まぶしい。
グラウンドが、まぶしい。サッカーをしているみんなが、まぶしい。
単にみんなががんばってて輝いてるから、とかじゃなくて
羨ましいから、まぶしい。

豪炎寺くんに『気持ちよくサッカーしてほしい』なんて言ったくせに、
本当は自分もサッカーしたくてしょうがない。羨ましくて、しょうがないのだ。



(足さえ...)


もう何年もまえに塞がったはずの手術の痕がうずく。
いや、手術の痕ではなく手術の痕の奥の...膝の芯のようなところだ。

フィールド上を駆け回る皆の姿を見て、
『もし足に怪我さえしてなければ』という思いが浮かんでは消える。
無意識のうちに膝を擦っていたらしく、左だけニーハイソックスが下がっていた。





皮肉なものだと思った。
わたしがいなくなってからもジュニアチームをぐんぐん引っ張って行った有人はあの名門の帝国学園に推薦されそこに入学した。わたしも怪我さえしなければ有人とそこに行く予定だった。

しかし、直前で故障してしまった。選手として、つかいものにならなくなった。
当然名門たる帝国学園には不要な存在だ。

だからわたしは雷門中学に入学した。
昔は凄かったらしいが、わたしが入学する前後はサッカー部は廃部寸前だったからだ。
廃部寸前のサッカー部なら、きっと練習だってままならないと思った。

練習にいそしむ部員達を見て羨ましい思いをしなくて済む。
こんな忌々しい気持ちにならずに済む。



しかし、廃部寸前だったサッカー部に円堂くんが入った。
ジュニア時代から有名だったエースストライカーの豪炎寺くんも入った。
結局有人も雷門に来てしまった...。



...最終的に、雷門イレブンを中核とするようにイナズマジャパンが出来上がり有人はわたしをここに連れてきた。
『これでお前を世界に連れて行けるから』と。





有人は知らないんだ。
わたしがどんな気持ちでサッカーを見ているのか知らないんだ。
もう昔みたいに楽しいって思いながらサッカーを見る事なんてできないのに。
わたしの"身体"のことはよく知っていても、"気持ち"までをわかっているわけじゃない。


確かに世界に行くことは私の夢だったけれども。
...フィールドに立てなければ意味が無い。


だけど有人を責めることは私にはできない。
有人がわたしに対して後ろめたさを感じていることを知っているし、
"怪我をさせてしまった"という気持ちは、わたしがいくら平気だと言ってもあの責任感の強い有人の中には固く残り続けているのだ。
有人を罪悪感でがんじがらめにしてしまっているのは、他でもないわたし。




...もし、怪我さえしていなければ、わたしもフィールド上に立てただろうか。
皆とサッカーすることができただろうか。有人を、縛らずに済んだだろうか。
わたしは今、グラウンドの隅に張られた日よけのテントの下にいる。
そこのパイプ椅子に座って、太陽の下でボールを追いかける皆を眺めているだけなのだ。
地面に落ちるテントの影だけが、わたしの動ける場所のように思えた。
光と影でぱっくりと仕切られている。境界線が、ひかれている。



もしこの境界線を越えていけたら、どれほど幸せなのだろうか。







「まだ痛むのか...」

「あ..え...?」



突然頭上から声がかかり、びくりと肩を振るわせる。
声がした方に顔を向けると、フィールドを眺めたまま腕を組んで立っている久遠監督の姿があった。
髪の毛で隠された目元からは表情がまったく伺えない。


「何、ですか...」

「...」

「...」


沈黙が走る。
どちらかというと寡黙な方の久遠監督が、無理矢理何かを聞き出すような事は無いように思えた。しかし、流れた沈黙は『何かを喋ろ』と言っているようだった。
正直、気まずい。



「...」

「...」

「...みょうじ」

「は、はい...」

「明日の練習は、試合形式にする」

「はぁ...」



今度はわたしに視線をあわせてじっと見詰めてくる監督。
無言の圧力に気圧されそうになりながらも、なんとか視線をそらせた。
また沈黙が流れ、静かになったテントの周辺を少し遠くから聞こえてくるみんながフィールド上に駆け回る声がわたしと監督を包む。

視線を反らせても、監督のわたしを射抜くような視線は消えない。



監督には、昔わたしがサッカーをしていたことは言っていない。
けれど、イナズマジャパンについていく事を許可したのは他でもない監督である。
普通に考えてマネージャーでもなんでもない女をジャパンメンバーに同伴させることはない。
いくら有人の...チームの要である選手きっての願いだとしても、叶えられることはないはずだ。
それを二つ返事でよしとしたのは、監督はわたしがかつて有人と一緒にサッカーをしていたことを知っていたからだろう。そして、故障をしてピッチに立てないことも全て知った上で、了承したのだろう。




「三分だ」

「!」

「明日...三分だけ、試合に出ろ」

「そ、れは...どういう...」

「...」

「...」





あまりに唐突なオファーに身体が硬直する。
監督は何も答えてくれない。

三分?試合?

状況があまり飲み込めない。
しばらくしてやっと明日自分の身に起こるであろう出来事を飲み込むと、
わたしの全身から、どっと汗が吹き出した。






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