毎日、毎日仕事場に行って同じことを繰り返す。それの何が素晴らしいのかといえば、この世知辛い世の中で定職に付き、お金を貰い続けていることである。 その仕事が、喩え糞のような野郎を相手にする内容であっても仕事は仕事だ。有り難く、それは本当に有り難く、自分の心に刻み付けて働かなくてはいけない。 「――っつぅてもよぉ…」 愚痴のように零れた言葉は自分のものだ。上司が暫し銀行に用があると席を外してからシェーキを片手にずっとこの店にいる。今座っているのは特等席である窓際のボックスシートだ。今日は客入りが少ないのかそこに座ることが出来たのが唯一の喜びだ。 しかし、その一つを除いてしまえば、毎日のように訪れるこの店に何の喜びも見出だせなくなっていた。 かれこれ22日。積み重なった仕事日数は、軽く労働基準を超えようとしていた。 「あー…、クソ」 チラチラと窓から通行人を見るも、みんな暑苦しそうにタオルや扇子、日傘を片手に街の中を歩いている。見ているだけで暑苦しい。 ふいと視線を店内に戻し口にストローの差し口を含んだ。普段は絶対に思わないストローの太さ。それを忽ち意識してしまえば、キュイキュイ吸うのもまた億劫になってきて、結局はシェーキそのものを机の上に置いてしまった。 代りに右手で開いた携帯画面には最愛の男の寝顔が写っている。 『ここのとこ急がしそうだね。頑張って。待ってるから』 受信ボックスに保護をしてまで大切に保存してあるのは、臨也からのメールだ。慌ただしい日々を送る中で受け取ったそれを、俺はもちろん一字一句間違えることなく覚えている。そして、メールを受け取った翌日から毎日のように送られてくるプリンや煙草などの嗜好品は、まさに俺の連勤完遂に向けての原動力にもなっていた。 そもそもの発端は同じ職場仲間だった二人が辞めたこと。加え、池袋界隈で同じような仕事を請け負っていた会社数社による相次ぐ倒産によって、自社での仕事が急に増加したことが原因だった。 偶然に偶然が重なったことによる必然的な連勤。放棄出来るものならしてみたい。しかし、下手をすれば今度潰れるのは自分の職場なのだから、それはやはり矢も終えないといえば矢も終えないものだともいえた。 「待たせて悪かったな、静雄」 「いえ、お構い無く」 銀行から戻ってきた上司の手にはワンコインで買うことの出来るコーヒーが握られている。 それほど柔かくもないシートにドカリと座る身体は自分と同じで7月の頭より幾分か痩せていた。 「とりあえずこれで終わったべ」 「ようやくっすか…」 「あぁ、ようやくだな。お前もお疲れさん。流石にしんどかっただろ?」 「ちょっと今回のはヤバかったッス。結構体力は自信があるほうだったんですけど、毎日毎日続くとダメッスね…」 「仕事は体力だけじゃやっていけねぇべ。心身共に付いていかないとやっていけないもんだ」 そう言ってコーヒーを啜る上司の目元にはしっかりと隈が拵えられていて痛々しい。かくいう自分にも薄ら疲労の色が浮かんでいることも知っている。 「社長が言うには、他の会社に一部仕事を預ける手配はしたらしいから」 「8月は普通の業務に戻るってことッスね?」 「そう言うこった。で、とりあえず俺とお前は今日から8月まで休みだ」 「え?ホントですか?」 「これも社長の計らいだ。最優秀勤労賞だと思って受け取ってくれればいいらしいぞ。後でお礼は言っとけよ?」 「あ、はいっ!!」 「んじゃ、今日は解散ってことでいいか?ホッとしたら何か急に疲れが出てきたべ。こう考えるともう年だと痛感するわ」 首をこきこきと鳴らした上司はそう言って力なく笑うとそのまま席を立ち上がった。同じように自分も席を立つ。 「――あ、そうだ」 「どうしたんすか、トムさん?」 「え、あぁ、うん。そうだった、そうだった」 「?」 「多分お前の嫁さんだと思うんだが、礼を言っていてくれないか?」 「臨也に、ですか?」 「毎日毎日ドリンク栄養剤と煙草ありがとうございましたって。それでここまで頑張ってこれたようなもんだべ、俺」 良い嫁を貰ったな、とふわりと笑い掛けてくる上司の顔にさっきまでの影はない。 何だか急に恥ずかしくなって、赤くなった顔を誤魔化そうと机の上に置きっぱなしのシェーキに右手を伸ばした。しかし、その手には未だ携帯がしっかりと握り締められたままだった。 ------------ 801の日と聞いてとりあえずパパっと書いてみました。自分にしてはちょっと雰囲気が違うかななんて思っているのですが、肌に合わなかったらすいません…! 携帯を握り締めて離さない静雄は、きっと今すぐにでも臨也に電話したくて仕方がないという… 11,08,01(mon) |