(*あまりいいお話じゃないです)






「ナマエはあんたのこと好きじゃあないぜ」
 唐突にメローネが言った。指先で摘んでゆらゆら揺らす瓶の中に入った血液が薄くなってあっという間にただの水に戻る。ゴム栓と瓶の底を行ったり来たりする水面が蛍光灯の光を反射してメガネ越しに目をちかちか照らした気がした。
「なんの話だ?」
「かと言って、俺のことを好きかっていうと、そうではない」
「マヌケ」
 当然だ。かみ合わない会話にイラついてメローネをじっと見つめながら舌打ちをかます。揺らす瓶を見つめるマスクに覆われた方の目は、ちらとこっちを見てから、すっと細くなった。馬鹿にされたのだ。長い付き合いだからようくわかる。軽く息を吐きながら目だけで笑うのはメローネが本気で他人を見下してる時だ。俺の手が出るより先に流れるように立ち上がったメローネは、テレビを直で消すためにテーブルを回り込んだ。そこで初めて、リモコンが無いことに気がついた。

「ナマエは俺たちみたいな犯罪者、好きにならない。あんただってそう思うだろ」

 静かになった部屋で、そのまま俺の手の届かないソファに座ったメローネは軋む音と一緒に足を組んだ。
 人殺しは人殺しをスキになれない。人を殺す時になにも考えてないってのを知ってるからだ。罪悪感も悔いもなしに、ただ何かを地球上から抹消するだけってのがどれだけヒドイかを知ってるからだ。メローネの言おうとした意味がやっと曖昧に掴めた俺の頭に、そこら辺の一般人といわゆる『普通の女の子』のフリをして付き合っているナマエが思い浮かんで、余計にムカついた。あいつはそんなことはしない。自分の想像力は、相当貧相な上にくだらないらしかった。
「そんなの関係ねェだろうが」
「そう思うか?」
「オメーはナマエとヤりたいだのなんだの考えてるかもしれねえが俺はそうじゃあねえからな」
「それはウソだ」
「ウソじゃねえよ」
「数え切れないくらいあるだろ。ナマエをネタに抜いたこと」
「それとこれとは話がちげえーだろうがよ、クソ」
 違わないね、と首を振ったメローネは、半笑いのまま手袋に覆われた指を振り回す。

「人間ってのは欲張りだからな。妄想だけじゃあガマンなんかできないさ」
「…………」
「ちょっと待て、勘違いしてるだろ?俺は別にそれを責めてるわけじゃあない」

 ナマエが誰と何しようが関係ない。たまにチームや組織の誰かとそうするらしいのも、汚え仕事も、全部仕方が無いからだ。俺一人がブチギレて『俺がオメーを愛してんだから足を洗え』(考えただけで鳥肌モンだ)なんてとんだお門違いもいい所、うちのチームに、俺含め、ナマエを幸せにできる奴がいないのはみんな分かっている。
 物分りの悪いのは、嫌いだ。

「欲望には素直に生きるべきだ。人間てのはそういう生き物だろ。なんのためにこんなに器用な手や舌や足がついてると思う?好き放題やるためだと俺は思うね」
 今度は口だけで笑って、頭は同じ高さにあるのに、グリーンとパープルの両目はまた俺を見下ろした。
「相手の体の外から中に入っていったりするのってどうしてあんなにイイのか、気にならないか?あ、一度女になってみたい」
「つまんねー話すんじゃねえよ」
「ああ、おっと、悪いな、逸れた」
 こいつの相手をしてると、退屈しないのは確かだ。
「ナマエのやつ、かわいいぜ、ベッドじゃ。誘ってみたらどうだ?そうだな、ここが嫌ならホテルにでも…………そう怒るなよ。寒い」
「それ以上その話続けたらテメー、ブチ割るからな」
「ふん、あんたは本気でやるからな。やめとこう」

 メローネは、さっきよりも面白がっているような顔をしていた。嘘をついているのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
 勢いに任せてうっかり殺したら、どうせリゾットあたりに嫌味でも言われる事になるし、こいつが空気も読まずに笑えない冗談を飛ばすのは今に始まったことじゃあなかった。いや、こいつの場合、読まないのか。

