*保存ボックスから再利用。















――大好き、だなんて言われても信じてやらない。もちろん、愛してるって言葉も信じない。だって、言葉は存在自体がすでに代用品なのだから。


直訳すると静雄はそんなことを臨也に言われたらしい。













「なんで信じねぇのかな。あいつ」



 珍しく静雄がどこか凹んだ顔をしてマンションにやって来たから部屋に入れてやったというのにこれだ。臨也、臨也、臨也。最近の静雄は中毒者のようにそれはそれは臨也を欲している。常に傍に居たいと思っているし、誰かと接触するようなことに酷く目くじらを立てて、出来るだけ監視しようとしている。これが依存だとか、手に入らないことへの愛とは違うおぞましい欲望から来たものでないことが唯一の救いだ。
少なくとも僕はそう思う。


 そこにあるのは純粋な好意。もちろんちょっとストーカーっぽくてサディスティックな一面もあるけれど、静雄が臨也を好きだということには変わりはない。シンプルに表せる思いを持って、静雄は臨也を愛している。第三者から見ても。




「そりゃ、臨也の主張は間違ってはないと思うから僕にはなんとも言えないな。個人の考え方次第だしね」



「なんだよ、その主張とか考え方とかって……」



「まぁ君は難しいかもね」






 そんな純粋な好意が救いになっていることを、単細胞の君にはたぶん一生分かりっこないだろうな。

と、言う意味を込めて、コーヒーを啜り、にっこりと微笑んでやれば、目の前で静雄用のプラスチックのカップが割れ落ちた。


 凹んでいるように見えたから遊んでやろうと思ったけど、からかいは厳禁っと。そう心に誓う。弱っているうちに日頃の仕返しを試みたかったが、短気は健在みたいだった。仕方がない。これ以上被害が出る前に、手を上げて降参の合図を出せば、静雄から詳しく話せ、と催促がかかった。


 ――臨也のことになると随分積極的になるとかなんなの、それ。







「つまりは臨也が言うとおり、言葉が代用品にしか過ぎないからだよ」



「意味わかんねぇ」



「まぁ君には難しいかもしれないね」



「分かりやすく言え。勿体つけるようなことしやがったら半殺しにしてやる。時は一刻を争うんだ。あいつを一人ふらふらさせておけねぇよ。誰かに取られちまう」



「あいつの心を掴める奴はそういないと思うけど」



「んなの分かんねぇだろうが。あんな可愛くてエロい奴を誰がみすみす放っておくか」



「…………さらりと惚けないでくれる?」








 口の中に含んだ茶色の液体が急にまずくなったような気がする。舌に纏わりつく変な味を誤魔化すように、机の上に置いてあった菓子を引っ掴んでみた。そして袋を開けて、口に放り込む。


甘い。今度は甘すぎる。







「言葉ってね、あるモノを表現するために人間が生み出したものなんだ。例えばこのコップ。俺たちはこれをコップと呼んでるけど、これがコップとは分からないだろう? もしかしたら、壺かもしれないし、もしかしたら別の何かを指すモノかもしれない」



「?」



「俺たちが勝手に名付けているだけであって、実際のところ、そのモノは違う名前をしているかもしれないってこと」






 その顔は分かってないな。分かってないね、静雄。そんなことじゃあ臨也はいつまで経っても振り向いてはくれないよ。


 そんな思いを抱きながら、口を開く。


 臨也は、人一倍扱いが難しい。捻くれている半面、正直な部分もあるからその辺り、付き合いが非常に大変だったりする。

実際、長い間付き合っている僕にもまだ物差しが計りかねない場面があることも事実だ。無駄に幅広い思想知識を持っている臨也は、口先だけで黙らせようと失敗する。だからこそ、例え臨也の抱いている思想や考えが違うと分かっていても、そういう時は無闇矢鱈に手を出してはいけないのだ。



 大事なのは、受け入れること。そして、それを受け入れた上でどう自分が行動するか。ただそのことに尽きる。


 特に今回の場合は、言葉を持って生きているような臨也が言葉というものを信じていないというんだから、それを踏まえた上で静雄自身が行動に出なくちゃいけないだろう。

そのためにも、静雄はこの臨也の根底にある思想を知らなくちゃいけない。それからどういった行動に移すかは静雄次第。結ばれようが、結ばれなかろうが、話を聞かせてあげるだけの僕にはまさに興味もない末路だ。

努力と誠意、そして時間がものをいう。それが恋というものだ。







「俺たちは一応西洋の考えを基にすれば、楽園を追放されたアダムとイブから出来た存在だ。ちなみに楽園ってものが最高傑作、理想的な世界だと言われている。つまり、そんな完璧な世界から放り出された二人、もとい子孫である俺たちは、生きる理想像として無意識にあの神々の楽園を創造しようとしているらしいんだ」



