*9/17 池袋クロスロードで発行予定のカメラマン×モデルパロ。(一部抜粋)






【静雄】


泣けと言われれば無くし、険しい顔をしろと言われればそれこそ眉目秀麗と言われるその顔をしっかりと歪ませて、カメラレンズに視線を向ける。それは恐らく折原の素なのだろう。その表情が指示から導き出された作り物ではなく、恐らく九十九屋真一が、折原がこうしたいと思っていることを読み取って指示を出していたのだろうということに気がついたのは、実際に折原の撮影を開始してからだった。
心を読み取るまで親しい仲。それこそがカメラマンとモデルの関係で最も理想とされていて、もっとも難しいとされる関係。これほどまでに分かりあえるには一体どれほどの時間を共に過ごしたのだろうか。そんなことを考える。しかし、どんなに関係が良好でも、信頼関係が出来ていても仕事となれば話は別だ。モデルとカメラマンは立ち位置が違う。それでいて、意識は一緒ではなくてはならない。
カメラマンは依頼された仕事に適した撮影の指示に従い、モデルはモデルらしくその撮影に見合う表情やポーズをカメラマンの指示に従い取る。それが当たり前。
なのに、折原はどうやらそれが出来ないらしい。
色んな期待を背に初めて挑んだ撮影は、それはそれはこちらが泣きたくなるほど最悪なものだった。


今回の撮影は、最新の携帯の宣伝用のポスターモデル。上手くいけば、これが新宿の駅中の至る所に貼られる予定のものだ。
元がこんなにもいい素材をした男だ。依頼内容も至ってシンプルで、折原の笑顔を綺麗にカメラに収めて欲しいというもの。もちろんその指示に従わないつもりもない。実際俺も、この宣伝には折原の笑顔こそが一番似合うだろうなと会議に参加した時から思っていた。だからこそ、その線で行こうとイメージを固めていたのだ。
ピンクのバックにカラフルな風船がいっぱい飾られたステージで、たった一回、振り返って笑顔を見せるという感じの内容。トップモデルにはあまりにも簡単過ぎる指示内容だとその時の俺は自分を信じて疑ってもいなかった。
――というのに、だ。
折原は、笑え、と言った俺の指示通りにこそ笑ったものの、実際のそれはとてもじゃないけど俺が想像していた出来とは違っていた。言うなれば、紛いものの笑顔。きっと端から見れば十二分に満足の行く笑顔かもしれないが、それでも俺の求めるものと違っていた。もっともっと、心から笑っているような、クシャリとした子どもみたいな笑顔をしてほしかった。それこそ赤子が母親に向けて笑う様な無垢なものを想像していた。そして誰もがその笑顔を見て、こっちまで頬を緩めてしまう様な無邪気なものが欲しかったのだ。



「もう少し楽しそうに、幸せそうに笑ってもらえないか?」


「…………」



理想と違う。だからこそ指示を出した。険もない、ただの注文。別段言葉使いに間違いなども含まれていなかったと思う。実際、その指示を聞いて、折原は少し深呼吸をしてから、試すかのように笑みを作ってくれた。先程よりも出来が悪い笑顔だったことに、どうしたんだ、と首を捻りながら俺も無言でシャッターを切ってみたりもした。もしかしたら久しぶりの部外者との撮影で緊張しているのかもしれないという淡い期待に掛けて、何度もレンズに折原のことを収めてみたのだ。
しかし、いつまで経っても一向に状況は好転しない。何かを訴えかける様な折原の視線を感じるものの、それでも合格点に達しないのだから仕方がない。どうにか使えるものがないのかと写真を確認してみたが、やはり折原の笑顔にどこか自分の中で違和感が残って使いようがないためどうすることも出来ない。
暫くして手に持っていたカメラを一度脇に置き、スタッフ全員に休憩の指示を出す。そういった手段を取るのも当然といえば当然のことだった。八方塞。このまま続けても無駄だと思ったからだ。



「あー…、どうした。やっぱ俺みたいな部外者じゃ緊張して笑えないか?」


「そんなわけじゃない」



ステージで紀田とか言う下の子から紅茶のペットボトルを受け取った折原の元に歩み寄る。やはり九十九屋真一でなければ心を許せないのか。もしくは技術や演出に関して文句があるのか。こちら側に何かしら問題があるのなら出来るなら言って欲しい。そんな気持ちが強かった。
どんなカメラマンであっても新しく受け持つモデルと信頼関係を築くには手探りの状態から始まる。特に、折原は今まで外部の人間との撮影から疎遠だったため、その情報も少ない。どういった性格で、どういった癖のある人物なのか。それを上手く理解して撮影を進めていかなければいくら素材が良くても良いものは撮れない。
とりあえずは、折原の返事で一つの疑問は払拭されたが、それはそれでなぜなのだという疑問が新たに浮かび上がる。紅茶のキャップを音を立て開らき、そしてゆっくりと傾けて喉を潤し始める折原をまじまじと見る。普段から表情は明るくない。特に今日の折原はどこか思い詰めたような顔をしていて、なんだか近寄りがたいようだった。



