鉢合したと同時に壁際に追い込み告白をした。
けれども。化け物が俺を愛するだなんてとんだお笑い草だ。
そういって泣きそうになりながら笑った臨也は、全速力で俺から逃げていった。
















そうして君を抱きしめる












 路地裏での恒例のチェイス。俺たちの足音に反応してカラスや猫が驚いてその場を離れていったのはたぶん随分前のことになる。今では毎日のようにこの路地を通っているせいか、すっかり動物たちも俺たちに反応しなくなり、それぞれの生活を送るようになっていた。それは退化なのか、進歩なのか。果たしてどちらかと聞かれてしまえば、恐らく野生動物という観点からすれば退化ということになってしまうのだろう。しかし、それでも俺たちは動物にまで危害を加えるつもりはないのもまた事実だから、まぁ進歩と捉えても差し支えはないかもしれない。慣れとは恐ろしいものだ、とつくづく思う。
 それに対して、動物たちにも慣れられてしまった恒例行事を、今日も今日とて懲りずに続けている俺たちは果たして一体何を学習しているのだろうか、と考えたことは口には出していないけれども、実は数知れない。もちろん、頭の弱い俺だって思うことを、臨也や他の人間が思わないはずもないだろう。毎日、毎日。それこそ鉢合せば標識を引っ掴みナイフを引っ張り出し。ただただ当然のように池袋の街を掛け走る俺たちは、まさに馬鹿なイキモノだった。



「待ちやがれ!!」



 落とさないようにと幽から貰ったサングラスを外したからか、今日は路地裏なのにやたらと視界がいい。何にも遮られることなく臨也を見ることが出来ることは喜びだ。漆黒の髪。それが艶々と天使の輪を描いているだとか。チラチラと見え隠れする項が真っ白で色っぽいだとか。あれに噛みついたらきっとすごく甘いんだとか。そんなふしだらなことを考えながら、俺はただひたすらに臨也を追いかけていた。
 いつもとは違う思考回路。いや、その回路が苛立ちや憎しみというものから切り替わったのはつい最近のことでもある。
 なぜ、俺たちはチェイスを続けるのか。なぜ、俺は臨也を見たら追いかけ、あいつは俺に度々向かってくるのか。
 そんなことをしっかりと俺なりに考え始めたことが、全ての始まりだった。
 生き物は学習する。もちろん愚かなイキモノだった俺たちも学習は出来る。そして学習を経て、理解し、次の行動を取れるのが人間だ。感情論だなんてものを化け物の俺が口に出すのも恥ずかしいけれど、一度気付いてしまえば答えはあっという間だった。


 ――俺は臨也が好きだ。


 見つければ追いかけてしまうのも。あいつと対面する時に自然とサングラスを取ってしまうのも。ニオイも、声も、あの表情も。その何もかもが俺の琴線を煩わせる。その全てが一重にこの感情が故だったと俺は知ってしまった。



「や、やだ――!!」


「逃げんじゃねぇつってんだろが!!」



 好きだ。好きなのか。好きなんだ。

 急に舞い降りてきた感情を何度口に出そうが違和感は覚えなかった。すんなりと全てを受け入れれたのは、やはりその解が正しいからということだろう。もちろん、俺は男が好きだなんて趣味はない。これは恐らく臨也だけに向けることの出来る感情。大切な、大切な、感情。

 だからこそ、一方的で自己中心的な考えかもしれないけれど、どうしても臨也に伝えたかった。例え受け入れられないとしても、この思いを伝えたかった。そして、あいつにも何かに気付いてほしかった。俺たちが死闘だなんて周りから茶化されることを繰り返し続けていた理由を。

 そのために俺は今日というこの日に、行動を起こした。午後二時という所謂飲食店で言うアイドルタイム。食後ということもあってか、大方この時間でのチェイスの軍配は俺に上がることが多い。もちろん、そのことは臨也本人も重々承知していた。だらこそ、この時間に鉢合せないようにあいつはあいつで外せない仕事以外は極力池袋にはやってこないし、逆に池袋に足を踏み入れようものなら俺は全身全霊を掛けて臨也を見つけ出そうと必死になる。

 それが今回俺にとって狙い目になっただなんて、慣れ故の賜物としか言いようがない。



「ありえない、ありえない……」



 耳のいい俺が辛うじて拾える程の弱弱しげな声。その声に交じって、どこか安堵が混じっているような気がするのは気のせいではないと思う。それでも振り絞られるそれは果たしてどんな思いが込められているのだろうかは俺には分からない。都合のいいように捉えようとしてしまう馬鹿な脳みそに落ち着けと宥めながら、それでも俺はどこか期待を膨らませて臨也を追いかけていた。



「何がありえないっつーんだ!認めろ!!俺は手前が好きだ!!」


「それがありえないって言ってるから認められないんだろ!!」


「じゃあこの際もう信じなくてもいいから答えを言ってみろ!そんで手前はなんで毎回毎回俺にちょっかい出しに来るのかよく考えて、その理由を聞かせろ!!それで許してやる!!手前も俺のことが好きなんじゃねぇのか、いざやくんよぉ!!」


