臨也の甘えた行動はなかなかに可愛い。それに気付いたのは、殺し合いをし続けた結果付き合い始めた八年近くたったある日のことだった。









静雄式、QA行動








最近になって力の制御が自分なりに上手くいくようになったことや、後輩が出来たこと。それに周囲に色んな人が集まってきてくれたことが、臨也との交際が順調に進んでいるのだなぁと気付く全てのきっかけだったと思う。
俺の心は少しずつ、本当に亀よりも遅い歩みで、ゆっくりと発達してきた。イラつくことやムカつくことがあっても、昔のようにすぐには手や足を出さない。深呼吸を一つ。そして、瞬きを三回ほどしてから、その事態を改めて自分なりに振り返る。何が原因か。どうしてこうなったのか。もしここで暴れたら、誰かに迷惑は掛からないか。そんなことを、ゆっくりと、しかしそれなりに早い時間で考えて、思考する。絡まれたからといっても、誤解という可能性があるのも否定はできない。
とりあえず、なんでもかんでも色んな事を足りない頭で必死に考えて、色んなことに想い馳せる。そうやって答えを導き出そうとするようになったのは本当に人間として大きな成果だったと思う。結局暴力を振るうことには変わらないかもしれないが、力任せに自販機やら標識やらを引っ掴んでは振り回していた時のことを思えば、月とすっぽんくらいの差だろう。
俺は本当に物事を色々な面から考えるようになった。
そんなことをぼんやりと煙草の煙を燻らせながら思う。



「――シズちゃん」



ぼんやりと公園のベンチに腰を掛けているその横から、小さな声が聞こえる。青空が話しかけてきているような声と評される臨也のものだ。俺は青空から話しかけられたことがないから分からないが、それでも耳触りが酷くいい声だと思う。毎日聞いていたいくらいには気にいっている。
そんな男に手を伸ばし、黒い髪をくしゃくしゃと混ぜてやれば、柔らかい髪からは少し甘いシャンプーの香りがした。これも最近では毎日嗅いでいたいと思うのだから、人の心の変化とは不思議なものだと思う。



「俺の話聞いてた?」


「あぁ、えーと、なんだったっけかな。火が怖いって話だったか?」


「そうだよ!君を脅かそうと着火万を爆発させようとしたらさ、なぜか自分の目の前で爆発しちゃって。爆風というかあれは本当に爆発だよ!でね、でね、それ以来俺、火触るの怖いんだよ!!」


「そうかそうか」


「だから料理が出来ないの!これって一人暮らしには致命的だと思わない?」


「そうだな」


「俺、パスタ食べたいのに君のせいで作れないんだよ。可哀相な俺!というか、責任とってタラコスパ作ってよ、お昼に!!」


「パスタはカルボナーラ派だからそれなら考えてやる」


「俺はタラコが食べたい」


「なら却下だ。却下。つか、手前、料理どころかその他の家事もからっきしじゃねぇーか」


「だって、」



俺が反応しているということがどうやら嬉しいらしい臨也は見えない尻尾を振りながら、それからもぺらぺらと良く回る口を動かしていく。最近の臨也は少し変わったと、俺は思う。というか新羅や門田も言っているから、実際変わったのだろう。こうして俺の隣で大人しく座っているということも驚くべきことだが、全体的に雰囲気が丸くなった。俺と同じように周りには信者ではなくて普通の友達のような人間も多く出来たと聞くし、親しみやすくなったと言うべきか、子どものような面が見えてきたというのか、かつてのあの折原臨也を知る人が驚く程度には、今の臨也は人によく懐くようになった。そして自分のことをよく話すようになった。
それを俺がどうこう言うべきではないと分かっている。けれども、正直恋人としては嬉しくはない。自分以外の誰かにへにゃりと笑っているのかと思うと、嫉妬の炎が燃え上がるのも事実だ。
ただ、何もこの臨也の変化がデメリットばかりではないことにも気付いている。この変化が、俺自身の変化も含めて付き合い始めてから生まれたものだということが非常に重要なのだ。それは二人にとって大きな意味を成し得る。なぜなら、互いに満たされ、幸せと感じているから心に余裕が出来る。その余裕が、こうした対人間関係に影響しているのではないか。そう考えると臨也の変化は何とも嬉しいものでしかない。そして、こうして甘えるように傍に居てくれる臨也がとてつもなく愛らしい。そう思う。
こんなこと、かつての俺たちからすればまず考えられなかったことだ。



