幸せの姿を誰が想像できただろう。
幸せの在処を誰が確認できただろう。







俺たちはただ生きているだけなのに、なぜこんなにも苦しい日々を送らなければならなかったのか。
サッカーが好きで、ただそれだけだった日々を送っていて
いつの日だったか、それをねじ曲げられてしまった。




とうとう明日が、待ち望んでいた日になると思うと胸が高鳴った。
恐らくなまえは鬼道に自分がサッカーをするなんてことは伝えないだろう。
鬼道は何も知らないで明日を迎えて、フィールド上に経つ彼女の姿に驚愕し、
俺はなまえと試合に出る。

たとえそれが練習試合で、たった3分の短いものであっても。
漸くなまえと組む事ができるのだ。
恐らく、初めて見たときのように綺麗な...―今でも十分綺麗だが―...生き生きしたあいつに会えるだろう。
そう思うと、不思議と気分が高揚してくるのだった。


こんな気持ちで練習に臨むのはいつぶりだろうか。




「柄じゃねぇなァ...」



他者が自分に対してほとんど悪い方の印象を持つ事ぐらい自負していたが、
今の自分を観られたら悪いどころか引くだろう。
明日の事を思ってこんなにも頬が弛んでしまうことがあっていいのか。
それほど、アイツに執心しているということなのだろうが。



「お」



角の壁影にふら、と鬼道のマントが翻ったのが見えた。
角を曲がった先に鬼道が居るのだろう。
自分に割り当てられた部屋は今鬼道が居る方ではなかったので、そっち側に行く必要もなかったのだが、俺は鬼道を追うようにしてその角を曲がった。




「鬼道チャーン」

「...不動か。明日の練習試合のことなら円堂に、」

「そういう事じゃねえよ」

「何だ?」

「お前さァ、」




ひと呼吸置いて、ニヤっといつも通りの笑みを見せる。
コイツにとっては見慣れた顔だろうが、
それでも自分のこの笑顔はどうも人不安にさせる事に長けているらしい。



「あんまり自分のモンだって思い込んでると、目の前でかすめ取られるぜ?」

「どういう意味だ...!?」

「そのまんまの意味だよ。大事なもんは目を離してちゃいけないって教わんなかったか?」



くっくっ、と喉を鳴らして笑ってやれば、目の前にいる司令塔は焦ったような表情を浮かべた。
言っている意味が全く分からない、というわけではないようだ。
むしろ、こころあたりがあるからこういう表情をしているのだろう。

冷静沈着な男が。
天才ゲームメーカーと呼ばれる男がこんな表情を見せることはほとんどない。
だが、それは自分にしたってそうなのかもしれない。
これほど心が揺さぶる人間がいるなんて思ってもいなかった。






俺も。

鬼道も。





"あの"帝国の要だった二人の男が。
たった一人の女のことで、これほどまでに変わってしまう。




「おい、不動...!」

「じゃあな。明日も練習なんだから早く寝ろよ」




さも引き止めて聞き出したそうな鬼道を置いて俺は踵を返す。


明日を迎えた時、鬼道は一体どんな顔をするだろうか。
俺とボールを追うなまえの姿を観て、どれほど動揺するだろうか。



いつだってそうだ。
幸福を掴むのは難しいのに、人は簡単に絶望に陥る。





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