単純なことを単純じゃなく考えることほど嫌なことはない。



生まれてから努力でどうにでもなることと、努力してもどうにもならないことがある。
もし自分があと一年早く生まれていたら。せめて数ヶ月早く生まれていたらと思うとやりきれない。
思ったところでどうしようもないことは解っているとはいえ。




この世の不幸は全ての不安なのだ。







「立向居くん、髪のびたね」

「え...そ、うですか?」

「前髪、目にかかってるよ」





一つ年上のみょうじさんが、練習のあとのグラウンドに近づいてきた。
自分以外の選手たちは殆ど着替えるために宿舎に戻った。
彼女は自分の想い人に会う為にここにやってきた。
肝心の"その人"は、今はフォーメーションの相談とかでどこかに行ってしまっている
けれど。



みょうじさんの手が俺の前髪に触れる。
手首からほんの少し、控えめだけど上品な香水の匂いがかすかに香った。
これが何の香水で、誰が好んでいる香水なのかを俺はよく知っている。
中学生にしては少し大人びているけれど、彼女がつけると途端に似合ってしまうこの香水を贈った相手は彼女の想い人なのだ。
そして彼女の想い人もまた、彼女のことを想っている。





ああ。それでも。


俺は貴方がすき、です。






なぜ俺じゃないんだろうとこの香りを嗅ぐ度に思ってしまう。
もし俺が一年早く生まれて、みょうじさんと同じ年だったら、この香水を贈って彼女の想い人になることが出来たかもしれないのに。
髪は早く伸びる。身長だって早く伸びている方だし、もうみょうじさんのことは追い越している。
なのに、どうしても年齢だけは追いつくことも、追い抜くこともできない。

一方通行で出来たこの気持ちは、どうしようもなく苦しい。





「たちむ、」

「みょうじさん...」





ぱらぱらと俺の髪の毛を摘んでいた彼女の腕をキツく掴んで引き寄せる。
まっすぐにみょうじさんを見詰めてみると、彼女はきょとんとした瞳で見詰め返してくる。
グローブ越しに伝わるみょうじさんの体温は、外気に晒されたせいか、暖かいというよりはすこし生ぬるかった。




「...似合ってないですよ、その香水」








違う。

こんな事を言いたかったわけじゃない。


こんな酷いことを言ったから、ほら、予想道理みょうじさんは眉を下げて悲しそうな顔をしてしまう。




「そっか...」

「ええ...」




(違うんです、本当はよく似合ってるんです。悔しいぐらい、よく似合ってるんです。ただ、あの人があなたに香水を贈って、それが恐ろしいまでに似合ってしまうことが堪らなく厭なんです。)




自分の心の中からわき上がってくる本音は、どれも幼稚な嫉妬から出来ていた。
その幼稚さを晒したくなくて謝る事も出来ずに押し黙ってしまう。
これ以上幼いと、年下だと思われたくなかった。


みょうじさんがもし、一瞬でも振り向いてくれたらそれで良かったのに。
ああでも自分のことだから、一瞬でも振り向いてもらえたら、彼女の事を縛り付けて縫い付けて離れられないようにしてしまうだろう。
その気持ちが真逆の言葉となって口から滑り落ちては、みょうじさんを傷つける。

夢中になってしまうと、自分では制御できない。それはとても怖いことだと思う。
もしこれが円堂さんがサッカーに対して抱くような"夢中"のだったら何の問題もないけれど、これが人に向かってしまうとどうも危険因子を孕むらしい。



「みょうじさん、」




困惑する貴方の顔すら今の俺の目にはとても扇情的に見えた。
選手たちが居なくなったグラウンドの隅で、俺と彼女の影だけが長く長く伸びる。
みょうじさんの手を強く引くと、二つの影の距離は一気に縮まった。

すきです、って言えることができればいいものの、その言葉は容易には口から出てこようとしない。
何度も何度も音を発しようとするたびに喉がそれを押し返しているみたいだ。



言える訳がない。
言ったって彼女を困らせてしまう。
もし『すきです』と言ってしまえばみょうじさんは申し訳なさそうに『ごめんね』と言うだろう。そして明日には、やっぱりちょっとだけ困った顔で、それでもいつも通りに接してくれるのだろう。
そしてその生半可な優しさは、俺にみょうじさんを諦めるという方法を提示してはくれない。
それどころか、この苦しさがもっと増すだけだ。




二人の間にある沈黙と相反するように聞こえる、小鳥達のさえずり。
俺たちはまだ何か、お互いに言葉を探している。




「立向居くんも...髪伸びたの、似合わないね」





俺の言葉を待たずして耳に飛び込んできたのは彼女の声だった。
弱々しく微笑みながらそれを言うみょうじさんは、とてもじゃないが見ていられない。
どうしてこの人はこんなに俺の心を揺さぶるのだろう。
彼女の所作の一つ一つが、心をざわつかせる。