「だって、えーと、自販機やら標識やらゴミ箱とか投げるから電化製品や鉄製品も触るのも結構トラウマでさ。ここまで来るともう裁判所に訴えられるレベルだと思わない?ねぇ、シズちゃん……」


「なんだ?」


「とりあえず!!こんな心的外傷負わされた俺の身にもなってよ。早く責任取って、今すぐに、一瞬で!!」


「おうおう」


「ちょっと、さっきから返事に誠意が感じられないよ、バカ静雄!!」


「なんとでも言え」


「ばーかばーか!!天然たらしの馬鹿静雄!!もう知らない!!」



ぷくりとふぐのように頬を膨らました臨也はそのままプイッと顔を背ける。どうやらご機嫌を損ねてしまったらしい。これまた見えない尻尾がバシバシとベンチを叩いているように見えて、思わず笑ってしまった。まるで猫みたいだ。



「なに笑ってるのさ!!」


「いや、なんだかなーって思ってな」


「なんだかなって、こっちがなんだかなだよ!!バカ!!」



吸い終わった煙草を携帯灰皿に押しいれてポケットに仕舞い込む。そして、拗ねた様子の臨也に改めて視線をやった。
丸い頭が、少しだけ地面の方に傾いている。いつも姿勢のいい背筋も今は少しカーブを描いていた。寂しいと言わんばかりのその様子に、あぁ、愛おしいなと思う。構って構ってとばかりに尻尾を振って話しかけてきたと思ったらこれだ。ころころと変わる表情は本当に見ていて飽きない。可愛いと心から思う。



「拗ねんなって」


「……拗ねてないもん」


「ほら、えーと、なんだったかな。火が怖い、電化製品や鉄製の物が怖いから責任取れっていう話だったか?」


「…………」


「まぁなんだ、本当にトラウマになってるんなら謝る。けど、どうせそれも嘘なんだろ?手前が家事類バリバリ出来るの妹たちから聞いてるし」


「…………」



ぎくりと身体を強張らせた臨也の腰に先手必勝とばかりに腕を巻きつける。そうすれば、少し上がった体温と普段より幾分か早い鼓動に気がついた。緊張か、それとも不安か。きっとそのどちらもだろう。臨也は聡い奴で、同時に臆病な奴だ。事あるごとに俺に好かれているという確信を欲しがっている。責任をとってと言うのだって、ずっと傍に居て欲しいという隠れた臨也の本心だ。それでも素直に願望を口に出すことが出来ない弱い奴だからこそ、いつだって手を替え品を変えて逆に俺の本心を引き出そうとする。
悲しいことに、俺たちはあくまで男だ。日本では結婚は認められていない。もちろん子どもを作ることも出来ない。血も縁も混じりあうことの出来ないただの他人だ。何も俺たち二人を繋げる証明が存在しない。それが恐らく、臨也を不安にさせる理由なのだろう。でもだからこそ、俺はいつでも臨也の事を考える。


今頃あいつ何してんのかな。
これ土産で買っていったら喜ぶかな。
ムカつく野郎がいるんだけど、でも俺がここでキレたらあいつ悲しむんだろうな。
だったら我慢しようかな。

