黙ったままドアを開けるとリゾットの後姿を見つけた。はたと止まった私の方をちらとも見ずに、リゾットは冷たそうなフローリングの上でじっと立っていた。青白いうなじに張り付いている疲れ切ったような白髪の先をなんとなくなぞった視線がうっすら浮き上がった肩甲骨まで辿り付く。

 リゾットはいつから、こうしていたのだろう。立ち尽くすリゾットの後ろでこれまた立ち尽くした私は、ドアノブを軽く握り直した。どんな顔をしてる?どんな呼吸をしてる?どんなふうにあなたの心臓は動いてる?次第に錯乱してきた自分の頭を一度空にしようとすると、やりすぎたのか瞼が重くなってきてしまった。
 観念して目を閉じた私は、赤い瞼に執拗に黒目を向けた。ここから透かして見ることができれば或いは、と思ったのに、顔の筋肉が強張るだけで何も起こらない。目を開けると、リゾットはいなかった。

「リゾット?」
 呼びながら覗くと、リゾットは相変らずの無表情で、何事も無かったかのようにこちらを見ていた。
「遅かったな」
「そうかもしれない」
「次も頼む。早いが、あさってだ」
 頷きながら、私は薄暗いリビングで軽いめまいを起こしていた。考えれば考えるだけ、視界が覚束なくなる。現実感がなくなる。つらくなった私は仕方がなく口を開いた。
「何してたの」
「何も」
「どうして立ってたの」
「意味は無い。帰って休め」
 怒気を含まずに、いつもの調子で、リゾットは言った。私は負けじと食い下がる。視界の代わりに、今度は意識がなくなってきた。
「関係あるだとかないだとか関係ないでしょう、心配だから聞いてるの」
「意味は無い。二度目だ。しつこいのは嫌われるぞ」
「しつこくなんかないわよ!!」

 一瞬部屋が静まり返った、と思ったのは私だけのようだ。リゾットはさもどうでもいいという風にこっちを見て、ほんの少しだけ首を傾げた。
「酔ってるのか?送ってほしいならそう言え」
「シラフよ。見ればわかるでしょう」
 胃がむかむかするのと一緒に顔まで熱くなってきたが、決して酔ってるわけじゃあない。私は腹を立てている。掴みっぱなしだったドアノブをドアごと後ろへ叩き付けてから、大股で近づいて、振りかぶった。手首を掴まれた。反対側の手も掴まれ私が足を動かそうとしたところで、チクリとふくらはぎのあたりが痛んだ。

 さっきの背中には何も無かった。そもそも、リゾットの背中に何かが有ったことは無い。その背中を見るたびに、いいようの無い絶望が私の首から下をずっしりと重くするのが嫌だった。それをなんの前触れもなく見せられたからなのか、それともこれが八つ当たりなのが自分で分かってるからなのか、私は腹を立てていた。リゾットが悪い、私の八つ当たりだろうとなんだろうとリゾットが全て悪いのだ。間違ってしまったリゾットが悪い。完璧にやればいいのに、そうやってあとから取り繕おうとしたって無駄だ。細い針を踵で踏んでから、私は自分でも訳の分からないことを叫んだり呟いたりしながら暫し怒りをぶつけた。その割に、締まらない栓からだらしなく流れる水のように涙は無感情に流れている。たまに壊れないとやっていけない私は意志薄弱もいい所だ。泣きながら、リゾットが死んでしまえばいいのにと思ったが、これだけは言わないでおいた。


20100410

最近キモいのばっかですね
「リーダーがやってる仕事ってリーダーの(本来の)信条に最も反してるんじゃねえかなそういえば」「一人でいるとスイッチ切ってそう」と思って書き始めるも予想通り玉砕しました
(タイトル:にやり)



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