「静雄の嫁さんだろ、久しぶりー!!」



チャラい声を出しながら、人間観察を楽しんでいた俺の元にやってきたのはシズちゃんの兄にあたるデリックだった。最悪な相手との遭遇にあからさまに嫌な顔をすれば相手にニマニマと笑われた。「そんな顔すんなって〜」と、一々腰を抱いてくる辺りがとてつもなくうざい。そして口を開くとそれを越えてもっとうざい。それはもう太鼓判を押したくなるほどに。






「元気にしてたか? それとも毎夜お楽しみで寝不足だったりする? ラブラブで羨ましいねぇ。俺もあんたとやってみたいな」



「何度も言ってるけど腰を撫でるな。手を離して、気持ち悪い」



「照れちゃって可愛いなぁ」



「照れてない」






ナイフを取り出して即座に喉元に突き付けるも、ケラケラ笑うだけで、デリックには牽制の効果はないようだ。

というか、元々そんな意味は持ち合わしていなかった気がする。ナイフを見慣れているのか、はたまた刺され慣れているのか分からないけれど、初めてナイフで脅した時だってこいつはケラケラ笑っていた。それはもう何がおもしろいのかというくらいケラケラと。お前は箸が転がっても笑うような年だったかと、さらに殺意が湧いたのは言うまでもないけど、それでもこんなチャラい男でも一応は恋人の兄にあたる人なのだ。






とてつもなく不本意な話だが、以前シズちゃんから聞いた衝撃の事実が本当だとすると、シズちゃんは三つ子らしい。


長男にあたる津軽と、放浪していて一切家に帰ってこなかった二男であるデリック、そしてそれにシズちゃんが続く。顔はそっくりなので三つ子という事実になんら違和感は覚えないけれど、それでもデリックと会うまではシズちゃんからは双子なんだとしか聞いていなかった俺としては、今もまだその事実が本当かどうかは疑わしいものでしかない。


あの通り、津軽は落ち着いた性格で、かつ兄貴肌だ。俺自身も好感を持っているし、俺の双子の弟であるサイケも好んで津軽に会いに行きたがるくらいには懐いている。あんなお兄さんが欲しいと思ったことは良くあることで、同い年ながらにも非常に尊敬し頼もしく思っている存在でもあった。


そんな理想的な人間像を持ち合す兄という存在がいるからだろうか。『すまない。俺、実は三つ子だったんだ……』とシズちゃんから弁解を聞かされた時の、あのジェンガが崩れるように全身を駆け巡った衝撃は今でもよく覚えている。


それほど出会い頭に詰め寄って来たチャラい尻軽男の存在はそれ程強烈的なものだった。自分で言うのもなんだが、今でもデリックは俺に執心気味のようで、会えば抱きつき、隙あらばちゅうをしようとしてくる。押し倒されるなんて良くあることで、そんな危険に遭うたびにシズちゃんが俺のピンチを救ってくれることが日常茶飯事になっていた。

もちろん、シズちゃんばかりに頼ってはいられないわけで、自分で抵抗することもしばしばある。その度にナイフを突き出し脅すけれども、得物でデリックを傷つけたことはない。本当は一思いに刺し殺して処分を粟楠会にお願いしたいくらいなのだけれど、それもこれもデリックがシズちゃんや津軽と兄弟であることが足を引っ張っていて、未だに行動に移せていない。俺が衝動的に刺したことで兄弟仲が悪くなったらシズちゃんに会わす顔がなさすぎる。






「そんな嫌がらなくてもいいだろ? どうせ同じ顔だし、同じ声だし。体つきももちろんアレだってほとんど変わらないと思うぜ。テクニックの方は俺に分があるとして」



「黙れ、変態」



「男はみんな変態だ」






でも、キリッと澄まして、さらに密着してくる馬鹿はやっぱりどこまでいっても馬鹿だった。自分から近づいてきたことでナイフが勝手に首の皮膚を滑って、血が流れだす。俺の気遣いなんてこいつの前ではいつだって徒労にしかなりえない。こんなことになるなら始めのうちからとっとと刺してやれば良かったと思う。






「ものは試しに一回どう?」






なんせ致命傷を与えるものが押し詰まっている首を切ったくせに、デリックは何事もなかったかのようにやたら軽い調子で俺を口説きにかかってくる。手から伝う感覚からすれば、どうやらデリックもシズちゃんと同じようにやたらと頑丈な皮膚をしているらしい。この様子だとナイフの刃はたぶん5mmも刺さっていない状態のまま維持されているのだろう。なんて規格外の忌々しい兄弟だろうか。







