俺の身体を好き勝手に弄ぶあの化け物を殺そうと思ったことのは、数知れない。あいつは誰も踏み入れたことのないような俺の奥深くにまで踏み込んでくるくせに、行為さえ終わればもう用済みとばかりに俺をベッドから放り投げる。いたく疲労した身体では、もちろん受け身なんてそうそう取ることも出来ない。多くの場合、朽ち果てた身体はまるで不要物のように、無残にも床へと転げ落ちていく。


ドサッ、だとか、ドサリなんていうまだ比較的聞き慣れた音ならば、少しくらいはマシだっただろう。しかしそれが、ガコン、という骨が床にぶつかる音となれば、話は変わってくる。

体重と重力と。それからあいつが放り投げた力が加わって受けた仕打ちの程度は凄い。俺の身体は常に行為とは関係のない場所に痣が出来あがっているし、同じように行為に関係のない場所から激痛が駆け走る始末。患部はもはや緑や紫なんてものではない。表現できないほど、様々な色が混じったえげつないものになっているのがほとんどで、俺はその状態を見る度に、壊死してしまわないのだろうかという恐怖に駆られてしまう。


しかも、それと同じくらいに最悪なことはといえば、一度ベッドから放り投げ出されてしまえば、指一つ動かない俺の身体は、ひたすら冷たい床の上で横たわることしか出来ないということだ。寒かろうが、暑かろうが。それこそ、そんなことはあいつには関係ない。

そもそもあの化け物に相手を思いやる心が少しでもあるならば、一方的に身体を開いた相手にこんな仕打ちはしないだろう。普通の人間ならば、布団を被り、俺に背を向けて寝た挙句、まるで存在を否定するように起きてからも一切俺を見ることはないまま、部屋を後にするなんて酷いこと出来るはずもない。


こんな惨めな目に遭うと分かっていたならば、身体を割開くことを前提として、いっそのこと家を売り払い誰かの家に泊めてもらっていた方が余程マシな生活が送れた気がする。


布団にも入れてもらえて。食事もインスタントじゃなくて手作りのもので。あとは疲れた身体を労わってくれるのならば、女だろうが男だろうが誰だっていい。例え、それが変態と呼ばれる部類に入る奴らでも、きっと化け物よりは俺を大事に大事に扱ってくれたはずだ。

そしてそれが結果的に、この単細胞が俺の前から消え失せる、ということに繋がっていたと考えると素晴らしすぎて涙すら出てくる。



そんな手遅れすぎる現状解決方法を見つけてしまった自分に、もはや笑いを押し殺すことが出来なくて喉の奥を引きつらせれば、それと同時に短くて浅い息が漏れる口から、ごぼりと滑りのあるピンク色が吐き出された。口の中で切れていたらしいところがズキズキと痛む。それに一気に興も冷めて、今度は盛大に溜息をついた。



――あぁ、馬鹿らしい。





じゃりじゃりという鈍い鉄筋音を立てながら、だるい右手を動かして頬に付いた臭くて白いものを拭いとる。これが俺の大好きな人類を生む懸け橋になるのならば、少しは愛着を持てたと思う。けれども何度でも言うが、これはあの化け物の子どもたちだ。もはや人間ですらない、異種。ヴァイオハザードのように増殖されたら困る、ただの気持ちが悪いモノ。こんなものが自分の身体に存在すること自体、吐き気がするし、絶望すら覚える。





「――死ねよ、死ね」





背を向けて寝る化け物にありったけの願いを告げる。


屈辱だとか、虚しさなんてもう感じすらしない。この男に何一つ期待なんてしていないし、気紛れにしては長すぎる身体同士の接触も、煩わしいと思う以外に何の感情も存在はしないのだ。ただただ、身体を焼き尽くさんばかりの憎しみの炎だけが日に日に燃え上がる。ただそれだけだ。




殺してやる。絶対に、殺してやる。




行為を繰り返せば繰り返すほどに強固なものになっていく決意が、ぱちんと弾け切るまでもう少し。俺はその日が来るために、一刻でも早くこの腕と足から伸びる戒めを攻略しようと決意する。膨れあがる憎しみに反比例するように削れていく体力や精神状態はもう残り少ない。それが尽きるまでに、必ず、こいつに――。
































