「結構するんじゃないの」

彼女はシャネルに一通り眼を通し終えて、今は有名なモデルのインタビューを読んでいたが、すぐに興味を失ったらしくぱちんと雑誌を閉じた。体ごと振り返って、ホルマジオに向かって手をのばす。ホルマジオがネックレスを投げた。

「うん、綺麗ねえ」
「パクっちまえば良いんじゃねえか?」
ギアッチョが不穏なことを言ったのを、彼女が視線で咎める。
「そうやってすぐ犯罪起こすクセやめなさい。メローネかもしれないじゃない」
「うるせえ。……メローネは赤い石嫌いとか言ってたような気がすんだよなァーあークソッ、思い出せねえ」
うーん、と青い髪をかきまぜるギアッチョの横をすり抜けて、ホルマジオは彼女の隣に座った。赤い石を顔を寄せて覗き込む。
「あけえーなァー」
「あかいわねえ」
「……なんかに似てねえか?」

ギアッチョが眉根を寄せて呟いたとき、また玄関から物音がした。





「おはようございやっす」
「よう」

部屋に入ってきたプロシュートとペッシが、三人が顔を寄せるのを怪訝そうに見下ろしながら近付いて腰を屈める。
「なんだ、おい?誰のだ」
「おぉ……キレーだァー」
「そこに落ちてたんだよ」
ギアッチョが答えると、プロシュートはひょいと彼女からネックレスを奪って光に翳した。それをペッシと一緒に、さっきまでの三人と同じように見上げる。
「ちいせえが相当良いもんじゃあねえか」
「こんなキレイなの落とすなんて罰当たりだなァ」
「誰のなのかしらね。プロシュートもペッシも違うんでしょう?」
「ちげえな。俺なら落とす前に誰かにやってる」
うぅん、と彼女が首を傾げて眼を閉じる。ギアッチョは今もじっとネックレスを見上げて、見覚えのあるなにかを黙って思い出そうとしていた。

そうだ、とホルマジオが声をあげる。

「イルーゾォが知ってんじゃねえか?あいつ夜中もここにいたはずだろ」
「言われてみりゃあそうだな」
プロシュートが、リビングの壁に立て掛けられた鏡を何度も蹴飛ばした。





「おい!やめろ蹴るの!高かったんだぞこの鏡!」

イルーゾォが、鏡から頭を覗かせた。
相変わらずケチだな、とギアッチョが呟くとイルーゾォがこめかみをひくりとさせて鏡の枠を踏み越える。ギアッチョに向かって行こうとするイルーゾォの髪の束を、プロシュートが一本掴んで引き止めた。
「おいお前、これ誰のか知らねえか?」
「あ?」
イルーゾォがプロシュートからネックレスを受けとって、まじまじと見てから、彼女を見る。
「君のじゃあないのか?」
「違う違う」
首を振った彼女が「ね」と周りの三人に同意を求めると、ギアッチョとペッシは頷いた。ホルマジオはニヤニヤを再発させて言う。
「俺はてっきり、ギアッチョのじゃねえならお前のだと思ってたんだがなァ、イルーゾォ。こいつにやるつもりでよ」
ホルマジオは、隣の彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。彼女がそれを欝陶しそうに払うのを見ながら、イルーゾォが顔を赤くする。
「……俺はプレゼントをその辺にほったらかしたりしない!」
「とすると、残るはリゾットとメローネか」
「やっぱメローネのなんじゃあないの?」
顎に手を当てて考え込むプロシュートに背もたれに寄り掛かった彼女が言うと、玄関の鍵を開ける音が廊下を伝わって一同の耳に届いた。この日三度目になる。





「……なんだよ、そんなに見るなよみんなして。照れるじゃあないか。なんだ、今日の俺そんなにイケてんのか」
「いつも通りイケてないわよ」
彼女が辛辣に言うと、ペッシが困ったように二人を見比べた。ひどい、と甘えた声を出しながら彼女の腰を抱こうとするメローネを、ギアッチョが殴る。ホルマジオが声を出して笑った。