「じゃあどうして笑えないんだ。調子でも悪いか? それとも体調が悪いのか?」


「調子が悪いとかいう以前に気分の問題かな。笑えないんだ。俺、笑えない。笑えないんだよ。君には分からないかもしれないけど……」



首を振り、小さく溢す折原のその台詞に知らず眉間に皺が寄る。笑えないとはどういうことなんだ。いの一番に出てきた疑問は、やはり無意識のうちに口を突いて出ていった。それにびくりと肩を揺らした折原は、やはり小さく、『笑えないのだ』と溢すだけで黙ってしまう。



「あー……、まぁなんだ。そういう時もあるよな」



正直な話、色々と言いたいことはあった。それでも知りあってまだ一日目だと思ったから、ぐっと堪えて言いたいことは飲み込んだ。何より、折原の仕草が親に怒られる前の子どもの姿にそっくりで、こちらもあまり言及できない雰囲気が充満したのがいけなかった。
本当なら、モデルが笑えないんだなんて致命傷過ぎる。それが調子どうこうのもんだいじゃないのなら尚更だ。気分の問題で仕事をするなんてもっての他。俺たちはこれでもプロだ。そう言い募りたかった。
それでも、今ここで何を言ってもしょうがないと思ったからこそ、自分らしくなく不器用な笑顔で、『笑えなくてもモデルだから午後は頑張ろうな』、というなんとも言い難いフォローもしたりしてみた午前の部。
まさかその台詞のせいで午後の撮影で更に苦労を強いられるだなんて、一体誰が想像をしただろうか。














休憩を挟んで朝と同じスタジオで折原を相手に撮影を再開したのが、約三十分前。しかし、休憩後はそれはそれは酷い有様だった。折原は無表情で、まったく笑わなくなっていた。怒りもしなければ泣きもしないそれは、顔が整っているだけあって迫力があり過ぎた。カメラに収めるのすら躊躇われるほど、あまりにも酷い。それに堪らなくなって撮影中にあぁだこうだと折原に言ってみても、それこそ子どものように聞かぬふり。まるで俺がこの場にいないのではないかというような扱いを受けた。
一体休憩時間に何があったんだ。普通に声に出して叫びたい位の激変を遂げた折原の態度に、短気な俺が我慢できるはずがない。
我慢ならずに何度名前を呼んだ。指示も出した。それでもまったく俺の言うことを聞かない。周りからフォローを受けても、それでも状況は全くと言っても変わらないまま時間が過ぎて行った。終わりだ。最悪だ。撮影の期限は明日に迫っている。
なぜ九十九屋さんだけがあいつを撮り続けてこれたのか。今なら分かる気がした。折原の容姿は素晴らしとは思うが、それを全消しに出来るくらい性格が致命的に終わっている。とんだじゃじゃ馬だ。人間みたいに理性をもって仕事をしてくれないから、始めの乗馬を誤れば和解することなんて出来やしない。


(――こんなんじゃ仕事になんねぇよ)


九十九屋さんはあいつをどうやって撮っていたのだと考えると、頭が痛くなってきた。モデル自体は気難しい輩が多いが、それでもここまで酷い奴は初めてだ。煽てれば大概どうにかなると言った先輩であるトムの言葉が霞んでしまうほどに、自信を無くした。
修復不可能。リセットも許されない。
そうなれば、俺はどうしたらいい?



「――仕事だろうが、笑え!!」



暴れ回る感情に抗うことなくそう言い切った後に後悔してももう遅い。叫んだ声に、場の空気が凍る。荒い息だけが場に音として残り、自分でも偉く興奮していると他人事のように思う。それでも、思うように行かない苛立たしさにどうにも我慢が出来なくて、俺は更に口を開いてしまった。



「折原臨也だろ。なぜそれが笑顔一つ満足に出来ないんだ」



折原臨也というトップモデル。その理想像はあまりにも大きい。どんな無理難題、それこそ北極や南極で半袖を着せて撮影させても平気なような、そんな印象を与える男がなぜ笑顔を作れない。こんなの詐欺だ。我儘だ。



「おい、臨也!!」



黙ってスタジオを出ていこうとする臨也に声を掛けても振り向きなどしない。まるで俺がいないとでもいう風な振舞いに腹が立つ。呼びかけなど無意味。そもそもあいつみたいな人間を俺みたいな人間が扱うという時点で無理だった。思うように行かないことに腹が立つ。理想と違う折原に腹が立つ。何をやっても上手くいかない気がしてもう全てが嫌になる。



「君は素晴らしく良い目をもっているとは思うけどね。残念だけど、今のは君が悪い」


「まったくその通りだ」



しかも、門田と岸谷とかいう照明とステージ設定を担っている二人がそれぞれ口を開く。俺が悪いだなんて、どうして。その理由すら聞けないほど腹立たしくて俺は大きく舌を打つ。
仕事は仕事だ。笑える気分ではなくても笑わないといけないのがモデルだし、カメラマンの要求は飲むべきものではないのかと少なくともそう思う。俺の考えは間違っているのか。誰か、教えて欲しい。



「今、紀田君がフォローしに言ったけど、恐らく、暫く臨也はまともに使えないよ。御愁傷さま」



そんな岸谷のさも人を憂うような声に、俺はまた一つ憂鬱さに苛まれ頭を抱えた。



――クソくらえだ!!






12,09,16(sun)


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