――知ってるかい、臨也が。


なんて新羅が馬鹿にしたように言ってくるもんだから殴ってやった。誰に言ってるんだ。俺は、俺は、臨也の――。




























新宿にある事務所を訪れれば、臨也がやや飽きれ顔で出迎えた。


綺麗な顔をしてる奴だからどんな表情をしたって可愛い。けれども、俺的にはやはり笑った顔の方が好みだ。


あのあどけない笑みが堪らない。カメラで何百枚も収めて部屋中に貼り尽くしたいほどに大好きだ。




あとは、照れ顔。これもヤバい。むしろ、これだけは譲れない。

あの愛らしさをもっと他の奴にも見せつけて自慢してやりたいと思ったことは数知れず。


しかし、それは止めておく。


というか、俺だけが知っていればいいから、言葉にすら表現する必要はない。ただ一言、「堪らない」、とだけ表現しておこう。











「あれ、もう帰ってきたの?」



「帰ってきちゃ悪いのかよ」








そう言えば、すかさず、「悪いに決まってるだろ。そもそも君仕事はどうしたのさ。ここを出て行ってまだ三時間と少し。普通ならまだ勤務時間中じゃないわけ?ねぇ、取り立て屋さん」と返事が返ってきた。



相も変わらず適切な突っ込みを入れてくるやつだと苦虫を噛みながら、ソファーにどかりと座る。


俺の定位置に当たるその真正面の机の上には、灰皿が一つ。そして、自分のすぐ右横には、先日臨也が買ってくれた黄緑のクッションが置いてある。


それを何となく手繰り寄せて抱きつけば、すっぽりと腕に収まった。低反発クッションが地味に気持ちいい。







「――まさか、首になったとかじゃないよね?」



「安心しろ、それはない。今日は有休を取った。トムさんにもお願いしてる」



「あ、っそ。だったらまぁいいさ。君にまだ居場所があるんなら俺は何も言わないよ」









どこかほっとしたようにこちらを見つめる臨也に、要らぬ心配をさせてしまったなと少しばかり後悔する。

もしかしたら、首になったと思って慰めようとしてくれたのだろうか。優しいやつめ。これは惚れ直すしかない。


とはいえ、すでにベタ惚れ過ぎて惚れ直せるところもないんだが。




そんなことを考えていたら、なんだか、とにもかくにも臨也を抱きしめたくなってきた。この腕の中に閉じ込めて、ぎゅうぎゅうしたい。そして、あの柔らかな身体に手を這わし、撫で撫でしたい。



そう思い、衝動のままに立ちあがる。


手からは邪魔になった黄緑のクッションが床へと落ちていった。












「――ねぇ、じゃあなんで帰ってきたの?」







しかし、臨也の傍に行こうと一歩を踏み出したとほぼ同時。


まるでタイミングを見計らったかのように投げかけられた疑問に、ふと本題を思い出す。



愛妻弁当を引っ提げてここに帰って来るほどまでに、焦って、イラついた出来事。


いや、そもそもの発端は全て新羅が悪いに決まっている。臨也は悪くない。――と思う。けど、臨也が悪くないとも言い切れない。





何はともあれ、はっきりさせなければいけないことがある。


なんせこれは、俺たちの、俺の、将来に関わっている問題だから。









「お前に確認したいことがあって戻ってきた」



「おや、仕事を休んでまで確認したいことってなんだい?」



「左手見せてみろ」



「左手?」



「そうだ、左手だ」









俺がそう言えばきょとんとした顔をしながらも、キーボードを打つ手を止めて、素直に左手を俺の方に差し出した。



その人差し指には臨也愛用のシルバーリングが一つ。

そして、薬指にはまだ光沢を放つプラチナの指輪が一つ。



なんの細工もないシンプルなものだ。ただし、表面上だけ。裏には綺麗な細工がしてあって、実はかなり手に入りにくい種類のブランドになっている。








「それ、誰からもらったか覚えているよな?」







もちろん、そんなこと確認するまでもない。それはまさに俺が、先日結婚指輪として臨也に送ったものだった。










「は?なに言ってるの、シズちゃん。君、もう一昨日のこと忘れたのかい?可哀相な脳みそしてるねぇ」



「うっせぇ。そうじゃねぇよ」



「だったらなんだよ」



「さっき新羅の家に行ったら、お前の薬指に指輪がついてたって。誰からもらったのかは知らないけど、って」



「それのどこが――、」



「なんで手前は俺からもらったってあいつに言わないんだ!」



「………は?」








うんと間を空けて帰ってきた拍子の抜けた声に、思わず苛立ちが募る。



なにが、「は?」だ。










「だから、俺からやったもんだろ、それ!!」



「え、いや…そうだけどさ、」



「新羅の奴、『ついにあいつも心許せる人が出来たのかぁ。いやぁ、ホント世の中捨てたもんじゃないよね。というか、あいつに指輪を上げたのは誰だろう。門田くんかな。それとも、粟楠会の四木さんかな。あ、それとも――、』ってぐちゃぐちゃ抜かしやがって――!!あぁっ、思い出しただけでもムカつく!!!一字一句きっちりかっちりあんな奴の言葉覚えてる自分にも腹が立つ!!!」









どういうことなんだよ、それは。なんでそんなことするんだよ、お前は。そう熱くなる俺の気持ちも分かってほしい。



何年も前から公ではないが付き合ってきて、愛を確かめ合い、深めあって。そんな中で、先月の5月4日、交際8年目にしてようやく同棲に漕ぎ着いたのだ。



結婚こそ日本の法律上出来ないが、そんな記念すべき日に何もしないでいれるほど俺も薄情な男じゃない。


むしろベタ惚れだからこそ、何か記念品として形に残したいと考えた結果が、三ヶ月分の給料どころかほぼ半年以上もの給料を注ぎ込み作ってもらった、この結婚指輪だったのだ。



もはやこの指輪は、俺の臨也に対する愛の化身。そう思ってくれてもかまわない。


それほどの思いで、俺は、臨也に、このペアリングを贈ったのだ。







――それが、なぜ、どうして。


臨也は俺から指輪を受け取っていて、尚且つ身につけてまでいるにも係わらず、新羅に俺からもらったということを伝えなかったんだろうか。



新羅は俺らの関係を知っている一人であるのに、なぜ秘密にする必要がある。




――それは、つまり、どういうことなんだ。










「俺の、俺の愛はまだ手前に伝わっていないのかよ……。俺はまだ、手前に認められてないのかよ……」








なんだか、そう考えたら胸が苦しくなってきた。俺の愛は、今までの、積み重ねてきた、あれは――。










「ねぇ、シズちゃん……?」



「っんだよ!!」



「感傷に浸っているところ悪いんだけど、一つだけいいかな?」



「………手柔らかに頼む。俺、今お前になんか言われたら凹む」



「あ、その心配はないから大丈夫。ちゃんと君の愛は俺に伝わっているよ」



「じゃあ、なんで、新羅に指輪のこと――、」



「あのね、シズちゃん。俺、昨日、」











――シズちゃんからこの指輪もらったって、ちゃんと新羅に言ったんだけど。










そう聞こえた俺の耳は果たして正常に動いていたのか、分からない。


ただ猛烈に、それはそれは猛烈に、新羅に会いたくなって、会いたくなって。俺の右手の拳とこめかみの血管が浮き上がったのだけは分かった。






















さて、これからどうしようか?
(殺人予告、「君に会いたくて、会いたくて」)












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ここまで読んでくださってありがとうございました!ちょっとチャレンジしたいことがあってトライしたものの、撃沈。いつも以上に読みにくくてすいませんでした…

11,06,10(Fri)


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