『何か重たいものを背負っている』なんてことは誰にだってあるものだ。
だが重たく感じる尺度が万人に共通するかというとそうでもない。
例えばあるヤツには何でもないことでも他のヤツにはジサツするレベルで重たい出来事だって、ある。
みょうじが背負っているものは俺からすれば、重い。
俺自身も昔なにかあったかと言えば無い方では無いのだが。
ただその重しになっている出来事が現在の人格に影響を与えてしまうなんてことはよくある話で。
...昔は俺もアイツも、今のようでは無かったはずなのに。
昔一度だけ試合でみょうじと競り合ったことがあり、
その時は一度もアイツからボールを奪うことが出来なかった。
当のみょうじ自身は忘れているが俺は女に負けたという屈辱と、その時みょうじとペアを組んでいるようにプレーしていた鬼道に対する嫉妬で、アイツの事を忘れたことは無かった。
ペアを組んでいる相手に対して嫉妬してしまう程に、フィールド上のみょうじなまえという人間は輝いていた。綺麗だった。
初めて会ってから三年程経った今でもみょうじは確かに綺麗なのだが、初めて見たときのような生き生きとした表情はなく、サッカーする鬼道を見詰めるたびに深い哀しみに溺れたような目をしていた。
笑顔だったとしてもどこかで目が死んでいる。
そんな印象を受けた。
どうやら『故障をした』という噂は本当らしかった。
深い哀しみに溺れたような目は、笑顔が笑顔じゃないあの顔は、
...どこかで自分の母親を連想させる。
事業に失敗した父親を恨みながら明日を迎える不安に苦しみながら、
母親は毎日呪うように俺に『偉くなりなさい』と言った。
いつの間にかに俺の父親であり母にとっての夫だった人物は他人になっていたのだ。
そのことがあるまでは昔は俺も、純粋にサッカーを楽しめた。
何も考えずに、条件抜きでサッカーが好きだった。
しかし、
毎日母親に『偉くなれ』と呪われ、
サッカーでさえ成り上がるための道具になってしまった。
そんな、錘のような出来事を俺もみょうじも抱えている。
昔は俺もみょうじも純粋にサッカーが好きだったはずなのだ。
最初は嫉妬や敵対心からだったアイツへの興味も、今は何か別のものに変化している。
見るたびに思い詰めたような表情をするアイツに俺は自分の過去を重ねてしまう。
ここにあるのは『共感』ではなく俺からの一方的な『同情』のようなものなのだ。
「...監督が、明日三分だけ試合に出ろって...」
「何故それを俺に言う?」
「...」
「俺がそれを止めるとでも思ってんのか?」
「...そうは、思ってないけど」
「お前の大好きな鬼道クンに言えばいーじゃん?アイツなら必死になって止めるだろうよ」
「そうだけど...」
「俺に相談してる時点で答えは出てるんじゃねーの」
「....」
あの時...俺が初めてみょうじを抱いて以来、なんとなく俺と関わりを持つことを避けていたこいつだったが、今日ばかりはなぜかベンチにいた俺の隣に座ってきた。
今は休憩時間中で、鬼道は見当たらない。
みょうじは監督に言い渡された事に戸惑っているようだった。
おそらく出るべきか否か迷っているのだろう。
故障して以来サッカーをしていない事へのブランクの不安か、はたまた手術した足そのものへの心配か。
「...行くぞ」
「行くって」
「シャワールーム?」
「休憩、あと20分もないけど」
「上等じゃん」
力なく下がっているみょうじの腕を掴んで無理矢理立ち上がらせる。
俺を見上げる目はまだ光を失っていた。