休憩時間に皆それぞれドリンクやタオルを貰いにフィールドから上がって行く。
俺も例外ではなくそうするためにフィールドから出て行った。


今日は暑い。
照りつけるような太陽の下でボールを追いかけることは楽しいが、余計に体力を奪われてしまう。
十分に水分補給しなければ熱中症で倒れてしまうかもしれない。
一流の選手になるには体調管理だって怠っていられない。


...しかし。


果たして自分は一流の選手になれるのだろうか?
恐らく...十中八九無理だろう。
俺自身がサッカーを続けたくても、それ意外を望む人間が、いるのだから。
俺はあの人の...父親の願いに背を向けることはできない。
第一に、妹のことも、ある。


こうしていると、俺自身の望みは一体なんなのだろうかと迷う時がある。
このままサッカーを続けることなのか、父親に望まれた俺になることなのか。
果たして。




『みんなに気持ちよくサッカーしてほしいだけ』




みょうじの言葉が頭の中に響く。
彼女だって、本当はサッカーを続けたかったはずだ。
なのに、彼女自身ではどうしようもない
悲しそうな目でそう言った。





彼女の場合。
それは本当に自分の力ではどうにもならないことだ。
怪我をしてしまった足は...もう元にはもどらない。
彼女がいくら努力を重ねたって出来ないことは仕方がない...。
だが、自分の場合はどうだろうか?
サッカーを続けようと思えば出来るのではないだろうか?
父親に反発して、続ける決意をつたえる事が出来るのではないだろうか?

僅かな葛藤。
だが、わかっている。自分にはそんな勇気もないことぐらい、わかっている。
サッカーだって、本気で好きなはずなのに。
俺は、俺自身の気持ちと、父親と対峙することを畏れている。
そんな情けない俺自身を知っている分、あれだけ気高くいられるみょうじがとてもまぶしく思えるのだ。










「...みょうじのやつ、また不動に連れられてたな」

「んー...最近不動くんなまえちゃんにご執心らしいね」

「こないだだって不動に連れて行かれてだろ。俺だってあの日狙ってたのに」

「迷惑かかってるのはみんな同じだよ。僕だって困ってるんだから」

「仕方ないか。あいつ馬鹿だしな」

「そうそう。しょうがないよ」




突然耳に入ってきた風丸と吹雪の会話にハッとする。
どうやら二人の会話の中心人物は、先ほど俺の頭にあったみょうじのようだ。
会話の内容は、みょうじを馬鹿としながらも彼女が居なくて多少困っている様子のもの。

前から思っていたが、なぜ彼女は馬鹿にされなければならないのだろうか。
あれだけ気高くて綺麗なみょうじが、なぜ、バカと呼ばれなければならないのだろうか。
あいつらは恐らく、みょうじがどんな気持ちで俺たちを応援しているか知らないはずだ。....みょうじの過去の事だって。


そう思うと無償に腹が立った。




「おい」

「あ、豪炎寺くん」



「何でだ」

「何でって何が?」

「何でお前たちはみょうじを馬鹿にする」

「...豪炎寺、知らないのか?」

「なんだと...」







「あいつ、身体売ってるんだぜ」









風丸から放たれた言葉に思考が停止する。
身体を?売っている?あの、みょうじが?





「どう、いう...」

「そのまんまの意味だよー。このチームについてくためにフーゾク嬢まがいのことしてるってこと。ほら、サッカーチームなんて基本男所帯だし、フラストレーション溜まるでしょ?士気向上もかねて、鬼道くんが指示してるって噂もあるけどね」

「デタラメ言うな!」

「悪いな、豪炎寺。吹雪が言ってることは嘘でもデタラメでもない。現に俺も吹雪もアイツに世話になったことがあるからな」

「僕たちだけじゃないよ。チームメンバーほとんどしてるんじゃない?」

「ああ。逆に俺は豪炎寺が知らない方が驚いた」

「僕も」





衝撃的な会話の内容に聴覚が遮られて行くような感覚がする。
二人はお互いの言葉を否定する事もなく、
みょうじの姿を暴露していくように言葉を並べていく。





「そんなはず、ないだろ...」

「まだ信じられないのか?」

「まさか豪炎寺くんなまえちゃんのこと好きになっちゃったの?」

「まあ見た目は可愛いからな、アイツ」

「見た目はね。でも止めておいた方がいいと思うよ。なまえちゃん、馬鹿だから」




やっと絞り出せた言葉でさえ二人に否定されていく。
信じられないと思う気持ちと平行するように、二人の言葉に悪意が籠っているように思える。
風丸も吹雪もみょうじの過去を知らない。
だからこんな事が言えるんだ。





「お前らっ...!みょうじがどんな気持ちで....!」




サッカーを見ているのかわからないのか。
俺たちを応援しているのかわからないのか。

そう続けようとして言葉を噤んだ。
きっとこう反論したところで彼女は真実を知られることを望んではいない。
むしろみょうじの立場を悪くしてしまうだけだ。




すると今度は鬼道への怒りが心の底から湧いてくるのがわかった。
鬼道がみょうじにさせている?士気向上のため?
ふざけるな。
鬼道は知っているはずなのに。
鬼道はみょうじと共にサッカーをしていたというのに。



あの寂しげな悲しげな表情も、気高い笑顔さえも全て否定する気なのか。
彼女の想いでさえ。




「...嘘だと思うなら試してみればいいだろ」

「そうだよ。きっとすぐわかるよ」





"どっちがシンジツか"




二人の残酷な言葉と共にこの場所に取り残される。
気がつくと休憩終了の声と共に、建物から不動とみょうじの姿が見えた。









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