音は好き。でも…




「あったまいたい」




 自室のソファーに寝ころびながら、俺は必至で耳栓をし、ヘッドホンをした耳元を押さえつけていた。


 所謂、超音波などと呼ばれる音までも音階としてとらえてしまう俺の聴覚。絶対音感なんて聞こえのいいもので、その実態は、不協和音という凶器が生活のそこかしこに潜んでいるようなものだ。
それでも音楽は好きだし、音楽を糧に生きていくことにしている。

 だがしかし痛みには抗えない。
どの音の組み合わせが何時いきなり出てくるかわからないのが常だ。
今も、強い勢力の台風が引き起こす雨音と、ビルとビルの間を通り抜ける強風の音に悩まされていた。


 いつもなら気を紛らわすように誰かのそばにいるのだが、今日は誰もおらず。
母校のレコーディングルームを借りようかと思ったが、あそこは学ぶ学生たちのものだったのを思い出した。

 台風が近づいてくるにつれて強くなる不協和音に意識が遠のく。



「…っ、助けて…」

「大丈夫かいっ?結斗?」




 上半身を抱き起される。
広く温かい胸に抱きこめられ、酷く嗅ぎなれた匂いを感じる。
億劫な瞼を上げれば、ひどく焦ったレンがいた。

 なんで?と思う前にレンが携帯の画面を差し出してきた。

[体調は良くなさそうだね。何度も何度も連絡したけど返事がなくて心配したんだ。でも、その耳じゃ気が付かなくても仕方がないね。来るのが遅れてごめん]

 申し訳なさそうにするレンにヘッドホンを取ろうとすると止められる。
でも、と口を開くとレンは首を振りながらまた携帯を差し出してきた。


[まだ、雨も風も強い。結斗がこれ以上辛そうなのは見ていられないから、そのままでいいよ。今、一応近くのスタジオのレコーディングルームを借りてきた。移動、できるかい?]


 こくこくと頷くと、そのまま抱きかかえられた。
慌てて歩けると口にするが、横抱きにされてご丁寧に唇にキスを落とされる。
黙っていろと言うことか。
玄関先に居たジョージさんがやれやれといった視線を向けてきたので、俺はその視線を避けるようにレンの胸に顔を埋めるしかなかった。



 暫くして、レコーディングルームに着いたのだが、過保護なレンは車の中でも横抱きを止めなかったので、俺はそのまま横抱きのまま連行されることになった。
これでこのレコーディングルームは使えない。内心ため息をついた。

 がちゃりと微かにルームのドアが閉まったのが聞き取れた。
振り返って外していい?とレンに問いかけるといいよと形のいい唇が動いたのを確認してヘッドホンと耳栓を外す。
やっと、できる限りの無音の状態になった。
安堵から、ルームのソファーに崩れるように座ると、レンも隣に腰かけた。



「ふぁぁ…レン、ありがとう」

「結斗の望みとあらばこれくらい安いものさ」

「本当に迷惑ばっかかけてて…」

「気に病むことはないよ?オレが結斗にできることがこれくらいしかないんだ。させてくれるよね?」

「ずるいよ、レン」

「そんなずるい奴を好きになったのは誰だい?」

「…俺です」



 そう答えれば、満足そうなレンの顔に毒気を抜かれる。
 そういえば、仕事おいてきちゃったなとブースを見つめると、レンがCDを差し出してきた。



「なに?これ」

「結斗へのプレゼント」



 きょとんとしているとレンがそのCDを流し始めた。
数か月前に仕上げたレンのシングル曲だった。


「これ、できたんだ」

「あぁ、今日完パケ前を頼み込んでもらってきた」

「改めて聞くと恥ずかしいし、作りが甘いな」

「まだそんなこと言うのかい?」

「当たり前だろ、音楽にゴールはないからね」




 さっきまでの死にそうなくらい悪かった体調が嘘のようにレンの歌声に耳を傾ける。



「ねぇ結斗」

「なに?レン」

「やっぱりその耳は宝だね」

「そっかな?みんなに迷惑ばっかかけてるし申し訳ないと思う」

「オレは、結斗のすべてが愛しいよ」

「何を急に」

「だから、もっとオレに頼ってくれよ。心配なんだ。いつも一緒に居るなんて出来ないのはわかってるけど、それでも、今日みたいな日は一緒に居たい」

「レン、ありがとう。理解してくれて」

「いいや、オレがしたいんだ」

「それでも、ありがとう」



 隣にいたレンに俺は抱き着いた。




















「ねぇ、レンは仕事大丈夫なの?というかここの退出時間」

「ん?仕事は台風が止むまでオフもらってきたよ。今出たって濡れ損だしね。ここは、まぁオレに任せてよ」

「まさか、買い取ったとか言わないよね?」

「大丈夫だよ。それより、結斗一緒に住まないかい?ボスにはOK貰えたし、防音設備もばっちりなんだけど」

「(話すり替えやがった)」










2012/06/19 15:49


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