練習に全く身が入らない。
今日は監督が直接指示を下した試合形式の練習なのに、
パスのやりとりがまったく出来ない上にドリブルまで失敗した。
初歩的なことがまったくうまくいかない。
普段ならそんなことあり得ないというのに。
頭の中を支配するのはなまえのことばかりだ。
初めての事だった。なまえから拒絶されるのは。
行為に対して不平を述べることはしばしばあったが、あそこまで明確な拒絶をされたのは昨日が初めてだ。
あろうことかなまえは泣いていた。俺に、泣かされていた、のか...。
はっきりと口にしたわけではないが、なまえのあの目が、表情が、そう物語っていた。
昨日のあまりの出来事に頭の中が混沌としている。
誰よりも大事にしてきたつもりだった。
誰よりも愛していたつもりだった。
なのに。俺がなまえを傷つけて泣かせていたのか。
苦しめていたと、いうのだろうか。
豪炎寺の方に目を向けると、俺程目立ったミスはなかったが、あいつもまた調子が上がっていない様子だった。
思うところは俺と同じか...。
「どうした鬼道、お前らしくないぞ!体調でも悪いのか?」
前半が終わったが、あまりのミスの多さに円堂に心配されてしまった。
円堂は純粋で鈍感な方だが、チームメイトのちょっとした変化に気づくあたりは、やはりキャプテンらしいと思う。
ジャパンメンバーで2チームに別れて練習試合をしているが、結果はいまのところは0対0だ。
相手方のゴールは立向居が守り、こちら側のゴールは円堂が守っている。
「すまない、円堂。いや、体調は悪くないんだ...」
「そっか!とりあえずこれから後半だし、調子あげていこうぜ!」
「ああ...」
「...そういえば、今日はみょうじ見てないなー。あいつ、いつも練習の時はいるのに」
「....!!」
ハーフタイムが終わりを告げようとしている。
ベンチを見ても、なまえの姿は見えず、不動が居るだけだ。
いつもなら練習であろうが試合であろうが、なまえは必ずベンチに座って眺めていた。
おかしい。どこを見渡してもなまえの姿がない。
最初は別の選手のところに話しかけにいったのかとも思ったが、どこを見ても居ない。
昨日の出来事を気にして俺や豪炎寺に会いづらいのだろうか。
「おっ...!」
「どうした?」
「相手チームのメンバーが変わるってさ。久遠監督が指示出してる」
円堂が指を指す方向を見ると、確かに相手チームの数人が入れ替わるらしかった。
外れるのは土方と、緑川。
そして入るのは...。
唐突にどよめきが走る。
どちらもチームも動揺を隠せないようだ。
俺自身も、驚愕を隠すことができなかった。
「俺たちが試合に出るのが、そーんなに不満かァ?」
ベンチに座っていた不動と、そして。
「みょうじ...!?」
「うそだろ...あの馬鹿が、」
「不動くんはともかく、何でなまえちゃんが!?」
「....」
無言で不動の横に立つ、なまえ。
その顔には僅かな緊張が見られたが、昔見ていた、共にサッカーをしていた時のなまえとなんら変わりのない表情をしていた。
何故、ユニフォームを着ている?足は?サポーターをつけているだと?
