「おや、聞いちゃいけないことだったかな?」



 悪気もなく質問した内容で、会話が止まってしまったことに戸惑いを覚えてしまったのも無理はない。こてん、と首を傾げて幽くんを見つめれば少し困った顔をしていた。




「あ、いえ。聞かれても困らないことなんですが、臨也さんに今言ってもいいのかなと思いまして」


「? うーん、よく分からないけどその様子じゃお兄さんに会いに来たとかではないみたいだね」


「兄とはさっき会ったので」


「あ、そうなんだ」


「少し兄と話をしてから、その後にあなたを探してました」


「俺を?」


「はい。今日はどうしてもあなたに会いたくて」


「え?」






 その次の瞬間、いきなり幽くんの乗っていた車の後頭部座席のドアが開いた。

 かと思えば、視線を向けるよりも早くに体が勢い良く傾く。一瞬眩暈かと思ったそれは、しかしありえない方向からの引力の掛かりに、素っ頓狂な声が口から飛び出るには十分だった。






「――――、ッ?!!」






 ごすん、どすん。と何とも言い難い鈍い音を鳴らしながら、車内へと引きずり込まれてしまったのはあっという間のことだった。気がつけばワゴン車の中に俺は居て、なぜだか引きずり込まれたのにも関わらず、腰を拘束されて姿勢正しく座っている。これ、姿勢調教機具か何かなのかな。そんなありえない疑問を即座に否定して、俺は真正面を睨みつけた。





「…――あの羽島幽平が誘拐かい。親御さんが悲しむよ?」





 うまく現状が理解出来ない中で、唇を噛み、精一杯に動揺を隠す。車に連れ込まれるくらいには騙されていた自分はかなり警戒心に欠けていて愚かだったと思う。けれどももっと愚かなのは、嫌われていないと思っていた相手にこんな仕打ちをされて、ショックを受けている自分自身だ。俺は折原臨也だ。嫌われることにも自分が最低なクソ野郎ということも自覚はしている。だからドタチンにだって、新羅にだって用事がない限りは会いに行かないし、距離を開けていた。向こうが俺のことを少なくとも全てにおいて好意的には思っていないことを知っていたからだ。俺は情報屋。だから、なんでも知っている。


 でも幽くんは違ったはずだった。影響もない。ただの赤の他人。いや、シズちゃんが絡んでいる時点で赤の他人ではなかったことを忘れていた俺が甘かった。あそこの兄弟愛は異常だ。ブラコンの域を超えている。幽くんの生活を脅かすものをシズちゃんが許さないように、シズちゃんの生活を脅かす相手をまた弟の幽くんが放っておくありえないことだった。頭を撫でてきたのも、今日という日に接触してきたのも、もしかしたら彼の計算のうちなのかもしれない。



 俺はどこまでいっても嫌われ者ですか。そんな自問自答に即座に首を縦に振った。










「親は関係ありません。自分の意志です」


「それでも結果的に親を悲しませることには違いない」


「だったら親にバレないようにするだけなので」


「君は始めからこうするために俺に近づいたの?」






 あぁ、楽しく話していたさっきまでのあの時間はなんだったのだろうか。


 考えれば考えるほど虚しくなってきて、結局は思考を停止させた。妙に浮き上がっていた心は、嘘のように緊迫した重苦しい雰囲気に呑まれて沈んでいく。






「そうです。――今日こそはと思っていたので」





 目の前では幽くんがこちらの様子を窺っている。日が暮れたせいで真っ暗な車内の中では、彼の正確な表情は分からない。けれども、ぎらりと光るその目だけはしっかりと捉える事が出来た。似てる。俺はこの目を知っている。ドクリと沸きたった血液は、一気に脳に届いて、警告音を掻き鳴らし始めた。


 ――ぎしりと車が悲鳴を上げる。







「兄さんに捕まえてきてって言ってもいつもいつも失敗するから俺がきました。そしたらタイミング良く臨也さんが池袋来てるって言い出したのでそれからずっと探してたんですよ。――ね、兄さん」


