ゆっくりと瞼を開けた先に見えた赤の瞳はどうにも自分の記憶とは打って変わって下衆い色をしていた。


「手前、誰だ?」















世界には自分とそっくりな人間が三人いるという。いわゆるドッペルゲンガー伝説。身体・精神・こころ。その三つを体現した存在は本体と出会うことでその役割を奪い取る。つまりそれがどういうことかというと、三体に会うことで己という存在が希薄化、そして消滅を辿るらしい。
代わりがいる時点でそれは恐らくそこら辺に売っている商品と何ら変わらないのだろう。代用品は古から生け贄と同じようにして存在するのが常だ。そんなもの。簡単な話。



(――に、しても)



意識をぐっと現実に引き摺りだす。確か自分は臨也といつものように追い駆けっこをしていたはずだった。姿を見た瞬間に標識を引っ掴み、時には自販機、時にはコンビニのゴミ箱を投げ付けての害虫駆除。毎日、何気なくやってきていることだ。名物とまではいかないだろうが、池袋の人間は少なくとも馴染みある光景。鬼ごっこはそんな繰り返されるやりとりの一つだ。



「君が平和島静雄……」



それなのに一体なんだというのだろうか。高校の時から嫌というほど関わってきた人間を再確認するような物言いをする男に知らず眉間に皺が寄る。地方の人間ならまだしも当の本人がこの物言いは可笑しくないだろうか。さっきまでの黒いコートはどこにいった。角を曲がった姿を追い掛けて同じように角を曲がったらいつの間にか臨也のコートが白くなっていた。そんな馬鹿な。これは手品か何か。変身の意味では低レベルだが、今俺に追い掛けられているというシチュエーションで生着替えをするだなんてレベルが高すぎる。



「臨也くんの害虫だ」


「害虫は手前だろうが」



臨也くん。臨也くん。自分のことを名前呼び。そして、くん付け。女ならまだ耐えられるが同じ三十路前の男がするにはなかなか厳しい。俺が静雄くんと言っているのと同じだ。気持ちが悪い。俺も臨也もそんなキャラなわけがない。
苦虫を潰したような顔で対応する。死んでしまえと口に出して念じてもみた。太古の昔から言うだろう、言の葉は絶大だ。俺は少なくともそう信じてる。害虫と言われたからには言い返さなければいけない。化け物と言われ害虫と言われたらいよいよ人間じゃないじゃないか。だからこそ、死ね、気持ち悪いんだよ、と付け加えてみる。そうすれば、少しは気が晴れると思った。
それなのに、それでも相手の嫌悪感溢れる視線を捉えた瞬間に全身の毛が粟立った。いつもとは違うまがまがしい空気。笑われる表現かもしれないが、今の臨也が纏うその一つ一つが俺の恐怖心を駆り立てる。今なら何かの間違いで心臓にまでナイフが刺さるような気がする。まるでクッキーを噛み砕くようにサクサク、サクサクと。



「君は俺の津軽とは似ても似つかない」



にこやかに笑った後、妙に人形じみた臨也はするりと何処からかショッキングピンクと黒で彩られた拳銃を取り出した。普段からバックグラウンドの人間と接触する機会が多い奴のことだ。どこからか手に入れたのだろう。実際ナイフとは違って貫通力があがるそれは、確かに俺に対しても効果は絶大だ。この死近距離撃たれたら間違いなく新羅行き決定。だからこそ、生唾を呑む。派手で派手で仕方がない銃から目が離せない。ついでにいつもとは違いすぎる臨也からも目が離せない。



「君を見てると常々思うよ。津軽はいい男だってね。こんなにも同じなのになんでこうも違うんだろう。津軽に失礼だ」



白い服を着ているせいか、普段よりも肌が白いように感じる。健康的でない、少し病人を連想させる蒼白さ。しかしそれでいて何かに護られたような、蒼。



「気に食わねぇ――…」


「そっくりそのまま君に返すよ、化け物」



にこやかに笑う臨也が引き金を引く。まるで絞首台が動き出した瞬間のような、ガシャン、とシンプルでいて陳腐な音が鳴り響いた。



「……君が居なくなれば臨也くんはきっと喜ぶ」



嬉々として告げるその頬は赤みを帯びて目は爛々としている。どうやら俺はやはりこいつに嫌われているらしい。そう自覚するや否や、全身に火が点いたように身体が熱くなった。胸の辺りがズキズキする。張り裂けた音が聞こえたのはきっと気のせいではない。



「…――シズちゃん?」



視界が歪む。目の前が真っ赤に染まって懐かしい声に引きずり込まれる。慌ただしい音を立てながら駆け寄ってきた男が真っ黒なコートを身に纏っているのが唯一の救いかもしれない。地獄への案内人。こいつになら俺は全てを預けて向こうに旅立てる気がする。



「臨也くん、久しぶり」


「サイケ、お前――…」



サイケと呼ばれた臨也擬きは、臨也くん、臨也くん、と猫撫で声をあげながらこちらに歩み寄る。銃口は絶えずこちらに向けながら、俺が臨也に何かしないようにと牽制をする。



「どう? 俺、臨也くんのためならなんだってするよ」




まさかこれが俺と臨也と臨也擬きの全ての始まりとなるなんて一体誰が予想できるだろうか。
邂逅は最悪。
そして相手は最悪の邪魔者。







13,03,02(sat)


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