「みょうじさん」



はぁっ、と息を吐いて呼吸を整える。
夕日に当たったみょうじさんの姿はオレンジ色に染まっていた。きっと、俺も同じぐらいオレンジ色に染まっているのだろう。

俯いてしまった彼女の両頬に手を当てて顔をあげさせた。






「ごめんなさい」






ちゅ、とそのままみょうじさんの唇をかすめ取った。
この姿を見たら、彼女の思い人はなんて言うだろう。
絶望するだろうか。みょうじさんから、離れるだろうか。

人が居なくなったとはいえ、いつ誰が来てもおかしくないグラウンドでのキス。
それは俺からすれば少し大胆で、そして危険な行為だった。
驚愕の表情を浮かべるみょうじさんの腕を引いてグラウンドを後にする。

俺と、俺にされるが侭に手を引かれて歩く彼女の二人は、他人の目にはどう写るだろうか。



「何し、」

「キスです。ねぇみょうじさん、しましょう」

「するって...」

「言わせたいんですか?」

「...駄目だよ」

「っ、何が...駄目なんですかっ...!」





みょうじさんは優しい。優しいくせに残酷だ。
すぐに突き飛ばして嫌だと言って罵って逃げてくれれば良かったのに。
それをせずに、困った顔で諭すだけなのだから。
余計に苦しい思いをさせるのは貴方じゃないか、と心の中で吐き捨てて宿舎の裏手にある茂みに彼女を乱暴に押し倒した。





「痛い...」

「わかってます」

「どいて」

「厭です」

「...」

「....」





彼女の両手首を掴み、俺の身体の下から逃れられないように押さえこんだ。
まだ若い草が潰されて、その独特な匂いが彼女の香水と混ざって俺の鼻腔に届く。
青臭いこの匂いは、あの白い液体の匂いに少しだけ似ていると思う。
それは俺の衝動を駆り立てるのには十分だった。




「駄目だよ...」

「...」

「駄目...」





グローブを外し、何度も『駄目だ』と言う彼女の衣類に手をかける。
駄目なら、もっと足掻けば良い。でもそれをしないみょうじさんを見ていると、不要な期待をしてしまう。
もしかしたら、などと考えてしまう。



服の下から手を入れると、彼女の腹部は以外にも暖かかった。
外気に晒されて手首は体温が低くなっていたから身体もそうだと思っていたけれど、みょうじさんは思ったよりも暖かくて、なぜかそれが泣きたいぐらいの気持ちにさせた。
この人はもう別の人のものなのに、俺に対してだって暖かいんだ。
恐ろしい程。心も。肉体も。



「だ、め...ぁっ」

「あったかいです、みょうじさんの身体...」

「んっ、」



キスをして一方的に舌を絡めても、彼女はそれには応えてくれない。
受け入れてはくれるけど、否定もしない生温い優しさ。
冷えきらなかった手首と同様に、みょうじさん自身も冷たくしきれないのだろう。
みょうじさん自身がとても暖かい人間だから、冷たくしようとしても中途半端な温度を作り出すことしかできないのだ。


首筋に口づけても彼女は抗おうとしなかった。
自分の痕を残しておきたかったけれど、それで自分の存在を示すのはあまりにも虚しい。
まるで負け犬の遠吠えのようで。
柔らかいが恐らくまだ発展途上の胸を下着の上からまさぐると、自分の耳の真横から熱いと息が漏れてきたのがわかった。
声が僅かに漏れるのを耳にする度に下半身に熱が集中する。




「ん...みょうじさん」

「は...、ぅう...」



足の間に身体を割り込ませる。
プリーツが入った濃い色のスカートが草の上に広がった。
緑の床の上のスカートから伸びる足が妙に艶かしい。
眉根を寄せて頬を赤く染めるみょうじさんはとても綺麗で、俺の下にいるのが信じられない程だった。



「ぁっ...だ..、んぅ、っ、立向居く...!」



足が伸びているであろうそのスカートの中に手を這わせる。
足の付け根を指でするすると撫でると、彼女はふるふると首を左右に降った。
未開であろうそこは、息を潜めて"ナニ"かの侵入を待っているかのようだった。
彼女の下着を足首までおろし、右足だけ抜く。


「駄目...!」


ぐ、と足を開かせるとさすがに彼女はもう拘束されていない両腕で両肩を押してきた。
だが、その力は弱々しく押し返すというよりもただ触れているようだ。
その姿がまるで俺にしがみついているように見えてどうにも興奮する。





「だめよ...」

「...黙ってください」

「ひっ、...ぁ」

「濡れてる、癖に....!」




濡れたソコを指で上下に撫でると、彼女の震えた両手が方から離れ、俺の肩口から首をなぞるようにして掌が移動する。
その掌の動きと、熱っぽい瞳に見詰められて背中が恍惚に泡立った。
それと同時に疑問が頭をかすめる。
口では駄目と言いながら、手は俺を受け入れているようで。



