アリスであるらしい俺は、存在するだけで無条件にこのセカイの住人から愛される。ただ、その愛され方は酷く歪んでいていつだって俺の心は伴わない。好きでもない奴に、それも人間なのか人間じゃないのか良く分からない得体のしれないものたちに身体を開かれて誰が心休まるというのだろうか。もしそんな奴がいるのならば教えて欲しい。お前の心は何で出来ているのかと。

どうすればこんな苦しい想いから抜け出せるのかと悩んだことは数知れない。ましてや俺は男だ。抱かれる側に心身ともに抵抗がないはずがないのだ。正規ではない場所にブツを突っ込むことがどれほど受け身の負担になるのかあいつらはもっと真剣に考えればいい。痛いなんてもので済めばまだいいもので、実際その暴挙を受けた身体はもう耐えられないとばかりに何度も意識を飛ばしたことがある。

このままショック死してしまいたい。そう願ったことは幾度もなくあるのだけれども、悲しいことにいつだってその暫く後には目を覚ます。揺すられ、腰を打ちつけられているその瞬間に。

目覚めと共に一気に快楽の世界に放り込まれるせいか、それともどこか馴染み慣れた好意に諦めがついたのか。死ね、死ね、死ね。そんな威勢のいい抵抗が出来たのは始めのうちだけだった。その内、俺が求めたのは優しくして欲しいという願望。愛おしそうに俺にキスを送ろうとする輩に望むほんの少しのまともな愛。

けれども、どうやら普通の世界では常識な愛のある行為というものをこの世界の住人はどうやっても実行はできないらしい。彼らは独占欲や所有物宣言をしたいがためにそれはそれは全身全霊を掛けて愛そうとする。まるで俺をこのセカイから逃さないとでもいうように。






『お前は可哀相だな、アリス』


高級感溢れる部屋のベッドの上。真っ黒のシンプルなドレスを着た首なしの女王は、今日も今日とてこのセカイの住人に愛された俺の頭を優しく撫でてくれる。



「俺を可哀相だなんて言わないでよ、女王。悲しくなる」


『すまない。悪気はなかったんだが……』


「いや、分かってるよ。女王は俺のことをこのセカイで一番理解してくれているって。でも憐れみだけは向けないで。俺は同情で女王に傍に居て欲しくないんだ」


『……分かった』


「ふふふ、嬉しい」



まどろみの中、素直に感想を述べれば、首はないはずなのに女王はこくりと頷いた。そしてまた髪を優しく梳いてくれる。

首もなければ、声もない彼女は、恐らく人間ではない。お化けや妖精、はたまたもっと高次元に存在するものかもしれないと推測しているのだが、それでもアリスというものに固執する様子を全く見せない彼女は、このセカイが嫌いな俺ですら心休めることの出来る数少ない存在だった。こうして全身を預けるなんて致命的になりかねない無防備な行為も、しかしここでなら許される。赤の女王ならぬ黒の女王。彼女はこのセカイで王よりも絶対的な存在だ。誰よりも強く、誰よりも俺に安心を与えてくれる。そんな拠り所。

彼女はいつだって唐突に訪れる俺を今のように心よく迎えてくれる。それもただ迎えいれてくれるだけでなくて、二人以外が踏み込めないように影のバリアを辺りに張り巡らせてまで絶対不可侵の場所を用意してくれるのだ。だから女王は大好きだ。



『ここは素敵な国だというのに、お前は安心して自由に外も歩けないんだな』


「悪いけどあんな住人ばっかりだとここが素敵な国には俺は思えないよ」


『でも昔は別の意味でもっと酷かったんだぞ?』


「それは誰のせい?」


『――わたしのせいだな』


「でも今の女王は優しくなった。不本意だけど俺が来たのがその証拠だ」


『そういってもらえると嬉しいな』



彼女はいつだってこの国を素敵なセカイだと謳う。それは数年前までの目も当てられないほど荒んでいたセカイを知るからこそらしい。

王の言うことが本当であるならば、女王はかつてこの国の住人の首を斬ることで自分の本当の首を探していたのだという。シンデレラの靴の論理のようなそれは、しかし王と結婚をすると決めた日にぴたりと止めたらしい。彼女にとって首は自分を自分たらしめる大切なものだったのだろうが、それでも首のない彼女をありのまま愛してくれる男に出会ったことで、彼女の中で何かが解決したのかもしれない。例えそいつが少しイカれた男だとしても、互いが互いを愛しているのなら救われる。

