自分の気持ちが良く分からなくなったのは、臨也と喧嘩した直後に見た鏡に映るとある光景からだった。













Mirror of XXX














 歯を磨こうと思ってやってきた洗面台。そこそこ使い古されたそこは、この時期やたらと隙間風が凄く肌寒い。ぶるりと震えた身体を守るように両手で身を竦めるのはいつものことで、その度に無駄に足踏みをすることが多くなるのは仕方がないことだった。

 バタバタバタ。と、そんな下の階の住人には非常に迷惑な足音を立てながら、歯を磨いたり風呂に入ったりする。日常生活に置いてその習慣は少なくとも冬の時期、かれこれ三年ほど続いていたものだった。




「また泣いてやがる……」



 ――というのに、だ。
 その週間が変わり始めたのは、ある日を境にしてからだった。確かそのある日とは、臨也と喧嘩をした日でもあり、あいつの身体を店のウィンドーに放り投げた日でもあった。ガラスが盛大に割れる音と、警報機の作動による騒音。加えて客やら通行人やらによる悲鳴に辺りが騒然となったのはいうまでもない。流石の俺もやり過ぎたと自覚をして、ぐったりと床に血を流して倒れている臨也を回収しようとその店の中に足を踏み入れた。

 記憶が正しければ、その店はファッション系の店だった。


 この時、俺はガラスを踏み鳴らしながら、頭の中では臨也のことよりも新羅の事を心配していた。搬送は自分の手でやるとして、どうにかノミ蟲を自分の手元からいち早く手放したかったというのもある。相手は大っ嫌いで仕方がない男だ。それこそ心の底から憎んではいるし、言葉通り何度も殺したいと思っている相手でもあった。だから、心配なんてするわけはないし、例え俺の手が加わって死ぬことになろうが後悔なんてするはずもない。そもそも、ノミ蟲は俺と同じくタフさだけが取柄でもあるのだから、こんなことで死ぬはずもないと、その時の俺は思っていた。吹っ飛ばされて、勝手にダウンする方が悪い、と少なくとも半分責任をなすりつけるようにして――。




『――んだ、よ……。これは……』





 けれども、今思えばその根底にあったのはもしかしたら罪悪感からの逃避であり、そして×××という感情からの拒絶だったのかもしれない。というのも、この時臨也を回収しようと傍に寄った時に偶然見た一枚の全身鏡。そこに映る自分と倒れた臨也の姿。何気なしに覗いたそれは、しかし現実とはまったく違う二人を映し出していた。白と青の羽織を着た自分そっくりな男が、そこにいた。そしてその男は、まるでこの世の終わりだと泣きながら、臨也のコートと色違いの男の元に駆け走っていたのだ。動揺を微塵も隠さず。臨也もどきを大事に大事に抱きしめて。何かを、叫んでいるようだった。それは助けなのか、それとも×××だったのか、その答えは俺には分からない。ただ、目の前で起こっているまるで映画を見ているかの光景に、その時の俺は、誰かが呼んだ救急車が来るまで、ただただ釘付けになっていることしか出来なかった。














「いつまで続くんだ、これ――」



 最近では、寒さでバタバタバタと洗面台を慌ただしく歩き回るその習慣はすっかりと身を潜めている。それは寒さを克服したとかではなく、また別のことが原因で俺の足を洗面台から遠ざけないからだと言ってもいい。足音を立てられないほどショッキングで、不気味なそれは、しかしなぜだか愛おしく、それでいて何か気付かされるものがあるようでとても離れがたかった。日に日に、洗面台に向かう回数だけが増えている。





「元気になれよ。早く、」




 【誰か】に向けて小さく呟いた声はか細く、まだまだ酷くみっともない。

 鏡の中に映る自分とそっくりな男は今日も寂しげに泣いていた。











――臨也が目を覚ましたという連絡は、まだ来ていない。

















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どうしても今すぐ書きたくて電車の中でさささっと書いたということもあって非常にお粗末な感じなのが申し訳ないですが、いかがだったでしょうか。今回は鏡の話。最後まで津軽とサイケかそれともそのままシズイザを鏡に映そうか悩んだんですが津サイを取ってしまいました。あとあと、鏡っていろいろなモチーフに使われたりするので、たくさん意味があったりしますが、今回はシンプルに真実の鏡をイメージに。

――【誰か】は誰か?
×××は、果たして何か。

その答えは静雄のみぞ知る、ということで。



11,11,21(mon)


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