そいつは突然嵐のように現れた。
「俺とさ、付き合ってみない?」
はじめて話しかけられたセリフがこれだった。一瞬何を言われたかわからなかった。だけどそれは俺じゃなくてもそうなると思うんだ。だってコイツ、頭がおかしい。
「……えっと、どこに付き合ってゆけばいいのでしょうか」
とりあえず当たり障りなくこたえてみた。だいたい、こんな悪ふざけに真面目にこたえる方が馬鹿げている。最後敬語になったのはアレだ。同じクラスってだけでほぼ初対面だからだ。気圧されたとか、別にそんなんじゃない。
「え、んーとじゃあ保健室でも行ってみる?」
「ああ、頭がそうとうやられてるみたいだから行った方がいいと思うぞ、保健室」
「ぶはっ、真顔でひどいこと言うね」
「……ひどいこと言ってんのはお前の方だぞ」
冗談でも笑えるのと笑えないのがある。この場合初会話がこれっていうのは間違いなくアウトだと思うんだ。なのにそいつ(たしか名前は和田)は俺の言葉にケラケラ笑っている。
「麻生って面白いねぇ」
ニコニコしながら俺が座っている机の向かえのイスに腰掛けた和田を胡乱気に見やる。
二年になって同じクラスになった和田(下の名前は分からない)
くすんだ灰色の髪の毛が重力に逆らってあちこちに跳ねている。開けすぎだと思われるワイシャツのボタンも、これ見よがしに首にさげられたシルバーのアクセサリーもたぶん校則違反だ。自分とは明らかに人種が違う。俺は髪の毛は今まで一度も染めたことがないし(染めたいと思ったことがない)ワイシャツはどんなに暑くても一番上までボタンをとめていたい(開けていると落ち着かない)学校にアクセサリーをつけてくる意味も分からない(そもそもアクセサリーに興味がない)
とにかく、真逆と言っても過言ではないヤツが急に俺に絡んできた。
これはなんだか悪い予感がする。
「あれ、無視?」
「……例え無視したくても、俺は無視はしない」
「遠回しにまたひどいこと言ってるよ」
そう言ってまた和田はケラケラと笑っている。コイツの笑いのツボがよく分からない。だけど笑われているのに何故か不快だとは思わなかった。たぶん、和田の笑い方に馬鹿にした感じがないからだ。コイツは今、本当に可笑しくて笑っている。
……それもちょっとどうかと思うんだが。
「で、もういいか。そろそろ帰りたいんだが」
「え、帰んの?」
「帰る」
「え、返事……ん〜まあ今日はいーや」
コイツ笑ったり驚いたり悩んだり表情がクルクル忙しいな。
「じゃあさ、途中まで一緒に帰ろうよ!」
「……」
帰りたくない。
とは、性格上言えない。だって帰りたくないと言われた側は絶対悲しいはずだからだ。俺は幼い時、近所に住む愛ちゃんに一緒に帰ろうと誘ったことがある。すると愛ちゃんは正人くんと帰るから一緒には帰れないと俺の誘いをすっぱりと断った。その迷いのなさといったらなかった。この時の悲しさは今でもしっかりと覚えている。そして俺には教訓ができたのだ。自分がされて嫌なことは決して相手にしない。以前誰かに小学生かよと突っ込まれたことがあるが関係ない。そして高校生だよと言い返した。自分がした行いは良いことも悪いことも自分に返ってくると思っている。そして、自分も相手も悲しいことは無い方がいいに決まっている。
「仕方ないな、途中までだぞ」
「麻生超嫌そう!でもやった、すげぇ嬉しい」
そう言ってニカっと屈託なく笑う和田。
悪いヤツではないのかもしれない、と少し安心した俺がのちのち後悔することになろうとは、今の俺は梅雨ほども思っていなかった。
end.
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もしかしたら続くかも.
ちなみに麻生くんは長編の雪月風花の主人公山田真澄のもとになっています.
和田くんと麻生くん