「わたしね、」
漸く泣き止んだみょうじを、彼女の部屋まで連れて行った。
二人で並ぶようにしてベッドに腰をかけると、落ち着いた彼女の口から言葉がぽつりとこぼれ落ちた。
「明日、試合にでるの」
「それは...本当か?」
「うん。三分だけだけどね」
言葉を並べるみょうじの目元は赤く腫れていたが、それ以外はもう殆ど普段の彼女の姿と変わりなかった。
いつも通りの彼女の姿に戻ったことが分かると、自分自身の心も落ち着いた。
あれだけ取り乱していたのが嘘のように穏やかな彼女の横顔。
「だからね、明日のために今日は誰ともしたくなかったんだ。あ、豪炎寺くんはもう知ってるかもしれないけど..今までは、頼まれたら誰とでもしてたから....」
「...」
「だから、今日は駄目だって言ったら...怒られちゃったんだよね。それであの有様だったの。でも染岡くんが悪いわけじゃないよ?いつも良いって言うやつが、急に駄目だなんて言い出したら誰だって腹立つもんね」
「お前...そこまで分かってて...」
「わたしも正直しんどいかなって思うんだけどね...でもね、明日に賭けたんだ。たとえ3分でもサッカーが出来るか出来ないか、それで自分がどう振る舞うのか決める」
「そうか...」
「だからね!豪炎寺くん、明日は全力でぶつかってきてほしいの。傷のこと忘れてね、おねが...!?」
彼女が言葉を言い終わる前にぎゅうと抱きしめて、言葉を紡がせなくする。
先ほど抱きしめたときには気づかなかったが、みょうじの身体は恐ろしく細かった。
無駄な肉のない身体。昔は筋肉があったであろう身体。
「お前は苦しまなくていい...これ以上苦しまなくていいんだ。俺はお前が言ってくれた言葉を信じてる。気持ちよくサッカーをする、それだけで良い。みょうじはそう言ってくれただろ...?」
「豪、炎寺く...」
「みょうじがしたいことは...サッカーなんだろう?それ以外に、何か望むのか...?」
「...!!」
「大丈夫...大丈夫だ...みょうじ。お前が本当に望むものだけを望めばいいんだ...」
彼女がサッカーの代わりに何を望み、何かをしようとしていることは分かった。
そうでなければ、『誰とでもする』などということをみょうじがするはずもないと思ったからだ。
ただ、そのサッカーの代わりになるものは『誰とでもする』ことではない。
『誰とでもする』ことは、『サッカーの代わりに望んだもの』を得るための手段でしかないんじゃないだろうか。
どうあっても、こころの奥底ではサッカーがしたいのだ。
何かに阻まれても、サッカーをしたくてしょうがない。
俺も、
みょうじも....。
「なんで...」
「わかったかって?」
不思議そうな顔で、そしてまた、ぽろぽろと涙を流す彼女の頭を撫でる。
指と指の間から、柔らかく細い髪の毛がこぼれ落ちた。
俺たちはよく似ているのかもしれない。
「俺もサッカーが好きだからだ」
驚いた表情をしたみょうじは、涙を流しながら柔らかに微笑んだ。
泣き笑いと言っても先ほどとは全く違う表情だった。普段見せる笑顔とも異なっていた。
こんな柔らかい、穏やかな顔のみょうじを見るのは初めてだ。
もしかすると彼女はもともとこんな表情をする人間なのかもしれない。
元の輝きが戻ってきたような。美しい顔。
ゆっくりと身体を離し、みょうじから離れる。
柔和で、それでいて何か固い決心をしたような顔を見てほっとした。
それと同時に、初めて本当の『みょうじ』を見た驚きも感じていた。
「何か飲むか?」
「ん」
「取ってくるから、待ってろ」
本当の意味で落ち着いた彼女を置いて一度部屋を出る。
ゆっくりと扉を締めて、俺はそこにもたれかかった。