「あぁ、そうだな」


「…………は?」





 細身の腰をがっしりと抱きかかえている何かが、次の瞬間、もぞりと動いた。もちろんシートベルトではない。シートベルトは動かないし、何より厚みや熱など持っていない。それに、煙草の匂いを放つ程、喫煙者に優しい作りなどはしていないだろう。


 では、一体それは何なのか。そんな認識をする前に背後から聞こえた声に、臨也は身体を硬直させた。それは余りにも聞き覚えのある声で、誰かと違えるはずもない。






「相変わらず細せぇな。ちゃんと食ってんのよ、臨也くんよぉ」


「え、ちょっと……、何、え……」






 ありえない、認めたくない事実。しかし、振り返らなくともフロントミラーにはしっかりと池袋最強が映り込んでいるため、現実逃避は認められない。がっちりと抱え込まれた身体がぞわりぞわりと震え立った。





「――なんでシズちゃんがこんなところに居るのさ!! 離れろ!!」





 拒絶心に駆られ、咄嗟に口から出て行った声は思いのほか大きかったと思う。けれども、解に辿りつくや否や暴れ出した俺に、シズちゃんの指が問答無用とばかりに、口の中に押し入ってきた。





「ピーチクパーチクうっせぇぞ、おらっ!!」


「ふぐむぶsふぉsh?!」


「ちょっとばかし黙ってろ、クソ蟲が」


「う、むぅ……」






 舌を摘ままれて、口内を撫で回され。あまりの息苦しさに自分では聞いたことのないような甘い声が漏れた。そのことに気付きはっと抵抗するように歯を噛みしめるが、それがなかなかにうまくいかない。なんていったって、人の中で散々に暴れ回るその指は、間違いなく俺がもっとも嫌いな化け物のものだ。ナイフが五ミリも刺さらない皮膚に俺の噛みつき攻撃が効く訳がない。ただただ何事もないかのように好き勝手に指は口内を動き回っていく。




「ん、 やぁ……」




 しかも怪力馬鹿の指と来たら、その嫌悪感もその恐怖も半端なものではない。ちょっと力加減を間違えれば俺の舌はあっさりと引き抜かれるだろうし、もしくは二つに分裂して止めどなく血を噴き出すだろう。そんな惨たらしい死に方なんて誰だって嫌だ。それなら仕事詰めでイカれた方が幾分かマシだと思う。舐めたくもない。気持ち悪い。けれども、あまり抵抗すると死ぬ確率が上がってしまうという現実。その狭間に押し挟まれた俺は、意味不明な言葉を吐きだしながらも、込み上げてくる凄まじい嘔吐感を必死に耐え忍ぼうと力強く目を閉じた。




「……そんな顔も出来るんですね」





 意図する間もなくぽろぽろと零れていく涙。それに反応するようにそっと幽くんが手を伸ばしてくる。






「こいつ、泣くの堪えてる瞬間が一番可愛いぜ?」


「いいな、兄さん。俺ももっと臨也さんのそんな表情みたい」


「今日からいくらでも見れるだろ」


「確かにそうだね。ふふふ、今日から見たいだけ見れるのか。楽しみだなぁ」






 冷たい手に目元を撫でられて、恐怖心から首を振って抵抗した。何をされるか分かったもんじゃない。それは目を瞑っているからということもあるけれども、今まで生きてきた中で培った直感でもあった。


 しかし、弟思いのシズちゃんがそんな抵抗を許すはずもない。気に食わないとばかりに散々舌を弄んでいた手で、顎を掴んだかと思えば、力強く握り締めてきた。ぎしり、と骨から悲鳴が上がったのは何も幻聴ではない。正真正銘、骨が軋む音だった。

