依頼を受けて、トンでもないことに巻き込まれた。油断なんてしていなかったといえば嘘になる。けれども、最善の構えで仕事をしていたし、落ち度があるとすれば俺が知る麻薬中毒者という部類には収まりきらない人間の狂気を、俺自身が理解していなかったことだろう。薬を打たれた、なんて覚えはない。実際、俺は新型の薬の情報を手に入れ、綺麗に依頼を終えて、報告のために四木さんの代理人である赤鬼にそのまま会いに行っただけだった。


それなのに、一体どういうことだろうか。一番気を張らなければいけない男を目の前にして、視界が一気に歪み落ちた。まるで眠りに落ちる寸前のような、身体の力が抜けていく感覚。両足で立っていることもままならなくて、俺の身体は赤鬼に会ってわずか数秒後には、重力に従って忠実に沈み落ちていた。






「おやおや、大丈夫かい」






崩れ去ろうとしていた身体がどうにか地面にダイブする直前に、そんな然程驚きもしていないような感嘆文が上から落ちてきた。


落下の衝撃は、ない。


気がつけば、いつの間にかとても厄介な腕の中に引き込まれていた。







「――とはいえ、話すこともできないなのかな」






何がどうなっているのだろうか。赤鬼の言った通り、今の俺は言葉を紡ぐところか、身体すらも支えていられない状態にまで陥っている。起きているのか、夢の中なのか、それすら分からないくらいに五感というものがマヒをしていて、自分からは身動き一つ出来ない。



あいつとは違った筋肉の付き方をする胸板に、細い細いと日頃から言われた身体がすっぽりと赤鬼に閉じ込められている。そんな状態だった。








「本当に細いねぇ。これじゃあ彼氏も心配で仕方がないだろうに」



「そう思うんなら今すぐ臨也を離しやがれ」








グルルル、と鳴いたように聞こえたのは気のせいではない。実際そのすぐ後に耳に入ってきた何かが拉げる音と、それに続いて自分のすぐ真横に突き刺さった標識が、その獣の正体を指し示している。


どう考えてもシズちゃんだった。俺の愛する、大切な大切なシズちゃんだった。







「おやおや、話には聞いていたけど物騒な力だねぇ。それで一体どれだけの人間を傷つけてきたのか聞いてみたいものだ」



「うっせぇよ。つーかおっさん、約束は覚えてんだろうな」



「約束? なんだったかな」



「とぼけんじゃねぇよ。手前に言うとおり来てやったんだからよ、臨也を離せ」






――世界が崩壊する音を聞いた気がした。



あぁ、これは仕組まれたことだったんだなんて気がついたのは、頬に触れる胸元から押し殺した笑い声がしっかりと聞こえた時だった。








「あぁ、そのことだったね。いやぁ、年は取りたくないものだ。物忘れが激しくて困る困る」



「…………」



「そう睨みなさんな。ちゃんと情報屋さんは返してあげるから。ただ、やっぱり君に言った通りになっちゃってね、この通りだ。薬を吸って動けない」



「……どうすればいいんだよ」



「これも以前君に伝えた通りさ。情報屋さんが嗅いだ薬はうちの組のものじゃないんだよね。無味無臭。麻薬の感知器ですら反応しないそりゃとんでもなく厄介な代物だ。並大抵の人間じゃマスクがなかったらとてもじゃないけど接触は無理だろう」



「それで俺か」



「まぁそういうことだ。君に薬物の耐性まであるのか分からないんだけど、ちょっと変装して、薬中の人間になったフリしてしばらく中を観察して欲しいんだ。とりあえずはそんな感じかな。時がきたらこっちから指示を出す」



「……分かった」



「物分かりが良くて助かるよ」








口のきけない俺を他所に、あっという間に交渉は成立してしまったのだろう。赤鬼が、じゃあ詳しくは事務所で、なんて言って俺の身体を持ちあげた。そして革靴を掻き鳴らして歩きだす。







「向こうに着くまでは悪いけど我慢しておくれよ。おじさんも穏便にことを済ませたいからさ」






鬼は中途半端に生殺しのまま俺を甚振ろうとするから嫌いだ。どうせ身体の自由を奪うくらいなら、いっそのこと視界も聴覚も綺麗に覆い隠してくれたのならよかったのだ。そしたらまだ諦めがついたかもしれない。シズちゃんが道を外そうとしているところを、まだ少しは受け入れれたかもしれない。


でも、俺の意識はある。身体の自由は利かないだけで、しっかりと意識はあるのだ。







(――駄目だよ、シズちゃん!!)







動かない身体がもどかしい。これが薬のせいだというのなら、いつまでこの効力は続くのだろうか。誰か教えて欲しい。不安で仕方がない。一秒でも早く、シズちゃんを止めたいと思う。そして大丈夫だからと笑って言い聞かせてあげたいのだ。じゃないと、シズちゃんは。シズちゃんは――。






「安心しろ。俺はそいつのためなら例え汚ねぇ仕事でも引き受けてやるっつってんだ。解毒剤を作らなかった場合に限り殺す。それまでは大丈夫だ」



(止めて、止めて!!)







シズちゃんにはこっちの道に来て欲しくないんだ。だから、そんな――。
























世界一大切な人
(ねぇ、聞いて。汚れてるのは僕だけでいいんだ)




















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お待たせしました!
以上が春さまのリクエストとなります…!
本能×知性が好きだと仰っていたので、強固な(愛という名の)愛で結ばれている二人をイメージして書かせて頂きました。

本能×知性の臨也は絶対にシズちゃんをUGの方に連れていきたくないと思ってるので、自分のためなら迷いなくUGに浸かろうとするシズちゃんを止めるのに必死だったり。

そんな裏設定の中での今回の話でした…!


この度は10万打企画に参加してくださいまして本当にありがとうございました!
これからも当サイト、そして管理人共によろしくお願いします!!


11,10,28(fri)


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