イルーゾォが受話器の向こうでぽつりと、『髪を切ろうかと思ってる』と呟いたので、私は顔だけ動揺させながら、『好きにすれば』と言い放った。もちろん私の嫌そうな顔が見えないイルーゾォは、『ああ』と応えたきり無言だ。お互いの部屋が静まり返るのは今日だけで何度目か知れなかったけれども、それでも細いケーブル越しに二人の空間が繋がってるのだ、と思うだけで私は、イルーゾォの肩に掛かった黒髪がさらりと背中や胸に流れるのが見える気はしていた。今、ごそごそと音がしたから、イルーゾォは髪の束を少し掴んで眺めている、のかもしれない。

「どうして切るのよ」
「関係ねえだろ」
「あっそ」
 カチンとは来たが、先に喧嘩を売ったのは私だ(イルーゾォはもしかしたら相当な思いで以って断髪を決めたのかもしれなかった)。私の目はきょろきょろと部屋の隅から隅を動き回り、未だに落ち着かない。この部屋にはイルーゾォはいない。
「……もうすぐ暑くなるし」
 受話器から声がすると、私の視線はクッションのあたりに留まった。
「……」
「別に妙なポリシーがあって伸ばしてるわけでも無いからな」
「去年までは結んでたじゃない」
「結んでたって暑いもんは暑いだろ」
 どうにもイルーゾォが何かを避けているような気がして、私はまた眉を顰めた。鬱陶しいから切れば、とずっと前に言った時には、面倒そうにこちらを一瞥しただけだったのに。イルーゾォはそこそこに、頑固なヤツだったはずだ。
「どうして急に切る気になったのって聞いてんのよ」
「……だから」
「まだ十二月だけど」
「……今がいつだろうと夏にはなるだろ」
「もしかしてまた女の子に何か言われたの?」
 受話器の向こうがしんと静まり返った直後、おそらくパニクったイルーゾォは、ぶつりと通話を切った。一人取り残された私は呆然と、耳から離した受話器の小さな穴を見つめる。
 なるほど、そういう理由なら、私が素っ気無かった事に腹を立てた理由も分かる。頑固で面倒なイルーゾォは好きな女に対しての防御力がゼロだ。攻撃力もゼロ。つまり、戦う術を持たない。何ヶ月ぶりに電話してきたと思ったらなんだそんなことかと心底落胆した私はお気に入りの椅子から立ち上がってうろうろと部屋を歩き回り始めた。私を、なにか、お悩み相談室のお姉さんと勘違いしてるんじゃあないのか、あのナヨっちい野郎は。マンモーニ。
 彼女にけなされたのか、それとも想いを寄せる可憐な花にけなされたのか、それは私にはさっぱり見当も付かない事ではあるけれども、どっちであろうが関係ない。イルーゾォは私をその女性に見立てて文句をぐだぐだほざきたかっただけであり、そもそも、あいつの髪の長さを指定する権利も、意見を取り入れてもらう地位も私には無い。だからあいつの相談は愚痴だって言うのだ。私は他人の愚痴を聞くのが嫌いだ。

 私が怒りに任せてベッドに横になろうとした直後にまた電話が鳴った。傾いた体はそのままシーツに沈む。シーツを捲って頭を覆ってみても、誰かが電話機の傍で、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら音量のボタンを上に押しているような気がしてならない。耳鳴りのようになってきた音波に、遂に私が起き上がろうかと思った所で、呼び出し音はぴたりと止んだ。半分だけマヌケに顔を出していた私は、またシーツの中へ引っ込んだ。



20100221


たまにはモヤモヤするのでもいいかなって思った!!とてもとても遅くなりましたけれどもリクエストありがとうございました。
そういえばバレンタインの話書きたいです




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