まよってることがたくさんあっても、なにもしないのはずいぶん苦しい事だからとにかくやってみる事。
こういうときに限って、固いのが決まる。どうも不思議なことに。


あの時不動くんに抱かれてからというものの、
なぜか吹っ切れてしまったようだ。
あれだけ、サッカーするべきか否か悩んでいたのに、今ではやらなくてはという思いでいっぱい。
たった三分の選手だとしても、わたしは出来る事を、出来る限りやらないと。
やってみないと。


もう何も迷っていないと言ってしまうのは、嘘になるけれど。
有人の優しさを蹴って、不動くんの言うように『あんな事はやめて』サッカーをすべきかどうかなんて、そう簡単に決められることじゃない。
有人がわたしを「馬鹿だ」というのだって、わたしに辛い思いやつまらなさを感じさせない為にそうさせているのだから、それを簡単に切ることなんて出来ない。



わたしがもう一度フィールドに立てるかどうか、明日サッカーをやってみればすぐわかることだ。
何か変わっているかもしれない。
もしかしたら、もしかしたら...。





「なまえ...お姉ちゃん...」

「春奈ちゃん」




小さい頃からずっと一緒にいたわたしと有人と春奈ちゃん。
春奈ちゃんはわたしのことを姉みたいに慕ってくれているし、わたしも春奈ちゃんが大好きだ。
春奈ちゃんはわたしより年下なはずなのに、しっかりもので
もしかしたらわたしよりずっと大人なのかもしれないと思う。


(そして何よりもわたしは"馬鹿"だから)



「聞いちゃったの...」

「聞いた、って何が?」

「...」



春奈ちゃんが何を言いたいかなんてわかっている。
でもわたしはあえて春奈ちゃんの意図を汲まなかった。
わざとしらばっくれることで彼女を傷つけることになっても、止めてほしくなかった。




「明日...試合...」

「試合?」

「三分...出るんだよね...!?」

「ああ、そうだね」

「だって...!だって....!!なまえお姉ちゃん足、怪我してるんだよ!?もしサッカーしたら...足...悪くなっちゃうのに....!!!」

「...」

「お兄ちゃんは...お兄ちゃんは....」

「春奈ちゃん」

「....っ」

「あのね、春奈ちゃん。春奈ちゃんは自分の気持ちがどういう気持ちなのか、すぐわかる?」



わたしは春奈ちゃんとの間合いを保ちながらゆっくりと言葉を吐く。
一つ一つ、間違った言葉を選ばないように、慎重に。


彼女は。
春奈ちゃんはきっと、わたしだけではなく有人のことを心配しているのだろう。
わたしがサッカーを"すること"に囚われないように、苦しませないように『あんなこと』をさせているのだから。有人だって本当はやらせたくないはずなのに、でも結局はわたしの為を思ってさせている。
春奈ちゃんは、わたしがナニをしているのかはきっとしらないけど、
有人がわたしのためにあらゆることをやろうとしていることは知っているはずだ。
だから。

わたしがサッカーをして傷ついて、有人までも傷ついてしまうことを恐れている。





「わたしはね、わからないんだ。自分の気持ちが、よくわからない。サッカーが好きなのか、嫌いなのか。哀しいのか、うれしいのか。...有人の気持ちもわかってる。有人を思う春奈ちゃんの気持ちもわかる。...わたしサッカーが好きなの。でも、出来ないんだよ...。だから辛くて、好きだからこそ憎んでしまいそうなんだ」


「なまえお姉ちゃん...」

「だから、お願い..。止めろなんて言わないでね。明日、三分だけだからさ...」



何か言いたそうな春奈ちゃんに背を向けて、歩き出す。

涙で目を潤ませる春奈ちゃんの姿を容易に想像できる。
春奈ちゃんはやさしくてしっかり者だから、わたしたちのどちらも傷ついてほしくないのだろう。
でももう、わたしたちはもしかしたら傷つき切っているのかもしれない。
磨りガラスのようにざらついた心で、お互いを縛り付けているのかもしれない。


(でも、だから、)






くるりと振り返るとやはりそこには目に涙を溜めた春奈ちゃんがいた。




「だってさ、わたし馬鹿なんだもん!」





そんな姿を見たらどうしてもこう言わねばいけないような気がした。
極力明るく、極力彼女の気持ちが晴れるように。



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