 一度凍ってから融けて液体になった水蒸気が、テーブルの上に水滴になって散っていた。メローネが黙ったせいで一気に静まり返った部屋の空気はあっという間にぬるくなった。ふと、肩に力が入っていたことに気がついた。抜こうとしたが、どうしてか無理だった。

「おい、メローネよォ」
「なんだ?」
 とぼけた目で天井を見たまま、メローネは声だけはっきりさせて返事をした。
「俺はナマエとはヤらねえからな」
「なんでだよ」
「…………負けたような気がするからよ」
「なら俺は負けたって?」
「ああ、そうなんじゃねーの」
 メローネは少しムッと来たらしかった。いつもは間髪いれずに返ってくる返事が、無い。少し黙ってからメローネは、わずかに眉間に皺を寄せた。
「いいや、違うね、あんたはわがままなだけだ」
「ああぁ?」
「ナマエの特別なヤツになりたいってのは、わがままだろ」
「んな事一言も言ってねえーだろうがボケ」
「言ったじゃないか」
「言ってねえ」
「言った」
「言ってねえ!」
「いーや、言ったね」
 言ってねえっつってんだろうが、と怒鳴りながらテーブルを蹴飛ばしても、メローネはちっとも動じなかった。
「だからそういう意味じゃあねえって言ってんだろうが人の話聞いてねーだろーッテメー」
「……ふん、意地っ張りだな」
「うるせえッ!殴らせろッ!」
「つまり、俺が何を言いに来たのか、気にならないか?」
「ならねえ!」
「ナマエに男が出来たんだよ」



 一瞬言葉に詰まった俺を、メローネは見逃さなかった。慌ててすぐに声を出そうとした俺をにやにやしながら上目遣いに見て、くつくつと笑う。
 ナマエに男ができたのなんて、今回が初めてじゃあない。そんなのは当たり前だ、あいつだって大人なんだから。付き合ってるんだかないんだかいまいち分からない、たまに会ってはセックスして帰るだけの仲の男。ギャングが多かったが、一般人もたまにいた。それについて話をしたがらなかったナマエにしつこく絡むメローネの姿を何度見たことか、思い出すとまたイラついた。だが反対に、喜々としたメローネがそれを俺にわざわざ伝えに来たことは、今までに一度も無い。無かった。



「一般人だぜ。信じられるかよ。普通の会社員だ。笑顔の優しげな年下の男」
「…………」
「ナマエに聞いたんだ。『その男のどこがいいんだ?』ってな。そうしたら」
「おい……それ以上ペラペラ喋りやがったら」
「『人間らしいところ』らしいぜ。笑っちまうよな。いや、実際笑っちまったよ。ナマエの前で」

 立ち上がった俺は気が付くとメローネを殴っていた。

 悪いのがメローネじゃないのは俺にだって分かっていた。そもそも悪いやつなんて誰もいないのだ。ナマエに何もできない俺も、愛してるはずのナマエで遊ぶメローネも、ナマエが人殺しだってことに気が付けないそのクソ野郎も、不毛な恋をしてるナマエも、誰も悪くなんかない。

 口の端からたらりと血を垂らしたメローネは、目の前に立つ俺が作った影のせいで色の悪くなった顔を上げて、まだにやにやしている。

 ふと、メローネが俺をけしかけようとしているんではないかということに気が付いた。それに気が付いたのは、俺が実際、その誘導にハマりそうになったからだ。ナマエが『人間らしい』と称したその男の居場所を突き止めて、ちょいと車をスリップさせてやるんでもいいし部屋の温度を一気に絶対零度まで下げてやるんでもいい。そうすればあっという間に元通りだ。ナマエは、人一人死んだくらいで悲しむような女じゃない。

 そのクソ野郎と同じ色の血が流れているはずなのに、俺はやっぱり人殺しの思考をしていた。



20091115




11000で「メローネとギアッチョがかわいそうな感じのお話」という感じでいただいたリクエストだったのですが、
「かわいそう」がこういう感じで良かったのかものすごく後悔しています
まだ見ていただいているかどうかは分かりませんが、リクエスト下さってありがとうございました。遅くなって申し訳なかった
メロンが持ってる血は多分その男の人のやつ




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