任務は単純。戦場に行って、反勢力を一掃すること。ただそれだけだった。いつもの自分ならなんてことはない、それこそ赤子の手を捻るくらい簡単なお仕事のはずだった。それなのに、どうしてか今、俺は苦戦を強いられているらしい。目の前の、化け物によって。



【――お前は、どうして彼を信頼する?】



反乱分子が溜まっていると聞いていた要塞の奥の奥。人っ子一人残さない徹底的なまでの制裁を加えて進んだその先で、最後の一部屋の扉を開けた瞬間、全身が暗闇に取り込まれた。恐らくトラップか何かだったのだろう。突如放り込まれた、前後左右、自分が立っているのか座っているのかも分からない暗闇の空間。その中で訊ねてくる声の主は少なくとも視覚では確認できない。そもそもこの声は一体どんな音をしているのか、それすらも自分には分からない状態だ。心の内に知らず知らず刻まれていくその言葉は、どちらかといえば本能が感じ取る類のような気がしなくもない。

出来ればこの声の主は女の子がいい。それもうんと見目の整った美人であるともっといい。
斬った後にも綺麗な方が幾分も楽しみを見出せるそんな願望を以ってにっこりと微笑めば、するり、何かに頬を撫でられた。その触り方が彼にそっくりだなんて粋があるじゃないかとこっそりと思う。



「信頼しない方が可笑しいだろう?」


【しかし、彼は本当に信頼するに値するのか?】



その形にならない声は、静かに俺へと語りかけてくる。まるで審議を問うように。以前、任務先で色々とやらかした時に掛けられた軍裁とはまるで違う。あくまで意見を聴く姿勢があるという意思表示は、あの腐れた上層部よりも随分好ましい。まさしく上の人間として持っていて欲しい心がけだとも思う。

しかし、事実がどうであれ、今はそんなことは全く問題にもならない。真っ黒な自分が真っ暗な世界に放り込まれても、何かが染まるわけじゃない。むしろ黒は絶対的不可侵だ。お前は弱いけれども、覚悟さえ決めればこの上なく強い生き物。以前、――それは十回目の輪廻の時に――、彼は俺にそう言ってくれた。だからこそ、それ以降は何者の言葉であれ、一度決めた信念が揺らぐことなど全くない。それこそ、神経を研ぎ澄ます中で、在り方の答えを見つけた俺にはなんら関係のないことだ。やるべきことは一つだけ。それもうんと簡単な作業を一つ行えばそれで即任務終了に繋がるのだから尚のことどうでもいい。



「一々うるさいやつだねぇ。俺が彼を信頼するのはそれこそ前世から決まっていたことだ」


【それは義務か?】


「自分の意志だ」


【本当に?】



クスクスクス、となんとも楽しそうに笑いだす。どうでもいいことだが嗤われるのはやはりムカつく。一歩、自分が前だと思う方へ踏み出せば、カツン、と革靴が大理石を叩くいい音がした。やはり、ここは異空間ではない。そう確信する。彼のいる世界であり、俺のいる世界でもある。そんな世界に、やはり一体何を疑えばいいというのだろうか。

スルリと抜いた脇差。それを左手に軽く握りしめ、目を閉じる。

ただでさえ少ない彼との時間を蝕むだなんてそんなこと許されるべきことではない。




【お前は義務を自分の意志だと自己暗示をかけてはいまいか? 人は裏切り生きていくものだ。お前が信じている彼も、彼女のためにならお前のことを裏切ったりしないか? あぁ……違ったな】




――お前はすでに裏切られているんだった。




響き渡る幾重音の笑い声。そこから始まる追撃の言葉。



【裏切り。そうだ裏切り】



【あくまで変え札でしかない自分は、酷使され使い捨てられる】



【あぁ、可哀相。可哀相】



【そんなのを許せるのか。お前は】



【お前は、そんな人生でいいのか】



【さぁ、どうなのだ】



【――――ヒュウガ】





問われたことに耳を傾けてはいけない。悪魔はそうやって人間を喰らう。そう何かの文献で呼んだことがある。実際に、多くのものが悪魔の甘言に呑まれて墜ちていったのを俺は知っている。心の弱き人間たち。愛しい彼も、またそうだった。苦しい時ほど、寂しいときほど逃げ道を求めてしまう。それは過去の自分もそうだった。しかし、そうやって迷っていたのももう数百年も前の自分たちに過ぎない。今は、もうただ走るだけ。彼が望む光に向かって、俺たちは彼の言葉を信じて進むだけだ。

開いた瞳。そこに映るのはやはり真っ暗な闇がただ一つ。しかし、紛れもないこの暗い世界にも俺の心には揺るがないものが一つある。それさえあれば、例え世界が夢の中だろうが、水の中だろうが関係ない。

手で遊ばせていた脇差を大きく振るい、空間ごと切り裂いてやる。悲鳴と共に広がる光は、彼の元に帰る灯。

にんまりと上がる口角に、自然と目尻も同じように弧を描く。

俺の大好きで大好きな世界はやはりここしかないと、心が弾む。

早く、人を殺したい。
そして、早く彼の元に還りたい。
全てが繋がっているこのセカイは本当に愛おしい。

俺が耳を傾けるのは唯一あの人だけ。信じるのも、殺されていいのも、あの人にだけ。





「――どうなのって言われても俺が良いって言ってるんだからそれでいいって分かんないかなぁ。それにね、俺が言うことを聞くのはアヤたんだけだよ?」


















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大変遅くなりましたが以上がリクエストの『世界よりも貴方を選ぶ』でした!
07書いたのは何ヵ月ぶりですかね…すっかりヒュウガという人間が書けなくなってる感が否めないお話に…す、すいません。
とにかくアヤたんラブなヒュウガが唐突に書きたくなって思うままに書きなぶった形に。
少し07に書き慣れたらまた訂正を加えるかもしれませんがこれから5ヶ月間ちょこちょこと07を上げていく予定ですのでまたそちらでもよろしくお願いします。
このたびは10万打リクエストに参加してくださいましてありがとうございました!

12,06,01(FRI)


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