「ふー...」
ベッドに寝転がってため息をつく。
今日も一日ハードな練習が終わった。
食事もとったし、今は自由時間だが、もともと合宿に来ているためサッカー以外にする事がない。
円堂たちと喋るのも良いが、今日はそんな気がしない。
...ドイツに留学しろという父の声が、今日に限って頭の中でよく響く。
...そういえば...
今日はみょうじは不動につれられていたな。
久しぶりに鬼道ではない人間に手を引かれる様子を見て不思議に思った。
マネージャーかと思えば、そうでもない。
それでもたまにマネージャーらしき事をして、
俺のシュートを褒めて、ふらふらとどこかへ行く。
彼女のことが、なぜかボンヤリと気になった。
(俺には関係ないんだがな...)
ごろりと寝返りを打つも、手持ち無沙汰なのには変わらなかった。
眠るにはまだ早すぎる時間だし、他にする事もない。
俺は思い切って起き上がり、練習場に出ることにした。
確かゴールポスト周辺の外灯はまだついているはずだ。
すこし調子を落としているシュートの練習でもしようと思い立ち、俺は部屋を出た。
練習場に出てみると、暗がりに一人の人物が浮かび上がっていた。
こんな時間まで練習をしたがる人間は...思い当たらなくもないが、
それにしてはシルエットが違いすぎる。
うっすらと影を纏った人物がライトの下に出てくると、その人物が誰なのかがはっきりとわかった。
「...みょうじ?」
ボソリ、とつぶやいたが彼女にはその声は届いておらず、気づかれる事は無かった。
よく見ると彼女は両手でサッカーボールを持っており、
それをゴールから数メートル手前に置いた。
まさにシュートをするかのような配置だった。
「...?」
何をする気なのだろうか。
まさか、シュートを?
ライトと影のちょうど境目にボールが置かれ、
彼女はその奥に立つ。
影に包まれてみょうじの姿が見えなくなった。
が、その時。
―――ドッ!
影の奥から彼女が一気に浮かび上がり、
左足がボールを蹴り上げた。
激しく火炎に包まれたボールは、そのままゴールを射抜く。
ボールがネットを揺らす音と彼女の着地音が練習場に響いた。
しかし、俺には目の前で起きた事がうまく飲み込めなかった。
みょうじはマネージャーでもない。ましてや選手でも、ない。
だが実際はどうだ?彼女は今、俺の目の前でシュートを決めた。
しかも、『ファイアトルネード』を使って―――...。
「ッ、痛っ」
「! みょうじ、平気か!?」
「あ、あれ...なんで豪炎寺くんがいんの?」
片膝を抱えてしゃがみ込んだみょうじの姿を見て、
ようやく我に帰った俺は、彼女の元に駆け寄った。
怪我をしているのだろうか。
顔をゆがめてじんわりと汗をかいているみょうじはなんとも痛々しかった。
「大丈夫か?怪我でもしているのか?」
「ん...平気だよ。ちょっと膝が痛むだけ」
「見せてみろ」
「っあ、」
みょうじの履いていたニーハイソックスをおろして膝をむき出しにすると、
そこには大きな傷痕がはしっていた。
「これは...」
「む、むかし、怪我しちゃってさあっ」
いつもニコニコと笑っているばかりのみょうじの声がうわずっていた。
目線も俺の顔を見ずに上の方を彷徨っている。
明らかにこの話題に触れるのを避けている。
「...別に俺は追求はしない。話したくないならな」
「う...ごめんね、豪炎寺くん」
「気にするな...だが、一つだけ聞かせてくれ」
「ん?」
「お前、昔サッカーやってたのか?」
そうでもなければただの少女にファイアトルネードが打てるはずがない。
いや、いくら練習を積んだ選手であっても、そうそうアレが打てるとは思えない。
だが、目の前にいる彼女はそれをやってのけたのだ。
寸分の狂いも無く....
あれは間違いなくファイアトルネードだった....。
「はは..やっぱ見てたんだー..。ごめんね、豪炎寺くんが打ってるの見たら、やってみたくなっちゃって...」
「やってみたくなったからといって、そうできるものでもないだろう」
「そ、そうだね...」
僅かな間を置いて、彼女の表情がふと真剣なものになった。
一度口をつぐんだみょうじだったが、決意したように口を開いた。
「そうだよ...昔、わたしもサッカーしてたの。有人と一緒にね」
「そう、か...」
「って言っても、小学生のときまでね。小学生も高学年になってくると男の子と女の子で体格差が出てくるでしょ?それでね、一度すごい大きい男の子に当たられちゃって、故障しちゃった..」
「...」
「リハビリすれば、ぜったいもう一度ピッチに立てると思ったの。でもね、そんなに世の中うまくいかないもんだったよ」
みょうじの言葉は、暗に自分がもう二度とピッチに立てない足になってしまったことを示していた。
彼女は表情を緩めたが、その瞳からは悲しそうなものが揺れていた。
...そういえば、聞いた事がある。
昔、天才の女子MFがいた、ということを。
だがその噂も中学に入る頃には下火になり、聞かなくなっていた。
その天才MFは、みょうじのことだったのだろう。
「不思議。あれだけ話すまいと思ってたのに...豪炎寺くんにはあっさりバラしちゃった」
「話したく、なかったのか?」
「んー...なんていうか。寂しいからね。わたしも、サッカー大好きだからさ。みんなが出来て、あたしは出来ない。でも出来ないことって、悟られたくないの。ああ、あいつ昔サッカーやってたけど故障してできないんだって、哀れまれたくもないの」
"それに、自意識過剰かもしれないけど――みんなに気が引けるようなサッカーをしてほしくないから"
あの悲しそうな表情を消し、再びニコニコしだしたみょうじを、俺はただ目を細めて見つめた。
"自分もサッカーが好きだから、同じようにサッカーが好きなみんなには、思いっきりサッカーを楽しんでほしい。何も気にする事なく、サッカーをしてほしい。勝ってほしい。"
...彼女のその言葉が、俺の心に響いた。
今、俺はサッカーを心から打ち込んでいるのだろうか。
(サッカーを辞めて、ドイツに留学―...)
ようやく痛みが引いたらしいみょうじは、スッと立ち上がりニッコリと笑った。
スタンドライトに照らされたその笑顔は酷く綺麗だった。
まだしゃがんだままの俺を見おろし、その端正な口を開いた。
「豪炎寺くんはバラしたりしないと思うけど、この話はみんなには内緒ね。あたしはただ、みんなに気持ちよくサッカーしてほしいだけだから!...―もちろん、豪炎寺くんにもね」
「!」
「じゃあ、また明日!」
みょうじには、何もかも見通されていたような気がした。
軽快に駆け出す彼女の後ろ姿が遠くなって行く。
その彼女を引き止めることは、今の俺にはできない。