「どうしてそうなるのさ!!」



 追いかける背中は、酷く必死で、どこか焦っていた。いつもなら、嫌悪と憎しみをぶつけて臨也はナイフを片手に何かしら反撃を繰り出してくる頃だ。それなのに、今はそんなことをする素振りもなく、むしろ俺に構う余裕すらない。あいつにとって、今大切なのは、動揺を隠せない自分自身への保身。ただそれだけのようだった。



「シズちゃんが俺を好きだなんてありえない……!!」



 臨也が叫んだと同時に二人揃って路地を抜けた。それと同時に秋という割に強い日差しと共に通行人の視線がジワリと俺たちを突き刺す。いつの間に。最悪だ。そんな俺の声はすぐに雑踏に紛れて聞こえなくなった。



「――ッチ、邪魔だああああああ!!!」



 手短にあった自転車を引っ掴む。人波は臨也にとって最高の逃走環境だ。パルクールを使った技術は、ブレーキを掛けることなく全速力でその中を駆け切ることを俺はずっと前から知っている。人が居てもガードレールに足を掛け、手を掛け。身体の捻りと重力を感じさせない身体の屈伸を利用して、道路側を走る臨也は既に本領を発揮していた。身体を捻りながら、臨也はガードレールを股に掛けジグザグ走行を繰り返し、どんどん前へ前へと進んでいく。ポストを踏み台にして数メートル飛ぶことなんてしょっちゅうだ。時折視界の上の方を黒い塊が飛ぶたびに俺は叫ばずにいられない。



「いざやあああああああああ!!!」



 少し焦りの混じった咆哮が大通りに響き渡る。その声に、足を止める輩もいれば、そそくさと逃げ出す輩もいて動きは様々だ。出来ることなら、臨也と俺の間を一直線に割開く様に人波が掃けてくれればいいと願わずにはいられないのだが、それも難しいことは知っている。淡い期待を掛けるよりも、今は全力で臨也を追いかけなければいけない。

 恐らくだがこのまま臨也を取り逃がせば、あいつは返事をくれることなく瞬く間に姿を晦ますだろう。それはあくまで直感めいたものでしかないのだが、しかしほぼ百パーセントに近い確率で起こりうる事象だと頭のどこかで警告音が鳴り響いている。あいつは、俺からも自分からも逃げることにだけは秀でているのだ。きっと今ここで吐かさなければ一生返事を聞くことは出来ない。もちろん、たとえ逃げられたとしても探しだす自信はあるのだが、それでも用心にこしたことはないだろう。



「しつこ、いっ!!」


「だから今日という今日は逃がさねぇって言っただろうがッ!!」


「――な、んでまだ、そんなに叫ぶ元気があるの?!!」



 息が切れることもお構いなしに、俺はひたすらにバタバタという効果音では収まりきらないような騒音をまき散らしながら必死に臨也の背中を追い続けた。言うまでもなく俺ですら息が切れているのに臨也の息が上がらないこともおかしい。次第に失速を見せる逃走劇に、俺の口角は知らず知らずのうちに釣り上がっていく。

 追いつける、と確信したのはやはりこれまでの経験から。輝かしい終わりを迎えるためにラストスパートをかける俺自身も、最後の力を振り絞り前へと身体を全身させる。息が上がる。血が沸騰する感覚がする。それでも気分はやけに落ち着いていて、どこか気分はさっぱりとしていた。


 捕まえたら逃がさない。この愛を受け止めるまで絶対に。

 その思いは強く深く、臨也を捉えていた。







――それなのに。


 それからそう時が経たない内に、しかしそれでも距離はまだ十分空いた状態で、ふらりと傾いた黒い背中。どうやら噎せてしまったらしく苦しそうに右手で口元を覆っている。危ない。そう思って手を伸ばしたのもつかの間。それを受け止めたのは俺ではなく、見知らぬ黒ずくめの男だった。



「――え?」


「は?」



 状況が全く理解できない内に臨也の真横から伸びてきた手。その右手には布のようなものが握りしめられていて、それはがっちりと臨也の口と鼻を覆い隠した。一体何が起こっているのか分からない。ただ、もがく様に臨也が暴れ、呻き声を上げたことで一瞬止まっていた足が再び動き出す。

 なんなんだ、なんなんだこれは。目の前で起きているその光景。それに頭が沸騰して、視界が真っ赤に染まる。

 こんなイレギュラーはシナリオにはない。



「ンンンンンン――ッ!!!」


「いざ、や!!!!」



 数秒後に、ガクリ、と力なく崩れ去った身体がそのまま車に引き込まれ込まれていく。黒ずくめの男が舌なめずりをして笑ったように見えたのは何も気のせいなどではない。それは明確な色を持った行為だった。






11,12,28(wed)


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