「チョコくれないのか?」

「は?」


朝から女子も男子もそわそわしていて、何事かと思った。
私に至っては、たった今佐久間に言われた時点で漸く気がついた。




「あー、もしかして今日バレンタインデー?」

「そうだけど!?」



こんな乙女で良いのだろうか。
仮にも自分は思春期真っただ中、青春爆層中の年齢じゃなかっただろうか。




「すっかり忘れてた...」



あんぐりと口を開ける私に、佐久間はドン引き、という顔をしてみせた。
今日がバレンタインデーだと忘れていたわけだから、当然佐久間に渡すチョコも持っていない。
...ていうか何貰える前提で話すすめてんだよ佐久間このやろう。



「意外と女の子じゃないんだな」

「どういう意味だね」


言っておくが私は正真正銘の女だ。
女だけど...女だけどチョコは持っていない。




「そんな訳で超ごめん。私今チロルチョコすら持ってないんだよね...。てかさ、佐久間は他の女の子から貰えたんじゃない?モテるんだから」

「ほ、ほしい奴から貰わなきゃ意味ないだろ!!」

「私のチョコがそんなに欲しいの?」

「だって、ほら...そのっ...!あー、もう!」




慌てる佐久間の顔はなぜか真っ赤だった。
こんなに吃る佐久間なんて初めて見たかもしれない。ちょっと面白い。
何か言う言葉を探した後に、佐久間はぴょい、と私に何かを投げてよこした。



「チョコ...?」

「やる!」

「いやいやいや意味わかんない」

「お、お前が...!チョコももってない可哀想なやつだからやるんだぞ!可哀想だからな!」

「確かに今は持ってないけどチョコぐらい買えるし!人を勝手に貧民みたいにすな!!」



ぎゃーぎゃーと言い合いをする私たちは本当に滑稽かもしれない。
かたやバレンタインデーを忘れた女と、バレンタインデーにチョコを渡した男。
理由が理由だけに、言い合っている当人である私でさえ笑えてきた。




「ふふっ」

「な、何笑ってんだよ!...本当に鈍いんだな、お前って」

「鈍くない!佐久間が意味分かんないだけ」

「だからさぁ、」








「好きなやつから、チョコ貰いたいんだって!」






「...まじ?」

「普通、こんなタイミングで嘘つくかよ」

「つかない...と思う」

「ばーか」




佐久間にもらったチョコレートは、結局放課後に二人で食べた。
『逆チョコになっちゃったじゃねーか..』と彼は悪態を突いたけれど、どっちにしても佐久間は私にチョコを渡す為にちゃんと用意していたらしい。
それを考えると申し訳ないけれど、チョコレート売り場をうろうろする佐久間を想像するとやっぱり笑えた。



「ありがとう」

「お、おう」




多分照れている彼の口元にはチョコレートが僅かについていて、それを舐めとると案の定佐久間は真っ赤になってそっぽを向いた。
そっぽを向いていてくれてよかった。でなければ私の真っ赤な顔も見られていただろう。


来年はちゃんと、チョコを渡そう。





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