あいつは。

あいつが。

あいつに。

あいつを――。


俺にはあいつに絶対的な何かをあげることは出来ない。戸籍も子供も幸せな家庭も。けれども、だからこそ俺はあいつに俺の心をあげたいと思う。
そうやって毎日の思考を臨也のことで埋め尽くして、臨也に少しでも多く笑ってほしいと思う。
確かに、昔の俺は何かを考えるということが苦手だった。それでも、最近の俺は物事を良く考える。昔のように衝動的に動くのではなくて、ちゃんと頭で考えてから行動に移すようになった。それもこれも、臨也と付き合って心に余裕が出来た。そのことが一番の理由だと思う。心の余裕が俺自身に周りの状況を考えさせる時間を作った。人の、そしてその人の周りの人たちがどう思うか、その感情や心境をよく考えるようになった。そして臨也を愛したい、幸せにしてやりたいと、考えるようになった。高校の時には闇雲に、黙らせたいがために奮っていた暴力も、ほんの少しだけ質の変わった方向へ向きつつある。自己防衛という意味でも、そして人を守るためという意味でも、力を必要とする時がある。そのことに改めて気付かされたわけで――。
そうやって心にゆとりが出来るにつれて気付かされたことはたくさんあった。あれだけ大嫌いだった臨也へ真反対の感情を持つようになったのも恐らくそのおかげなのだろう。心があれば、感情も価値観も考え方も全部根こそぎごっそり変えていく。
なんたって、今日も臨也のぐちゃぐちゃと喋る口は昔と変わらない。にやにやと意地悪く笑うその表情も昔ほど頻繁に見ないとはいえ変わらない。喧嘩だって毎日のように吹っ掛けてくる。
それでも。――それでも。
それを受け取る俺の気持ちが変わったのはまず間違いはない。心が、いい方向に変わったのだと思う。
確かに昔は、臨也に出会えたことを失敗だと思った時期もあった。喧嘩して、増えていく借金を見る度に恨んだ時もあった。けれども、こうして紆余曲折を経て恋人という関係になってからというものの、これが臨也なりの構って欲しいという甘え方だと分かってそれなりに納得もしているし、臨也がどんなにぶつくさと言おうが、よく喋る時ほど何かをアピールしているのだと分かったからもう腹が立たなくなった。どんなに喧嘩を吹っ掛けてきても、構って欲しいだけなのか嫉妬しているだけなのかと最近はその行動の意味をまず考えるから、無闇矢鱈に傷つけることもなくなった。
捉え方が変わった。世界も価値観も変わった。それは少なくとも俺の中で大きな変化を起こしたと思う。



「――でも、それでも俺に責任を取って欲しいっていうんなら、いっそのこと一緒に住むか」


「……――え?」


「責任取ってやるよ、一生。俺と一緒に住みたいんだろ?なら、そう言え。いつでもお前が家に来れるように布団をもう一つ買ったんだ」



愛とは素晴らしい。大っ嫌いで大好きな相手の一挙一動に目も耳も思考も全部根こそぎ奪われるのだから。それこそ、恋は盲目と良く言ったものだとしみじみと思う。
相手のことしか見えない。幸せにしたいと、願ってしまう。心の大半が、思考の大半が相手のことで埋められてしまうのに、けれども臨也が傍に居るだけで不思議と心に余裕が出来てしまう。愛という感情はなんて素晴らしいのだろうか。最近の俺はそんなことばかりを考える。
このまま、幸せが続けばいい。思い思われ、傍に居続けて。ずっと笑い合いたい。それは臨也とそして俺たち二人の傍にいる多くの人を含めての話だ。
二人だけの世界ではなく、みんなと幸せを分かち合いたいと思う。
例え、ただの平和惚けだと言われても。
それでも俺たちの幸せは二人だけで成り立つ世界ではなにのだから。



「……ベッドがいい」


「ベッドが良いんなら手前の金で買え。買うんなら大きいの買っとけよ。俺も一緒に寝るんだからな」



臨也の腰を、抱き寄せる。真っ赤な顔を隠すように胸元に顔を埋める臨也を見て思う。
臨也が笑い続けれるように、ずっと、ずっと、俺は考え続けたい。臨也のことを、ずっと、ずっと思って、ただひたすらに、――。









12,07,29(sun)


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