「なまえ、サポーター持ったか?」
「大丈夫用意してる」
「ドリンク」
「はい、こっち」
「なぁなまえ、俺のユニフォームどこやった?」
「さっき自分でベンチの上に置いてたよ」
「お、あった」
「なまえー」
「…話すのは順番にしてくれると嬉しいんだけど…」
修也くん、明王くん、そして有人が代わる代わる私に話しかけてくる。
韓国戦の直前のあの、絶望的な匂いさえした私たちの間にあったあの空気は一体どこへいったのだろう。
それほど穏やかに、そして前向きにことが進んで行っている。
無事に韓国戦を終えた私たちは、FFIの本戦へと駒をすすめることとなった。
そして何故か奇跡的に、(本当に奇跡としか思えないけれど)、私も、彼らと共にFFIの行われる地に行けることになったのだ。
私の立場は、大体の場合でマネージャーのそれと混同されることが多い。
そして。
「お、やっぱ青も似合うなお前」
「そうかなー」
「ああ。悪くない」
私に与えられた、『背番号のない』ユニフォーム。
データのない選手や技に対しての解析、分析。
もしくは一瞬、本当に必要とされた時、試合の流れを変えるために投入される。
(自身の必殺技や決まった戦法を持たない私は、相手チームにとっては攻略し難い選手になるのだと、久遠監督は言った。)
それを着ることで、周りのみんなからの目が変わった。
もちろん、修也くんや明王くん、有人がそうなるまでいろいろとサポートしてくれたおかげということもある。
私はイナズマジャパンの一員として、このメンバーに存在することが許されたのだ。
もうあの頃の意味で『ばか』と言われることもなくなった。
「やはり世界の大舞台は、緊張するな」
「うん、私は今回は行進には出ないけど、なんだかドキドキしてきたよ」
「ハハッ、ユニフォーム着てはり切ってるもんなァ」
「そろそろ時間か?」
「そうみたい」
「セレモニーが終わったら部屋に来るか?」
「鬼道じゃ危険だ。ナニするかわかんねーから俺の部屋にしとけよ」
「あ、そういえばタオルをなまえの部屋に忘れて行ったみたいだ。後で取りに行く」
「わかったー」
「「豪炎寺ィ…」」
「(仲良いなあ…)」
私はもう、誰かと肉体関係を持つこともなくなった。
以前は有人から迫られることも多かったけれど、あの日以来とんとそれが途絶えた。
そのかわり、有人は優しい目で見てくれることが多くなった。
ただ一緒に横たわったり、ゲームしたり、時にはすこしだけウォームアップに付き合わせてくれたりする。
明王君もそうだ。いつかみたいに私を抱くこともない。
けれど、よく一緒に笑うようになった。一緒に笑って、時には軽口を叩き合うほどに。
過ごした時間は短いのに、何故か彼は私のことをよく知っている。不器用で少し乱暴だけど、それが優しさの裏返しであることも、痛い程よくわかった。
修也くんは、あまり以前と変わらないのかもしれない。
でも、やっぱり少し変わったのかもしれない。お互いに名前で呼ぶぐらいの仲にはなった。なによりサッカーの話をよくするようになった。少し、生き生きしてきたようにも思う。真剣だったり、たまに変わった発言をするけれど、修也くんはいつだって優しい。
「みんなー!そろそろ集まれー!」
円堂くんが遠くで号令をかけているのが聞こえる。
有人と修也くんが一足先に駆け出すと、明王君も気だるそうにその後ろについていった。
なんだかんだ言って、やっぱりみんなサッカーが好きなのだ。
少し駆け足になって有人と修也くんと、その僅か後方にいる明王くんを追い抜いて、
いつかのように振り返る。
「わたし、好きだよ」
「知ってる」
「サッカーが、だろ?」
「うん、でもね」
またあのパターンか、と言わんばかりの三人に向かって、言う。
「みんなが!」
あの日を思い出させるような真っ赤な空だった。
予想通り呆気にとられた三人に「さあ、いこうか」と促して、私は世界の土を踏みしめるのだった。