得点が入ったことを示すホイッスルがグラウンドに響き渡った。
ボードに1という字が書き込まれる。
誰もが硬直していた。
あのみょうじが。
マネージャーですらなかった彼女が基山ヒロトの必殺技を完璧にコピーしてやってのけた。
後半が始まってからまだ一分と経っていない。
そのあざやかなボールさばきに、見とれている者さえいた。
ファイアトルネードを目の前で見せられた俺ですら、立った今起こったことが信じられない。
天才だとは聞いていたが、そこまでとは―――...。
あの様子だと、恐らく流星ブレードを打つことすら初めてだろう。
だが、その一度で何から何まで完璧にやり抜き、円堂が守備するゴールすら破った。
彼女の半端ではない才能を肌で感じた。
世の中というものはつくづく理不尽と皮肉で出来ていると思う。
もしみょうじが怪我さえしなければ間違いなくサッカーを続けて行けた。それだけの才能を持っている。
男子プレイヤーと対等にプレイすることさえ出来たかもしれない。
いや、それ以上だとも思える。
ちらりと、鬼道の方を見ると、歓びと苦しみがおり混ざったような表情をしていた。
拳を固く握りしめ、僅かにその拳が震えている。
みょうじがサッカーを再びやった歓び、そして、彼女を止めたいという苦しみ。
みょうじの足を案じる気持ち。もう一度共にプレイしたいという気持ち。
そういう気持ちが混ざっているような顔をしている。
「オイオイ...マジかよ....」
染岡が呆然と立ち尽くしている。
それもそうだろう。今まで馬鹿だと見下していたような奴が、いきなり他の選手の技をコピーして実演したのだから。
それも、何一つミスすることなく。
それほど彼女のドリブル、パス、シュートの全てが完璧であったのだ。
「いてて...すげーなみょうじ!!!お前、サッカーできたんだな!!!」
円堂に至っては、純粋にみょうじのプレイに感動して喜んでいた。
他の連中の驚愕の表情を気に留める様子もなく、これほどのプレイが出来る奴に出会えて嬉しいようだ。
だが、みょうじはやはり喋らず、円堂に向かって苦笑いを浮かべるだけだった。
「だけど次は負けねえ!!!おっし!行くぞ!!!!」
「お、おお」
円堂に士気をとられて、再び攻めに入る体制をとる相手チーム。
俺たちもそれを迎え撃つためにフォーメーションを整える。
もちろん、みょうじもそれに備えてこちら側に下がって来た。
僅かに左足を引きずっているように見える。
だが、気にしなければそれは分からない程度だ。
もしみょうじが足を怪我していると知っていなければ見落としていたかもしれない。
「おい、みょうじ。足―――」
彼女の横に回ってそっと声をかけると、みょうじは俺の方に振り向いて口元に人差し指を当てた。
"あと二分だけ"
ニッ、と口角をあげつつ、みょうじは口だけでそう言った。
利き足を庇ってシュートを決めていたものの、やはり負担がかかっていたようだ。
額まわりに汗が見えたが、それは運動故に流した汗ではないのかもしれない。
...彼女を止めたい気もするが、
みょうじ本人に『止めるな』と言われている。それに、もう少し彼女のプレイを見ていたいという気持ちの方が大きい。
何よりみょうじもこの日を待ちわびてたはずだ。
それを無下に止めることなどできない。
どれだけサッカーがしたかったか。
どれだけその思いを押し殺していたか。
自分と重ねてしまう。何となくだが、みょうじの気持ちが分かるような気がする。
ドッ――――
再びボールが蹴られ、試合が再開される。
ボールを追うが、あまり試合に集中できていない鬼道の元に駆け寄った。
「おい、みょうじは...」
「...! 豪炎寺、か」
「昔から、あそこまで強かったのか」
「ああ...なまえは...本当の意味で天才なんだ。相手の動きを全て頭に叩き込んで、すぐにそれを実演できる。分析力にも優れている」
「...」
「もしアイツが怪我なんてしなかったら、今のシュートは自分の技だっただろうな...」
鬼道曰く、みょうじが流星ブレードを打ったのは、
怪我をしてからというものの、サッカーができなくなったため自分の必殺技を持っていないから、らしい。
身体...足がみょうじのプレイについていけなくなったが、彼女の才能そのものはまだまだ衰えてはいなかった。
そのため、他人の技をコピーするという方法で今回の試合を切り抜けようとしているのだ。
それにしたって、そうそうできることではないが。
走りながらの会話を止める。
再び試合に集中すると、今度は不動がボールを奪い、みょうじがそのアシストをしていた。
不動とみょうじのコンビプレーを前に、誰一人としてボールを奪えない。
ついに再びゴール寸前まで来てしまった。
「させっかよ!」
綱海が二人を止めようとするも、やはりみょうじのフェイントと早さで抜かれてしまう。
「畜生ぉっ!!」
「どうしてあいつらからボールを奪えない...!!!」
軽蔑と疑念の対象だった二人がボールを前へ前へと押し出して行く様を見るのは、他のメンバーにとっては屈辱のように感じるだろう。
特に、本当のみょうじの姿を知らない連中からすれば、今まで自分が積み上げてきたものをあっさりと追い抜いていったように見えるのかもしれない。
円堂が身構えて、シュートを受ける体勢を整えていた。
だが。
「ファイアトルネード!?」
「なんだと..!?」
一度夜のグラウンドで見せたそれを、みょうじは試合で再演してみせようとしている。
しかし、彼女は"完璧に"必殺技をコピーしてしまうのだ。
従来のファイアトルネードは、左足からのシュートだ。
もしみょうじが"何もかも完璧に"シュートを決めようとするならば。
「やめろぉおおお!!!!」
鬼道の悲痛な叫びがグラウンドに響く。
俺も固唾を飲んでそのシュートを見届けるが、軸足を右にしているところを見ると、やはり左足...つまり故障した方の足で打つようだ。
それでも、彼女の瞳には強い光が宿っていた。
決意を固めた、強い光が。
激しい火炎がみょうじとボールを包み込み、その勢いを纏ったボールが円堂の守るゴールめがけて突進する。
「今度は絶対に、捕る!!!」
だが、みょうじの賭けとも言えるその全力のシュートを前に、円堂の守備でさえ押され、ついには崩された。
「うわぁっ!!!!」
そのパワーに打ち負けた円堂の身体ごと、ボールはゴールネットを揺らした。
「円堂!」
チーム全体が円堂の元へと駆け寄る。
それと同時に、着地したみょうじが小さくうめいた。
円堂に気をとられ、誰もみょうじの事を振り向かなかったのが彼女にとっては幸いだったのかもしれない。
「うっ...」
「大丈夫か...!」
「!...ごめん、また豪炎寺くんの技、つかっちゃった」
「そんなことはどうでも良い!足を...」
踞るみょうじの息は酷く荒れていた。いくら技を完璧にやり抜く力が衰えていなくても、スタミナはそうもいかないらしい。
いや、この荒い呼吸も額に浮かぶ汗も、運動のせいではないだろう。
「大丈夫だから...ぁ、」
「なまえ...!」
とりあえずフィールドから出て治療を受けさせようとしていると、鬼道が近づいて来ていることに気づいた。
どうして良いのかわからない、という表情をしている。
「馬鹿がっ...!!」
「...」
辛そうにそう吐く鬼道に、みょうじは何も応えなかった。