痛い。いたい。イタイ。







「俺ならまだしも幽に抵抗すんなよ。――身体、潰すぞ」






 そっと耳元で告げられた死刑宣告に目を見開いた。全身の毛が逆立つ。どうやって。なんて言うまでもない。相手は池袋最強だ。この男の潰すという宣言ほど、信憑性のあるものはないといってもいい。尻の間ですでに堅くなりかけているものだとか。幽くんがやたらと唇を撫でてくるだとか。それこそたくさん言いたいことがあった。けれども、抵抗するなと耳元で囁かれてしまってはもうどうしようもない。


 拘束する腕が、拷問機具並みの破壊力があることは自分自身、身を持ってよく知っている。だからこそ、冗談かもしれないこの一時を、ぐっと唇を噛みしめて乗り越えるしかなかった。何をされるかは分からない。それでも堪えるのは慣れている。全ては人間観察をするために培った忍耐強さと努力の結晶。――そのはずだった。





「それにしても額にニキビとか可愛らしいですよね」


「俺も初めてみたな」






 しかし、その無抵抗が今回は仇となった。そのことに気がついたのは、ピタリと動かなくなったことをいいことに、運転席から後部座席に幽くんが身を乗り出してきた時だった。あっという間に前後を平和島が挟まれ、さらに身動きが取れなくなる。そして、そんな俺にさらに追い討ちをかけたのは間違いなく幽くんの次の発言だった。






「――マスターベーションはちゃんとしてますか?」


「え、」


「精液は定期的に出さないと身体に良くないんですよ。ニキビの原因にもなりますしね。あ、そうだ、兄さん。せっかくだから俺たちが臨也さんのお手伝いをしようか。ちょうどいい体勢だし」


「いい考えだな」


「……え、――え?」





 急激に展開していく状況に焦りが隠せない。ドッ、ドッ、と心臓が荒い鼓動を打ち込み、息を乱していく。硬直する身体は見る見るうちに体温をなくしていった。思考を埋めるのは得体のしれない恐怖心。怖い。怖い。怖い。そうやって心の中で繰り返される叫びは、実に悲鳴じみていた。





「ま、まって――…!!」




 藁にも縋る思いで幽くんのシャツを握り締める。ニキビの原因は、少なくとも仕事が詰まりすぎによる不規則な生活が続いたせいだった。もちろんこれでも最新の注意を払っていた方だ。ニキビは基本的に男の方が出来やすい。容姿を維持させることにある種のこだわりのある自分にとって、ニキビ対策は日頃から万全なはずだった。だから、幽の疑うマスターベーションの不足からなどでは決してない。そもそも、俺は極端に性欲が薄い方だし、同姓である男にあれこれされて喜ぶような特殊思考も持ち合してはいない。ニキビが出来たのは本当にたまたま。それこそ偶然が重なったようなものだった。それを理解して欲しくて、もう一度、今度は縋りつくように幽くんの肩に顔を擦り寄せる。





「って、待ってよ!!待ってよ、こんなのおかしい!!ニキビだってただ仕事が詰まっていて――、」


「うっせぇ。手前は黙って喘いでろ」


「んな理不尽な!! ――ンンンッ!??」


「そんなに怖がらなくても可愛がってあげますから。心配しないでくださいね、臨也さん」


「すぐに何も考えられないくらい気持ちよくしてやるよ」







 何が一体どうしてこんなことになってしまったのか。乱されていく思考は酸素を奪われ、身体を拘束されてしまえば、思うように纏まらない。しかもそれに拍車を掛けるようにして、幽くんの手が服を捲り上げて胸元へと動き出す。やわやわと胸の突起物を揉まれ、吸われ、挙句の果てには下のものを握られてしまえばもはや全てが終わりへと向かっていた。時間が経つにつれて密着していく三つの身体。その距離は異常で、男同士ではありえないほど熱の籠ったものだった。その距離が零になるまでにはもう少し。


 助けて、助けて、と叫ぶ声は、化け物の口に次々に吸い取られていって誰の耳にも届かない。








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以上がゆだ様の平和島サンドで愛され慣れてなくてあたふたする臨也でした!字数ギリな上条件クリア出来ていない気がするんですが、すいませんんん><
11,10,21(Fri)


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