グラウンドから監督が見える。監督は何も言わなかったが、目は『もう三分経った』と告げていた。
周りからざわつきが聞こえる。



幸い皆の意識は倒れた円堂君の方に向いている。
私の方に目を向けているのは、豪炎寺君と、一緒にプレイした明王くん。
...そして、有人だけだった。

有人の悲痛そうな顔に、少しだけ胸が痛む。



「有、...」


どうしても、有人にかける言葉がみつからない。
わたしは有人がわたしを止める声を無視して試合を続けた。
でも、彼を振り切ってでも試合を続けたかった。


わたしに言うべき言葉がみつかなかったのは、どうも有人も同じらしい。
何かを言おうと口を開いては、またぐっと噤んでしまう。




本当は、左足だって倒れてしまいたいぐらいに痛い。
この間シュートを打ったときよりもはるかに大きな激痛が走っている。
豪炎寺君が私を立たせようと手を貸してくれたが、それも断った。
出来る限り平気な振りをしていたが、体中から痛みで汗が吹き出していた。

それでも、余計な心配はかけたくないし、なにより同情されたくない。




有人が言うように何も考えないようにした。でもやっぱりサッカーがしたかった。
なんとか3分持ちこたえたけれど、本当は最初のシュートを打った時にはもう限界が来ていた。
こんな足ではやぱりサッカーは出来ないと証明しただけだ。
シュートを入れられたのだって、基山くんや豪炎寺君の技をわたしが...それこそ『馬鹿なみょうじなまえが』使ったからで、ただ単に皆の意表をつけただけだからだってわかってる。
もうこれ以上は通用しない。


明王君のアシストがなかったら、きっと何もできなかったはずだ。
彼だって彼のプレイがしたかっただろうに...結局わたしの補佐に徹してくれた。
やっぱり、迷惑をかけてしまったかな。



「みょうじ...」

「ほんとに、大丈夫だから。心配しないで...医務室、行ってくるね」


豪炎寺君の心配そうな顔をあえて見ないようにして通り抜ける。
グラウンドを出てしまえば、もう干渉されることはないだろう。
(彼らは、練習とはいえ試合中なのだから)
しかし、グラウンドを出る寸前で誰かに手首をとられた。




「明王くん...」

「悪くねェプレイだったじゃねーか」

「...ッ」


そんなことない。
そんなことないよ。
だってわたし、明王くんがサポートしてくれなきゃ何もできなかった。
明王くんがカットしてくる相手を全部防いでくれた。
ボールだってすぐにわたしにまわしてくれた。
そうでなければボールがまわってくることさえなかったかもしれない。
試合が始まる前、わたしは怖くてたまらなかった。
昔ぶつかられたことは、やっぱりわたしのなかで大きなショックとなっていたから。
もしもう一度ぶつかられてしまったら、と思うと足がすくむ思いだった。
口にはしないけれど、それをこっそりカバーするようにプレイしてくれた。


「泣き虫」

「..ちがっ」

「なんかお前、泣いてばっかだなァ」



色々な気持ちがないまぜになって瞳に涙がこみ上げてくる。
明王くんの前で泣いたことは、多分ないはずなのに。
でも実際に、最近少し泣く事が多くなった。


いままで押さえていた



気持ちが。感情が。








今更になってどうして。








「全部終わったら、俺の部屋に来い。変なことなんて考えんじゃねーぞ」

「....」




結局、明王くんに何か言葉を返す事は出来なかったけれど、明王くんは彼らしく笑ってわたしのあたまにぽん、と手を置いた。
そのまま背を向けてグラウンドに戻る。





再び試合が始まるホイッスルが鳴ったのを背後で感じた。
春奈ちゃんが、やっぱり心配そうにこちらをみている。
声をかけようかかけまいか思案している表情が有人とそっくりで、やっぱり兄妹だな、と思う。
春奈ちゃんのことを思うと、有人に苦しい思いをさせてしまったことが申し訳なくなる。
それでもわたしは、自分をとめられなかった。



足の痛みを耐えて、なるべく引きずらないようにして歩いた。
せめて宿舎の中に入るまでは。
引きずっている姿を、見られてはいけない。




"さいご"の姿が、足を引きずって退場だなんて、
悲劇のヒロインを気取っているようで、とてもじゃないけれどそんなことはできないから。





「...痛っ....!!」




宿舎に入った途端に、壁にもたれてしゃがみ込んでしまった。
サポーターをしていたってこの痛みなのだ。
サポーターなしで試合なんてしたら、それこそ3分でも即駄目になっていただろう。
それはつまり、『もう二度とサッカーはできないよ』という事実を再び突きつけられているのと同じだ。
覚悟していたはずなのに、ずっと昔に諦めたはずなのに。



なぜこんなに心が苦しいのだろう。








気がついたら、宿舎の屋上に来ていた。
そんなに高くない建物だけれども、見晴らしはとても良い。
遠くに皆が試合をしている声と、ボールを蹴る音が聞こえる。


ゆったりと日が沈み始めていた。

沈みかけていた太陽の赤い光を浴びて、浮かぶ雲が煙を吐く真っ赤な龍のように見えた。
怪我をしたとき、脳内に赤い色が広がった。
痛みが赤く見えたのだ。
その時と同じ赤が、空を染めている。




みんなはどんどん前に進んで行ってしまう。
強くなって、世界さえも破ってしまうかもしれない。



わたしの時間は、怪我をしたときからとまったままだ。





有人の辛さも、豪炎寺君の思いやりも、明王くんの優しさも
全部がありがたくて、全部がくるしい。



有人の制止を振り切って、豪炎寺君には諭されて、明王くんには助けてもらって
我が侭を押し通して、優しさを享受してこの日を迎えたのに。
結局は有人を傷つけて、豪炎寺君の手を拒否して、明王くんに甘えただけだった。

わたしは何処まで馬鹿なんだろう。
馬鹿のふりをして、性根まで馬鹿になりきってしまった。










神様、私は出来る限り馬鹿になりました。
もうこれ以上は無理みたい。
有人が言うように、馬鹿になったら空を飛べるなら






これで空はとべますか、







とべますか









Fool girl