サッカーをしていいはずがない。
そんなことをしたら本当になまえの足は駄目になってしまう。
何故。どうして。
足のことは彼女自身一番良く分かっているはずだ。
それなのに、何故。
「なまえ!!!」
彼女を呼び止めようとした声は、試合開始の号令にかき消された。
ボールが高く蹴り上げられる。
それを風丸が受け、立向居の守るゴールに向かって走る。
しかし。
「なっ...!」
あの俊足を誇る風丸の前に立ちはだかったのは不動だった。
急角度のスライディングを入れて、ボールを奪い取ろうとする。
風丸はなんとかボールを取られなかったが、バランスを崩したためにコントロールを一瞬失った。
―――フェイクだ。
不動の後ろにはなまえが構えていて、その一瞬を見逃さずに風丸の足先からボールを奪い取っていった。
二段階で構えるディフェンス。
昔、俺たちがやっていたことだ。
不動となまえの呼吸はぴったりだった。
一度も共に試合に出たことがないというのに、まるで申し合わせてやっているかのごとく。
その息の合ったプレイに、思わずどの選手も動きを止めて見入ってしまう。
だが、その間にもなまえはどんどんとこちらのゴールに攻めて来る。
ブランクなど感じさせない鮮やかさと速さで。
...やはり彼女は天才なのだ。
たとえ身体がサッカーをやらなくなっても、ほかの選手の観察をしてその技や動きを吸収してしまう。
脳と身体の動きがちっともぶれない。
天性のセンスは、衰えていないらしい。
「っ、みょうじを止めろ!!!!」
風丸の声にはじかれたようにして、顔を上げる。
ゴール付近に来ている彼女を追いかけた。
なまえのこの美しいプレイをもっと見ていたい。
出来る事なら、なまえともう一度サッカーがしたい。
そんな願望が心の中に渦巻く。それほど、サッカーをしているときのなまえは美しかった。
だが、なんとしても止めなければ。
彼女の為に。再びなまえが苦しむことのないように。
「なまえ!!!!!!」
大声でなまえを呼び止め、並走するも彼女は止まらない。
それどころか、俺の方を一度も見ずに進む。
少々手荒にすればなまえのボールを奪うこともできるだろう。だが、それではなまえの足を再び壊しかねない。
「止まれ!なまえ!!!!」
「おっと、邪魔すんじゃねーよ鬼道クン!」
「不動...!?」
手を伸ばしてなまえの肩を掴もうとしたとき、その手を何者かにはじかれた。
なまえと俺との間に割り込むようにして入って来たのは不動だった。
「退いてくれ不動!なまえが、なまえの足が...!」
「いい加減にしろよ!テメェの理屈をあいつに押し付けるんじゃねえ!!ナイト気取りもほどほどにしやがれ!」
「...!」
「いっちまえ!なまえ!!」
不動に足止めされている間にも、俺となまえとの距離はどんどん開いていく。
風丸や吹雪には及ばないかもしれないが、なまえの足はうっかりしていればかなりの距離を開けられてしまうほど速い。
「悪いけど、ゴールはさせられないよ...!」
次に立ちはだかったのは吹雪だ。
吹雪もなまえのあまりのプレイに驚いていたようだったが、それでもこの試合を楽しんでいるように見えた。
吹雪がなまえのボールを奪うために彼女の正面に対する。
キックフェイントの掛け合いで、かなりきわどい勝負のように見えたが、なまえの足下からはいつのまにかボールが消えていた。
しかし、吹雪がそのボールを持っている様子もない。
「えっ...!?」
「残念だったなァ!」
なまえの斜め後ろに移動していた不動にパスされていた。
それはあくまで自然に、一瞬のうちにして。
パスを出した時にはなまえはもう吹雪を抜いてゴールの目前まで走っていた。
そのなまえをめがけて不動が高く蹴り上げた。
そのタイミングを見てなまえが跳ね上がり、不動のボールを受ける。
「あれは!!!」
「....流星ブレード...!」
高い位置からの、右足からのシュート。
強烈なパワーで押し出されたボールが、光を纏ってゴールへと一直線に向かう。
本来なら基山ヒロトの必殺技であるそれをなまえが使いこなしていることに全員が驚きを隠せないようだった。
「....! 正義の鉄拳!!!」
円堂の技がその強烈なシュートを防ごうとする。
強い力同士がぶつかり合ったその衝撃派が、こちらまで届いた。
力は五分五分のように思えた。
しかし。
「うわっ!!!!」
円堂の手がボールにはじき返される。
がしゃん、とゴールのネットが揺れた。