真っ黒な容姿。真っ赤な目。絹のような白い肌はどちらかと言えば悪魔のように思えた。
しかし、彼はこう言う。

「――――我は、神だ」、と。









彼方からの招待状









驚くことが起きたのはつい先程のこと。自分の家の窓から風に乗って舞い込んできたバラの花弁。その一つを手に取った瞬間、視界がぶれて、意識は急速に暗転した。気がつけば、真っ赤な花弁が敷き詰められたどこかに来ていて、そんな俺の目の前に、黒髪に血のようにドロドロとした印象を与える瞳を持った男が足を組んで宙に座っていた。


「……夢、か?」


素朴な疑問が口を付いて出たのは当然のこと。俺は目を何度も何度も擦りあげ、ついでのように頬を抓った。痛みはある。ので、夢ではないらしい。そう理解した俺は更に事態がよく分からなくなって、首を傾げた。元より、頭の回転は速くない。環境適応能力も自慢ではないくらいに低いし、メルヘンやファンシー、それにドリームといったカタカナ用語で表せられる世界感とは無縁の男だ。興味もないし、知りたいとも思わない。力の強い俺は、素手で標識やガードレールを振り回し引きちぎることが出来るわけで、この体質のせいでいつだって苦労をしてきた。人が人を恐れる心理や、嫌悪と共に、尊敬をする過程もまだ若いながらに十分に知っている。生来からして、現実主義になるしかなかった男でもある。そんな俺にこんな世界は似合わない。空は真っ白な雲と、スカイブルーな青空。そしてきらびやかに光る太陽らしき閃光を背に宙に浮かんでいる男らしき姿。そんな中で、フィールド一杯に敷き詰めるように広がった真っ赤な花弁は、誰が見間違うことのないバラのものだ。なぜこんな血のような色をするバラなのか。違和感が大きすぎて、少し居心地が悪い。


「――これは夢じゃないよ、平和島静雄」


眉間に皺を避け、少したじろいだ俺に、宙に浮いた男がようやく声を掛けてきた。男らしき相手はにやりと口角を吊り上げて、偉そうに足を組みかえる。



「これは実在する世界。君が知らない、知るはずもない高貴な世界」


「意味、分かんねぇよ……」


「意味が分からなくて当然さ。すでに君が理解できる許容を超えているんだから」


「――、はぁ……」


「我は、神。その中の預言を司る身である」


「預、言?」


「まぁ堅苦しいいつもどおりの自己紹介はここまでにして、簡単に言ったらさ、俺、預言者なの。意味分かる?」


「分かる」


「んじゃぁ、君はその予言を司る神である俺に呼ばれた。その意味分かる?」


「わかんねぇ」



くすくすと予想通りだと笑いだした男らしき相手は、さっき組み変えた足を降ろして、そのまま目の前にふわりと音もなく降りてきた。黒い髪がさらりと揺れる。その時に露わになった真っ赤な瞳に、中性的な顔立ち。白い肌は絹のように触り心地が良さそうで、どこか腰の奥がずくりと疼く気がした。なんだかどこかでこの男を見たことがあるような気がして、俺は少し首を捻る。凄く身近にいる人間にそっくりな気がする。それでいて、その人物を余り良く知らない気もした。しかし、靄がかかったように中途半端な記憶ばかりが頭を駆け巡って、結局はその該当者を思いだすことは出来ない。
諦めて、男らしき顔を見つめる。



「簡単に言ったらお告げに来たの。君に、ね」


「意味分かんねぇぞ、お前」


「君の頭が容量少ないんだよ」


「、んだとっ?!」


「ほらほら図星を指されたからって怒らない。短気だから君はいつだって損をする」



人差し指で俺の唇に触れてきた男らしき人物は、そのままにっこりと微笑んだ。ウザいくらいに綺麗で、見惚れてしまいそうな微笑み。居た堪れなさを感じて、すっと目を逸らせば、許さないとばかりに今度は顎の下を掴まれた。強制的にあの血のような瞳と再びかち合う。



「君は知らないことがいっぱいだ。知ろうと心を開かないから、知らないままで生きている。身を開きなさい。心を開きなさい。さすれば、君は大切なものに巡りあう」


「それが予言か? 預言者様よぉ?」


「俺はこれでも君に幸せになって欲しいんだ」



真剣な顔で目を合して来る男らしき人物は俺を見てはいなかった。俺を通して誰かを覗いている。そんな目をしていた。誰を見ているのだろうか。そんな純粋な疑問を抱えたまま、次第に歪んでいくその表情をただただ見つめる。



「……あの子は、やっぱり可哀相だ」


「……あの子って誰だ?」


「君に幸せになって欲しい、っていうのは少し言葉の綾なんだ。俺はある人物を待っている。ある男のために黄金の林檎を食べて、地の果てへと飛ばされた俺の可愛い可愛いもう一人の彼。あの子はこの機を逃せばもうここには帰ってこられないかもしれない」



ぶわり、と大きく凪いだ風で、足元に敷き詰められていた真っ赤な花弁が舞い上がる。桜吹雪ならぬ薔薇吹雪。驚くほど幻想的なその世界に、しかし、その住人は一切の表情を変えようとはしない。ただただ、その花吹雪は舞っていく。



「君は必ず神の元へ返る運命だ。だから、その時、君が強い意志をもって彼の傍にいてくれたら、君なら、君ならもしかしたら、彼の手を離さないままに俺の元に戻してくれるんじゃないのかな、って考えてね」



言葉の意味は分からない。それでも相手にとってあの子と呼ばれる人間が大切なのだということは十分に分かった。それはぽろぽろと涙のしずくをあの赤い目から溢している様子からみても分かることだった。大切な、人。神でも傍に居て欲しいと願う人がいるのかと思うと、どこか不思議な気持ちになる。しかし、なぜだろう。その反面、なぜか心のどこかで、その願いを聞いてはいけないと思う自分もいる。
もし、この願いが叶ってしまったら。頭を過ったそのイフ話に背筋が凍る。



「あぁ、早く来ないかなぁ」



泣きながら、それでも楽しそうな口調で話す男らしき人物と俺の間を真っ赤な花弁が埋めていく。柔らかく吹いていた風はいつの間にかつむじ風のように暴れまわり、もう目も開けてはいられない。ぎゅ、と力強く目を閉じて、俺はひたすらに耳だけを相手に傾ける。
理解は出来ない。これが現実かも、分からない。それでも、なぜだか相手の言葉を聞き逃してはいけないと思った。



「かわいい、俺のあの子。君になんか、取られたくないから、だから早く帰ってきて欲しいんだ。俺の――、」




――空白の音と共に、足元がぽっかりと抜け落ちた感覚。その後すぐに、俺の身体は浮遊感を味わうこととなる。



「――俺の可愛い、いざや」












12,07,16(mon)


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