――今年は、記録的な猛暑が全国各地で観測され。
街頭で毎年流れるお決まりの台詞。しかし、記録的とはよく言ったもので、泣きたくなるくらいに今日はとんでもなく暑い。これは快眠に支障が出るし、涼みに行かねばならない。そんな本能ともいえる欲求に従って、俺は夕方のラッシュでイモ洗いのようになった人込み溢れる山手線に乗って、新宿へ向かうことにした。
もちろん満員電車はすでに暑苦しく、腹が立つ。









だからどうした、死んでくれ











暑い、暑いと心の奥で叫びながら、どうにかこうにか臨也のマンションの前まで這いずるように到着した。もうすぐ冷えた部屋が俺の到着を待ち望んでいると思えば、自然と頬が緩む。念願のクーラーだ。俺だって嬉しい。
トムさん曰く、今日は気温が39度まで上がったらしい。そして明日も今日に負けない猛暑となるとも言っていた。そのため、今夜は必然的に熱帯夜直行だそうだ。そう言ってげっそりとした顔でこちらを微笑む上司に、上手く言葉を返せなかったのも無理はない。あのヴァローナですらそうだ。俺もトムさんも、ヴァローナだって、みんながみんな暑さで頭がやられている。仕事どうこうじゃなくてすでに俺たちは暑さで疲れていた。こんなのありえていい状態じゃない。
『故郷への帰還を所望します』。切実に訴えるヴァローナの台詞をもう三日連続で聞いている。
ヴァローナの故郷はロシアだと言っていた気がする。あそこにはシベリアがある。いくら地球温暖化と言われているご時世といえど、極寒、なはずだ。例えどんな黒歴史が横たわろうが、今ならロシアを素晴らしく思う。だってあんなにも涼しいんだからここよりは随分とマシなことだろう。雪の中に裸な自分。想像しただけで喉が鳴る。だって、ここは細胞から溶けてしまうくらいに暑い。食べ物に飢えているように俺は、今、涼しさに飢えている。某ネコ型ロボットのように何処にでも行けるドアがあれば、今なら雪山に飛びこむつもりだ。もしくは北極でペンギンや白クマと戯れたい。
そんな現実逃避をしながら、暑い、暑い、と暗証番号を入力する。ピポン、ピポン、となる音は腹が立つほど軽快だ。機械は実に羨ましい。暑さも寒さも関係ないのだろう。化け物みたいな俺の身体にも機械並みの図太い神経が欲しいくらいだ。溜息が出る。
それでも、こんな殺人的な猛暑や熱帯夜に三日間は耐えてきた俺は実に誇らしい。耐えた理由が、エコだとか節電だとかそんないい理由じゃないことが唯一後ろ髪惹かれるが、それでもクーラーの故障に負けず頑張ってきた。それこそ暑かろうが窓さえ開けていたら二日間はどうにか寝ることはできた。魘されはしていたがとりあえず睡眠という形はとれていた。正直、化け物みたいな身体だし、だから問題ないだろうと心のどこかで高を括っていたのも事実だ。しかし、暑さから来る心身疲労は俺が思っていたよりも深刻で、三日目の昼間、仕事をしている最中に襲いかかってきた眩暈やら吐き気にはもはや生きている心地がしなかった。そうして身体に鞭打って仕事を終えた三日目の夜中。無意識の内に水風呂に飛び込んで睡眠を貪っていたくらいには、俺は暑さに根を上げていた。
暑い時には涼まなければいけない。これは本能だ。




「――っうし、」




打ちこみが終わった後すぐに扉が静かに開いた。うぃうぃうぃうぃぃん。素晴らしい音だ。気分が明るくなる。革靴を鳴らして、胸元の蝶ネクタイやらボタンやらを外しながらエレベーターへと乗り込む。涼しい、涼しい、冷房の効いた部屋まであと少し。馴染みのある階数のボタンを指で力強く押し、ほっと一息つく。嬉しすぎる。



「暑さは弊害だな。こんなに暑いと日本経済がくたばっちまう」



にやける顔が止まらない。髪を大きく掻き上げ、少しでも皮膚が空気に触れるようにする。すぐ目の前に迫ってきた天国。それに俺の心は荒ぶり始める。もっと早くからこうしとけばよかった。そんな反省しながらも、まぁ今日からはここに暫く住めばいいし問題ないだろうとポジティブに考える。暑さからの解放。それは今俺にとって天使が舞い降りるほど嬉しすぎる出来事でしかない。
汗まみれになったシャツをズボンから掻きだす。少し気持ちが悪い。
チン。と、分かりやすい到着音と共に身体を外へと滑らす。ポケットに手を突っ込み、合鍵を探し出し、右手に構える。これでいつでもツッコミOKだ。歩くスピードを速めて、臨也の部屋に辿りつく。特徴のないドア。それでもドアですら涼しげに感じられる俺は、本当に涼しさに今、飢えている。
鍵口に鍵を差し、軽く捻れば簡単に空いた。これで、実質的に解放される。さらば猛暑。さらば熱帯夜。
勢いよく中に飛び込み、靴を脱ぐ。ついでに靴下も脱いでやった。そしてそのままズボンのベルトもチャックも全開。ズボン自体を床へと放り投げる。
もちろん言うまでもなくシャツのボタンなんてエレベーターの中で遠に意味を為さなくなっている。同じように纏わりつくシャツを脱ぎ捨て解放。ばさりといい音を立てて床に落ちて行った。
ここまできたら後はパンツさえ脱いでしまえば、絶対に涼しい。
俺は迷いもなく、すぐさま両手をパンツに手を伸ばした。




「――ちょっと、シズ、――ッ?!! 何やってんだよ、この変態!!」




ドアを勢いよく開けた短パン姿の臨也の後ろから溢れ出た冷気が色んな意味で俺のあそこを震え上がらせたのは言うまでもない。
あぁ、早く脱ぎたい。
今すぐに。











12,07,19(wed)


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