好きになってしまった。言葉にすればなんてこともないその文章は、呆気なくも俺の心に絶望を与えた。誰かに恋をすることが悪いとは思わない。むしろ一人の人間に酔狂出来る様は素晴らしく、そして馬鹿げていていっそう人間が愛しく感じられる。周りを見なくなった人間ほど何をしでかすか分からないから本当に面白い。けれども、あくまでそれは自分じゃない誰かが恋に没頭した場合だ。自分がそうなってしまったら笑いごとでは済まない。少なくとも、こんなこと折原臨也にあってはならない。
色んな逆説の単語を当てはめながら一生懸命に否定し続けた恋心は、それでもまた更なる逆説をもって俺にその現実を突き付ける。
恋をした。
誰に、なんて言うまでもない。


「君がまさかねぇ……」


ひょんなことから知られた事実。そして堪らず聞き返したその現実。俺が、この折原臨也が、恋に落ちた。過去を知る者が知ればただの笑い話だ。
俺は恐らく人間を捨てているような部類に当てはまる。非道で、最低で弁解の余地もない。そんな男がまさか恋に落ちるとは新羅も思ってなかったのだろう。俺が妙な病に掛かったらしいとどこからか聞き付けた男は、新宿のマンションにまで笑顔を携えやってきた。そして開口一番。デリカシーのない台詞を吐きやがったのだ。
――平和島静雄が好きなのか。
俺相手にこいつは本当に遠慮がなさすぎる。そんな事を改めて認識させられた。


「いやぁ、まさに、はははっ、空前絶後じゃないか!!」


最高潮に馬鹿にした笑いが部屋に響き渡る。まさかというか、なんというか。そう言って、ケラケラ笑う新羅の言葉はまさに途切れ途切れで耳障りでしかない。言いたいことがあるなら早く言え。恨みがましい目で訴えてみれば更に新羅は笑いだした。やっぱりこいつはこの上なくウザイ。


「いやぁ、だってさだってさ!君が、あの君がまさかの、うはははははっ」


腹立たしいくらいに晴れ晴れとした笑い声に手に持っていたクッションを放り投げてやったら、あの晩年運動音痴に軽々と避けられた。こいつが避けれるだなんて果たして誰が想像出来ようか。親の仇でも見るような目で睨み付ければ、『君は恋をしたら駄目になる人間だね!コントロールも普段と違って空なしだ』とまた笑いだした。ケラケラケラ。腹を抱えて笑う姿がやっぱり腹立たしい。
もうやだこいつ。手に持ったクッションに顔を埋める。



「死ね死ね死ね」


「セルティが僕の傍に居てくれるうちは死ねないよ」


「……じゃあ帰ってくれ」



切実な願いも今の新羅じゃ右から左だ。ポスンと派手な音を立ててソファーに背をもたれたかと思うと、先程出した紅茶を啜りだした。チャイティーだ。苦手だけど時折不意に飲みたくなる、お茶。今日はそんな数ヶ月に一度訪れるチャイティーが飲みたかった日。


「パッと見、睡眠不足。あとストレスとか感じてるせいか肌の調子が悪い。君にしては酷く悩んでいるようだけどこればっかりは僕にはどうすることもできないね。君自身の問題さ」


シンプルなご解答を一つくれた新羅はにんまりと口角を上げる。どうやら機嫌がいいらしい。俺が苦しんでいるというのにそれを喜ぶとか最低な奴だ。
ふわりと漂ってきたシナモンの香りに眉を寄せながら俺は諦めの境地で目を閉じることしかできない。
恋をした。誰になんて言うまでもない。あの、天敵であり、大ッ嫌いな男である平和島静雄に恋をした。そしてそんな恋心に気付いてからというものの、新羅に指摘された通り、確かに眠りが浅い日が続く。心臓も頭も痛くて、起きている間は何よりあの男が気になって気になって仕方がない。池袋に行きたい気持ちと、池袋に行ったとしてもどうなのだという気持ちがある。
恋心抱いた相手に死ね殺すぞと喚かれるのを恐れる自分。そしてそんな相手が自分ではない誰かに優しい目を向けるのを体を張って阻止したいと思う自分。その二つが攻めぎ合う。
心は単純だ。恐らく解決策はいっぱいあるだろうに、今はその二つしか思い浮かばない。泥沼のような世界。恋は盲目なり。まさにその通りだ。こんな恐ろしい世界に生身一つで落ちてしまった俺は、もはや一人ではどうすることもできない。この恋が、終わるまできっとこんな状態が続くのだろう。そう思うと海に飛び込んでいっそのこと人魚姫のように呆気なく消えて無くなりたい。
悲しいまでに叶わぬものなの、だ。辛くて、苦しくて、堪らない、悲しい恋なのだ。