「駄、目.....」




そう言いながら、首から顔に上がってきた手が俺の頬を通り、
それからするすると伸びた髪を撫で付ける。




「っ、駄目なら...!!どうして俺を突き飛ばして逃げないんですか...!?なんで...そこまで優しくするんですか...!!」

「立向居くん、」

「なんで撫でるんですか...!なんで...!!!」

「ぅ、あっ!!痛っ...!!」



気持ちのままに、乱暴に指を突き立てた。
狭いソコはぎゅうぎゅうと俺の指を締め付けてくる。
ざらざらとした肉壁を撫でる度にみょうじさんが痛そうに顔を顰めるものだから、ああやっぱり初めてなんだなと頭の隅で思った。

あまりの感情の高ぶりに、痛がるみょうじさんを思い遣る余裕なんてなくて彼女の首と肩口に噛み付く。




「わっ...かんな、い、ぁっ...わかんないのぉ...」

「...!」

「ん、は..ぅ、たちむかいくっ、ぁ..、苦しそうな顔してるからっ...」





彼女の身体の奥、肉壁の上部を擦るように指を動かして快感を誘うが、みょうじさんはまだ痛そうにしていた。
今苦しそうなのは、俺よりもみょうじさんの方なんじゃないのか。
強姦まがいのことをされているのに、それでも貴方は俺に気を使って優しくする。
俺も貴方も。二人とも。苦しいのか。

不意に彼女が俺の頭をぎゅうと胸元に寄せてきた。
抱え込むように、抱きしめるように。
あの香水の匂いがいっぱいに広がって、情けないけれど涙があふれてきた。
ああやっぱりみょうじさんは優しい。優しくて酷い人だ。




「な、か...ないで...」

「っ.....泣いて、ないですっ...!」






腕で乱暴に目元を拭って、彼女の胸元に落ちた涙を舐めとった。
しょっぱい味とみょうじさんの甘い香りがアンバランスに混ざり合う。
諌められるように頭を撫でられるのが無性に悔しくてまた首筋に噛み付いた。








「い"っ....!!痛いぃ..、立ちムか、い、君...あっ」

「我慢、してくださっ...ぁっ」



みょうじさんが俺の髪を弄くって油断しているうちに、先ほどまで指を入れていたソコに自身を埋め込む。
指でもキツかったそこに、何倍かの太さを持つソレは大きすぎたようだ。
腰を沈めるスピードを緩めるがぎちぎちとその入り口は自身を締め付ける。
みょうじさんに我慢、なんて言ったけれど我慢が効かないのは自分の方かもしれなかった。
痛がるみょうじさんがどうしようもなく愛おしくて、仕方がない。
じわ、と血がにじみ出る下腹部も、その辛そうな顔も。あたたかな身体も。
あなたの心も。



好きで好きで、

しょうがない。








「ははっ...全部...入っちゃいましたね」

「んっ...んん...!」

「可愛いです、みょうじさん」



みょうじさんの初めて貰いました、と言うと真っ赤になって顔を背けた。
本当に彼女の初めてを貰って...いや、奪ってしまった。
みょうじさんには想う人がいて、その人もみょうじさんを想っているのに。
なんて空虚でデタラメな関係が出来上がってしまったんだろう。
でももう俺とみょうじさんの間にはありのままのこの姿しかない。それが真実。



「ふぁっ、あっ、立向居、くん...!」

「っ...は、」



徐々に動かせるようになったソコで出し入れを始めると、まだ痛むようでみょうじさんの身体がビクリビクリと震えた。
けれど、その上にある小さな突起を摘むと感じるらしくソコが更に締まる。
苦しいのなら、せめて痛みは快感になればいい。
俺と貴方の苦しさが快感に変わればいい。
そうしたらみょうじさんも俺が居なくちゃいられなくなる。
だけど。



「やっ...!!」

「なまえ、さん...ぁっ、..す...」



一度だけ彼女の名前を呼んでみたけれど、あの言葉はどうしても言うことができなかった。

優しい彼女に最後の最後で拒絶されるのが怖い。
もうココまで来てしまったけれど、来てしまったなら最後まで。
どうか、このままで。

ビクリ、と大きくみょうじさんの身体が震えてぎゅっと内壁が締まった。
間一髪で取りだしたソレが、白濁の液体を吐き出して彼女の内股を汚す。
彼女の香水の匂い。俺の吐き出した液体の匂い。
まるで俺たちが一つになったかのような錯覚を生み出す匂いが心地よかった。




ああ。



神様、もしいるなら。






俺たちふたりを、このままで居させてください










50000