「それで?」



「でも、ほら、いくら楽園にあったモノを真似して作っても、所詮それは疑似的なものだろう? 偽モノだから名付けないといけない。そして名付けられたものは、過去はもちろん、未来永劫使い回される。私たちの名前や感情だってそうだ。名を与えられた時点で偽物。言葉に表さないと一体それが何なのかを証明出来ないんだからね。だからこの世界にすべて本当のモノは存在しない、という結論に至る訳さ」



「分からねぇ……。なぁ、殴っていいか?」



「なんで僕が殴られないといけないのさ!!」



「仕方ねぇだろ! 意味が分かんねぇんだからよ!!」







 ごきり、と拳を鳴らし、立ち上がられたらもうどうしようもない。自動喧嘩人形のスイッチは止められない。

というか、そもそもなぜ自分が殴られないといけないのか分からない。話せと言われたから話してやったというのに、理解が出来ないから殴るだなんてこんなの理不尽すぎる。本来ならもっと下手に出るのが普通じゃないのか。こんなの下手な詐欺よりも質が悪い。


そんな憤りもあってか、僕の口から反射的に飛び出ていたのは、さっきまで心の奥底で留めていたはずの静雄への思いだった。







「それは何も知らない君の問題だろ!! そもそも君は理解しようとしてるわけ?! 好きって思いだけじゃ付き合っていけないんだよ、臨也に逃げられてもしらないからね」






 ――あぁ、ごめんね。まだ付き合ってもいなかったね。




 思いの他、その声が大きかったのはそれだけ興奮をしていたからだ。でも結構威力はあったらしい。


静雄が存外悲しそうな表情を見せて、唇を噛んだ。地味に歯が軋む音が聞こえるあたりどれだけ強く噛みしめているんだか分からない。なんだか、その様子を見て少し悪いことをしたような気持ちになってしまった僕は甘いのだろうか。


臨也のことを好きだと気付いてからの静雄はすごく大人になった、と思う。全体的に我慢強くなったけど、殊更臨也のことに関してはしっかりと向き合うようになった。以前なら、訳が分からず怒鳴り散らしたり、思い通りにならないことに腹を立てたようなことにも、ぐっと抑えて臨也本人や周りから真意を聞こうとする。これはまさしく進歩だ。恋愛に置いて大切な忍耐というものを彼は少なくとも持つようになったと思う。


 でも、人間だから全部が全部すぐに変われるわけでもないんだろうし、今だって静雄自身、臨也に愛の告白を拒絶されたことに焦っているのもあるんだろう。


 もちろん悪いのは理不尽に怒ってくる向こうにあるんだけど、恋愛に関わる焦りだとか苛立ちだとかは僕自身が一番よく分かっているつもりだから、そんな彼の心情を汲み取ってやれなかった自分にも非がある気がする。


だから今から話すのは、ちょっとしたお詫び。そう思って静雄にも今から話す話を聞いて欲しい。







「――と、まぁそんな思想がヨーロッパから生まれたわけ。アダムとイブだしね」



「……つか、日本は仏教だぞ? 信じなくていいじゃねぇか」



「そういう思想があるってことにしといてよ。そもそも臨也は無神論者なんだからさ」



「じゃあ何も信じなかったらいい」







 俺だけを信じろよ、と言いたげに静雄はどさりとソファーに腰掛けた。両手を組むようにして口元に当てる。その目は揺れていて、なんだかすごく人間っぽいなと思ったのは秘密だ。






「信者か信者じゃないかはまた別だ。思想は宗教を凌駕するし、人格形成にまず間違いなく関わってくる」



「だったら、どうしろって言うんだよ……」



「だからさ、言葉がだめなら、言葉に頼らないで思いを伝えたらいいんじゃない?」






 こんなにヒントを出しちゃっていいのか分からないけど、相手の気持ちが分からなくて不安になる気持ちも分からなくもないから、今日だけは恋愛事には優しい僕がちょっとサービスしてあげる。





「それこそ方法はいっぱいある」








 そんなシンプルな答えに、静雄の目が見る見る力を漲らせているのを確認しながら、僕は小さく微笑んだ。






「行ってきなよ。善は急げ。待っていても何も始まらないよ」



「――おう。ありがとうな」






 恋愛ってものは難しい。僕はこの時そう思っていた。でも、実際難しかったのは臨也の言うとおり、言葉という存在と、平和島静雄という男の単純さだった。もう少し、彼の頭の回路を理解していたらあんなことにはならなかったかもしれない。






「いってらっしゃい」










――この助言が後で飛んでもない事件を引き起こすだなんて、この時の僕は思ってもみなかったんだ。











言葉にするのは難しい
(受け取り方は人それぞれ)

















で、そんな新羅の台詞に勘違いした静雄がGO姦してしまい余計に拗れるシズイザが読みたいです。
言葉だとか、代理品とかは好きな文学思想から引っ掴んできました。好きなんです、代理品世界。
だって、言葉を信じない臨也。この世にあるモノを信じない臨也。だから、どんなことを言われても、どんな仕打ちにあっても、偽物だって割り切って一人でいようとする強がり臨也が見れるんですよ!なんて幸せのし甲斐があるか……///(ポッ






11,10,05(wed)


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