そのおかげか、すっかりと丸くなった女王と共に、この国は穏やかに発展してきた。荒んだ過去を塗り替えるように、子どもが目を輝かしそうなおかしくて可愛くて、それでいて不思議なものばかりでこのセカイは埋め尽くされていった。こうして構築されていった不思議なセカイを、彼女は女王と言う立場を抜きにして恐らく愛している。実際、あの住人たちのアリス狂いに目を瞑りさえすれば、このセカイは素晴らしいと思う。パンの蝶が飛び交い、色とりどりのパンジーや芋虫がおしゃべりをする。バラたちはちょっと苦手だけれど、遠くから見る分には綺麗だと思うし、何よりこのセカイは紅茶やケーキを含め美味しい。ファンシーなものも多く、女の子であるならば俺よりももっともっとハイテンションでこのセカイは楽しくて素晴らしいと叫ぶだろう。



『お前がこのセカイに来たときは驚いたよ。ただの国が不思議の国としての役を与えられたんだ。夢にも思わなかった。感謝している』



髪を梳かれるたびに鈍る思考は、どれほど身体に疲労が溜まっていたかを示している。身を潜め、出口を見つけようとこのセカイを駆け走る俺を邪魔する輩は多い。特に騎士はどうやら俺を見つけることが得意らしい。お前の場所は匂いで分かる、と熱の籠った声で告げられたことは記憶に新しい。後ろから口と腰を手で拘束され、雑木林に引きずり込まれたのは恐らく三時刻前。ハンプティ・ダンプティとメアリー・アンから逃げていた時のことだった。

今でも持たれた腰にはしっかりと手形が残っている。そのついでとばかりに俺の中にはあいつの出したものも残っていた。気持ち悪さに身を震わせば、やはり女王は慰めるように俺の身体を抱きしめてくれる。それがとてつもなく嬉しくて、俺は見返りを求めることなく彼女に身も心も預けることができる。



『お前は不本意だろうけど、私はお前が来てくれて嬉しいんだ』


「それは、アリスだから?」


『もちろんアリスだからというのもある。けれども、こうやってお前の傍にいられる。それが何よりも嬉しいんだ。お前が与えられた役割は関係ない』


「俺は、帰りたい」


『分かってるよ。お前にはこのセカイから出ていってほしくはないが、こればかりは私の意志ではどうしようも出来ないしな。それならばせめて向こうの世界に帰ってしまうまで、私はお前と仲良くしたい』



はっきりと返ってきた返事に安堵して目を瞑る。色々なものが中途半端なままだったが、起きてからどうにかすればいいだろう。今はこの一時を楽しみたい。どうせ、目覚めれば俺はまたこのセカイの住人に一方的に愛されるしかないのだ。



『まずはお休み、アリス。――出口が見つかるまで』



首なしの女王は優しい。それこそとびきりの優しさで俺の全てを包んでくれる。だからこそ、ゆっくりと沈んでいく意識のその向こうで、女王以外の【誰か】が俺の名前を愛おしそうに呼んでいようとも。そしてたとえここに来るたびに呑まされるその紅茶に王が調合した何かしらの薬が入っていようとも。俺は恐らく彼女から離れることはできないのだ。






















さぁ、はじめようか。
(この一時を信じるために今日も俺は夢のセカイへ逃げ続ける)

















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大変遅くなりましたが、以上がくるくるさまのリクエストとなります!
セルティ×臨也がどうしても書けなくて苦戦した結果アリスパロに逃げ込みました、すいません…っ

(いっぱい裏設定があるんですがここではまず省いて、また後日どこかでちょろっと補足をいれたいなぁと思っています…!)

とにかくどことなく狂愛、歪愛を感じ取ってもらえたら嬉しいです^^



12,01,21(sat)


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