「知ってると思うけど、ねぇ臨也」


「なんだよ…」


「恋は罪悪ですよ」


「……俺に死ねって言いたいのか?」


「いやいや、そうじゃないさ。エディプスコンプレックス、模倣愛、実にいいじゃないか。君は、恋を理解していなかったからさ。例え人間の愚かで醜く価値のない、繰り返しの感情だとしても廃れないから恋は恋として、そして愛は愛として成り立つんだ。恋は罪悪ですよ。そんなの知ってる。でも僕は思うんだ。恋は罪悪ですよ、そう思ってしまうくらいに素晴しく素敵な感情じゃないのかって」



にっこりと微笑む新羅はそう言ってチャイティーをまた口に含む。纏う雰囲気は穏やかだ。これもチャイティーの効果だろうか。なんだが自分自身もお茶を飲まないといけないような気になって、重たい体に鞭を打ちながらティーカップに手を伸ばす。


「苦しくて汚いものが恋であり愛なんだ。当然だろう?だって世界中からその人一人を選ぶことが恋なのだから。君は不安になってるだけだ。一人に固執するということ。もしこの恋が叶わなかったらということに。希望的観測をしてみても確かに確率は低いかもしれない。でもね、でもね臨也、」


新羅はゆっくりと、まるで子どもの言い聞かせるようにゆっくりと口を開く。



「君は次元は違うけれどすでに汚い世界に落ちているんだよ。汚れるにしても嫌われるにしてもそれ以上評価は落ちやしない。だったらさ、怯えることはないさ。想うのは自由だ。むしろ想い続けたらいい。君はあの頃の僕を誰よりも傍で見続けていたじゃないか。想い続ければ、それだけでいいんだ。そこまでいけば、幸せだ」


「……慰めになってない気がするのは俺だけかな」


「いいや、慰めてはないさ。恋なんて叶うほうが稀なんだからね。期待はさせない」


「…………」


「でもね、何度でも言うけど、恋も愛も素晴らしいよ。人として大きくなれる。どんなに苦しくてつらいものだとしてもね。恋をしてもいいんだよ。それで辛くなったら僕のところに来たらいい。気の済むまで話を聞いてあげる」



だから、恐れずに恋をしてみようよ。そう言った新羅は傍に寄ってきて頭を撫でてきた。子供か俺は。いつもならそんな文句も出ていくというのに、今は黙って頭を頷かせるしかできない。
色んな人間を見てきた。それこそ恋は恐ろしいものだと思う。人を幸せにする反面、圧倒的多数で人の人生を狂わす。いつだって、どんな世の中だって、恋が歴史を作るのだ。
恋をした。泥沼のような足掻いても自分だけじゃどうにもならない世界に放り投げられてしまった。不安で苦しい世界に落ちてしまった。そんなこと今まで体験したことがないからどうすればいいか分からない。出来ることなら逃げてしまいたい。
けれど。
新羅は俺よりも先に汚い世界に入り、汚いと呼ばれる恋をした。しかも異種同士の恋だ。叶うはずもない絶望的な恋だった。それでもこいつは色んな苦難を乗り越え、今こうやって普通に恋人と共に暮らしている。
ならば、自分も諦めずに藻掻いてみるのもいいかもしれない。だって罪悪である恋をしたというのに、こいつはまともに生きている。
恋は苦しい。恋は辛い。叶わぬ確率が高いなら尚更だ。でも、そうだ。確かに新羅は生き抜いた。初恋であり泥沼のような世界を藻掻き渡り、向こう岸まで着いてみせた。こんなにも、こんなにも、不安であるというのに。



「新羅……、」


「なんだい?」


「俺、頑張ってみようと思う。苦しくても逃げ出したくても、新羅が応援してくれるなら頑張れると思う」


「そうしなよ。僕は君を応援するから。始める前から諦めないで」


「うん……。うん、」



カップに残っていたチャイティーを全て飲み干す。喉の奥を通りすぎていく微かなシナモンの風味。薬のような独特なその風味は、しかしどこか頭も心もすっきりとした気分にしてくれる。
恋をした。誰になんて言うまでもない。確率的にも負け勝負な恋をした。不安で辛いものだろう。でも。






ただ一度だけ君に。
(これが最初で最後であろう俺のこの心【あい】を、あげましょう。)












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>>ちょこらへ
忙しそうですがお元気にしてますか??たくさん書きたいことがあるのでまた別でメール送ります!

10万打企画に参加してくださいましてありがとうございました^^


12,07,03(tue)


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