「…――誰だ?」



ドアの前でふいに聞こえた小さな軋み。波江さんが来るにしては早すぎる時間帯。そんなイレギュラーに反応して声を掛ければ、しばらくの沈黙の後、ふいに聞こえるはずのない声が聞こえてきて、俺は泣きそうになった。





「折原、」



「……つくも、や?」



「そうだ。お前が大好きで大好きで仕方がない九十九屋真一だ」






ドア越しの、それでいて然程大きくもない声でのやり取り。冗談を織り交ぜるような話し方をするのは、間違いなく俺のよく知る九十九屋だった。


なんでこの男がここに居るんだろうかとか。なんでこいつの声を聞いて安堵している自分がいるんだとか。それこそ頭を巡る疑問はたくさんあった。それでも、その困惑とは裏腹に、一秒でも早く九十九屋の顔を見たいと願っている自分がいる。


閉じ込められたあの日、俺は誰を思い浮べたか。ヤられてる間や、床で一夜を明かさないといけなかった時に、まず誰の顔を思い浮べたか。そんなのは言うまでもない。いつだってどんな時だって頭を過ったのは九十九屋の姿だった。



俺にとっては、嫌いとまではいかないけれど不得意とする相手。でも、そいつは俺が自分よりも上だと認めた唯一の男でもあった。九十九屋に抱いている感情は果たして一体なんなのか。そんなことは、今はイマイチよく分からない。けれども、よく分からないからこそ、その答えはこれから探していけばいいとも思う。焦らずとも、ここから逃げ出すことが出来たなら、その感情について考えられる時間は余りあるほどあるのだから。






「……なんでお前がここにいるんだ」







視界がみるみる内に滲んでいく。あぁ情けないなと思いながら、それを止めることはできなかった。







「可哀相に、折原。化け物に捕まってしまったのか?」



「そんなことを言うためにここに来たのか」



「そんなわけないだろう?俺はお前を助けるためにここに来たんだ。お前がいない世界はつまらない」



「ははは、お前とあろう男がそんなことを言うためにここに来たのか?笑わせるな。一体何が目的だ」



「ふざけて言ってるわけじゃない。真剣にこの一カ月で気がついたんだ。俺はお前がいてくれないと寂しくて死にそうだ。原稿も、大好きな街の観察だって手に付かない。まるでモノクロの世界になったかのようにつまらないんだ」






何がこの一カ月、だよ。そんな悪態をつこうとして結局は止めた。本当はもっと早くに来て欲しかったんだなんて女々しすぎて言えやしない。


それに何より、零れる涙を拭うのに必死でそれどころではないのだ。ぽろぽろぽろぽろ零れるそれは、この一カ月で初めて違う意味を思っていた。







「つまんないんだよ、折原。だから一緒にここを出よう。俺は、お前がいてくれないとだめなんだ」



「気付くのが遅いだろ、馬鹿――」



「悪かった。本当に待たせて悪かった。――なぁ、開けてもいいか?」



「なんでそんなこと一々聞くんだよ」



「お前はプライドが高いからな。俺に見られたくないんじゃないかと思っただけだ」



「…………」



「…………お前が俺を必要としてくれるのなら、お願いだ」



「…………」



「俺にもう一度だけチャンスをくれないか」



「……開けろよ」



「…………」



「開けて顔を見せろよ、九十九屋。俺はこんな化け物だけの世界は嫌だ。もっと人間が見たい。お前と一緒にたくさんの話をしたい」




――だから、助けて。


嗚咽混じりの声は、ドアから飛び込んできた男の胸の中にあっという間に消えていった。


























さぁ、君を取り戻そう
(――ここから出たら、共に復讐しようじゃないか)






















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サクラクラさまお久しぶりですー!10万打企画に参加してくださいましてありがとうございます^^
遅くなりましたが以上がリクエスト作品となります。ツクイザにウェイトを置いてしまったんですが大丈夫だったでしょうか?

あとあと、今回書いていて、かなり自分の中では数部に分けて書きたい話だなぁと思ったので、後日数部に分けて書きなおすかもしれません。その時はまた「やりおったなこいつ…」と生暖かい目で見守ってやってくださいませ…!



11,12,03(sat)


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