「化け物め……」






苦々しげに呟けば、さらに厭らしい笑みを浮かべたデリックが身体を密着させてきた。すでに触れていないところはないんじゃないのかというほど、べったりと抱きしめられて気持ちが悪い。触るな、離せ、と叫んでもこの馬鹿が離すわけもなく、これでもかと抱きしめる力を強めてきた。本当に死んで欲しい。





「そりゃなんの例えだ?くくく、男は化け物じゃなくてみんな狼だっつーの。臨也も間違えることがあるんだな。意外だった」



「間違ったわけじゃないよ。ただ、俺は――、」



「まぁまぁ、そんなカリカリするなって!セックスしようぜセックス。そしたらお前も俺も気持ちが良くてしょうもないことなんてどうでもよくなるから」



「俺は他人とする気はない」



「堅いなぁ。もっとラフに行こうぜ。セックスは世界を救う」



「お前、性病や離婚者のこと忘れてるだろ」



「それはそれ、これはこれだ。俺はセックスが好きだ!愛してる!!」



「俺のセリフパクらないでくれる!――って、ぅわっ!??」







昼間の池袋の大通りで声高らかに叫んだかと思えば、変態はそのまま勢いよく俺を路上に押し倒してきた。もちろん支えはないし、かといってデリックがどうこうしてくれる訳もない。お尻から背中、そして頭をコンクリートに盛大にぶつける羽目になってしまった俺の目じりからは思わず涙が溢れた。







「――っ痛、」






漏れる声は我ながら弱々しい。






「すげぇいい匂い。なんだこれ、香水か?」





痛みに呻くそんな俺のことなんかお構いなしに、デリックはするするとコートの内側に手を潜り込ませてくる。何かを探るような動きに必死に抵抗しようとするも、上から押さえつけられていれば、なかなか思うように身体が動かせない。せめて首筋に顔を埋めて匂いを嗅いでいるこの馬鹿を退かせるくらいの抵抗くらいさせて欲しいと思う。


けれども現実問題、結局はどうすることも出来ずにデリックにされるがままだ。肌が粟立ち、身体に悪寒が駆け走ろうとも、こうなってしまえば絶対にデリックは手を止めようとはしてくれない。盛った犬のようにひたすらに俺の身体に触れて、荒い息を吐きだし続けてくるだけだ。







「――ひゃぁっ!!やめ、て…!腰!だから、腰撫でないで!!」






弱い場所に触れられ、思わず反射的に左手に力を入れれば、いつの間にか奪い取られていたナイフの代わりにデリックの右手が指を絡めてきて、さらに悪寒が酷くなる。規格外だけというならまだ目も瞑れるけれど、ここまで行くともはや生きる公害だ。人類のために即座に死んでしまった方がいいかもしれない。






「くくくっ、反応が初らしくて逆にそそるなぁ。もっと触りたくなるっつーか…。おっ、肌もツルツルとかすげぇ。なんだよ、やっぱ上玉じゃねぇか。サイコー」






だからやめろ何をする気なんだ、と口を開こうとすれば、次の瞬間にはここぞとばかりに舌までねじ込まれた。今日はやけにしつこい。


慣れているといっただけあって、ポイントポイントを押さえてくるようななぶりに、俺の体は力が抜け落ちる一歩手前まで来ている。力が入らないながらに、ぐいぐいと胸をせいいっぱいに押し返すも、それを許さないとばかりに舌を吸われてしまえば、そんな抵抗もあっという間に無意味になった。





「ゃ、だ……!!」







いつもならこんなことになる一歩手前に必ずシズちゃんが助けてきてくれたはずなのに、今日に限って一体どうして、どうして。


ぐるぐる回るそんな理不尽な要求は、しかし口にすることも出来ずに、ただただ心をざわめかせる。嫌だ、嫌だ。顔も声も体格だって似ているのに、クチャクチャと音を発するそこから感じるのは気持ちがいいなんて感情ではない。これはデリックであってシズちゃんではないし、俺は好きでもない奴とこんなことをして喜べるようなほど、男に抵抗がないわけでもなかった。シズちゃんだけが特別。特別なのだ。




だからこそ、野姦って一度してみたかったんだよなって熱っぽい口調でそう言われた瞬間、全身に悪寒が走った。早く死んで。死んでほしい。切に。もしくは俺が死にたい。







「ここで公開プレーなんてしちゃったら俺ら池袋で公認のカップルになるよな」



「――ゃ、め……!!」



「大丈夫。すぐ良くしてやるからさ」












ケーキのピストルは、如何?
(弾丸は丸いイチゴに甘いクリーム)


















――その数秒後にデリックの顔面にぶつかった甘い銃弾には確かに UN HAPPY BIRTHDAY と書かれていた。変態万歳。ザマーミロ!!シズちゃん格好いい!!












11,11,09(MON)


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