「おらメローネ、これ。お前のじゃねえのか?」
「ん?」
ギアッチョにまで手を出そうとしたせいで馬乗りになられて今にも殴られそうだったメローネに、イルーゾォからネックレスを取り返したプロシュートが近寄った。ギアッチョを下腹部に乗せたままのメローネが体を起こす。
「だあァー――ッちけえッ!!突然起き上がるんじゃあねえよクソッ!!」
「どれどれ……ああ、俺のじゃあないな。俺ガーネットはあんまり好きじゃないんだ」
メローネから離れようとプロシュートの脚に寄り掛かるギアッチョに、ホルマジオが言った。メローネは細いシルバーのチェーンをぶんぶん振り回しながら大袈裟なジェスチャー付きで続ける。
「なんていうか、ほら。卑猥な感じがしちまうだろ、女が赤って。赤い口紅と一緒さ。それにガーネットの宝石言葉って『貞操』なんだぜ、卑猥なのに。同じ赤ならルビーがいい。まあ、それが逆に良いって気もするが、やっぱり俺はなんたってダイヤだね。『純潔』」
「わかったから俺の脚を離せ変態ッ!!」
「おはよう」




「今日は早いな」
「……あ!!お前の眼だ!!」

ギアッチョが急に大声を出したので、近くにいたペッシと彼女とホルマジオの肩が一斉に跳ねた。部屋から起き出してきたリゾットが怪訝そうに、ほんの少し眉をひそめてギアッチョの見開いた眼を見つめる。イルーゾォが輪に加わろうとプロシュートの隣に立って、リゾットの眼とガーネットを見比べた。
「あ……確かに……色、似てるな。リゾットの瞳の色と」
「何の話だ?」
「ああ〜」
一同がギアッチョとメローネを乗り越えてリゾットに詰め寄る。体を引こうとしたリゾットの体を、左からプロシュートが右からペッシが押さえた。
「あ〜ホントだ。確かに似てるわね」
「よく気付いたなあ〜〜ギアッチョお前」
「ていうか俺リーダーの眼が赤いのも知らなかった……」
「俺もまじまじとリゾットの眼見たの初めてかもしれねえな」
「リーダーの眼キレイだァ〜〜」
「あ、ちょっと!そっち向かないで!見えないじゃないの」
「………………」

ギアッチョがやっと体を起こして、得意げに息を吐いた。
「やっぱりな。俺の眼に狂いはねえ」
「ギアッチョってリーダーが好きだったのか、ごぶッ!」
鳩尾を蹴飛ばされたメローネが床を転がる。疑問が解決して満足したギアッチョは、ソファにひらりと乗ってテレビを点けた。

イルーゾォがメローネの方を覗いて、手を出した。
「ネックレス、くれよ。リゾットの物か聞かなくちゃ」
「あー」
「ネックレス?」
リゾットが首を少しのばして、彼女の頭の上からメローネの方を覗いた。

赤い石のついたネックレスを見るなり、ああ、とリゾットは彼女とホルマジオの間へ割って入って、メローネの手から大きな手でチェーンを取り上げる。
「知り合いに譲ってもらってな。どこにあった?」
「「そこの廊下」」
ギアッチョと彼女の声が揃うと、そうか、と呟きながらリゾットは器用に小さな留め具を外して振り返った。
長い腕を彼女の首の後ろに回してこれまた器用に留め、髪をさらりと後ろへ流してやって、一歩下がる。
「お前にやる。俺が持ってても仕方ないからな」
しっかり休め、と言い残して部屋に戻って行くリゾットの背中をぼうっと見つめる男たちの真ん中で、彼女だけがぽかんと口を開けていた。



わたしにしては珍しく甘めの過去拍手作品ですがリゾットの目は赤か金色かで迷います





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