プールの匂いがする。
いや、プールに入った後に青青とした草原に寝転がった時の匂い。
人間的な、あまりに人間的な匂い。
「飲め」
「はい、デザーム様」
口元に差し出された肉の棒を、包むようにして口に含む。
その時に口の中に広がる人間的な匂いは、私たちの"過去"を思い出させる。
いくら宇宙人であろうとしても、根源的なヒト科の匂いは消えようとしないのだ。
そう、今から口に流し込まれる液体の中に刻み込まれたDNAの螺旋、ヒトの証。
人間の証。
命をなすことのないそれを注がれるままに飲み込む。
もし私の胎にこの白く濁った液体が流し込まれれば、恐らく一つの命が誕生したのだろう。
ヒトの中にヒトが。新しい命が。
人間が。
私の身体の中に。
「地球人は全く野蛮だな。生んで殺して...、そんな行為を繰り返してばかりいる。殺してしまうなら生産するだけ無駄というものだ。だったら最初から生み出さねば良いだけの話ではないのか」
「ふぐ、むぅ...」
「お前も、そう思うだろう?」
「んぅうう...」
たとえ受精すれば新たな命が形成されるとしても、デザーム様はそれをしようとはしない。
デザーム様は命が宿ってもすぐに殺してしまうようでは何の意味もない、よって命を作らないセックスは不要。と考えていらっしゃるからだ。
つまりセックスをしないということは、お互いの性器を混ぜ合わせることなく終了するということ。
いつものように口の中に出されたその液体をやっとの思いで飲み干し、
幾分か柔らかくなったデザーム様の芯を下で拭うように綺麗にする。
私が飲み下した液体の中で蠢く小さな小さな小さな命の種に、尊敬と謝罪の意を表した。
デザーム様の遺伝子は、私の身体の中で、胎に届くことなく消化される。
ただ私に飲み込まれるためだけに出された一つ一つの種が、私にはとてつもなく愛おしいのだ。
「切ないか?」
「は、い...デザーム様...」
デザーム様の慰みをすると同時に、私の身体の奥も熱くなってゆく。
股に感じる粘着質な液体は、デザーム様のそれとは違ってほとんど透明だ。
ただ肉の棒を銜えて舐めて飲み干した、それだけだと言うのに私の身体は快楽を求めて勝手に加速してしまう。
「お前は本当に、野蛮な地球人そっくりだな」
薄く笑うデザーム様の首もとから、マフラーのように巻かれた髪の毛がさらさらと落ちる。
デザーム様は、その股座付近に顔を寄せていた膝立ちの私の肩をゆっくりと押して床に組み敷いた。
「あっ、デザーム、さま!」
「これほど濡らして、一体どういうつもりだ?」
まさか私と交わりたいわけではあるまい?
と耳元でいやらしく囁きながら、デザーム様は私の下半身をまさぐった。
ゆっくりとデザーム様の指が亀裂を上下に撫でる度にぐちゃっ、くちゃっ、とはしたない音を鳴らすこの身体が、少しだけ恨めしい。
「お前など地球人のモノでも銜え込んでいれば良い」
「っ、ぁ..ぁ、あうっ!」
「快楽に溺れて...」
「やぁっ、デザームさま! でざー、...ひっ..あ..、」
「獣のように腰を振って....」
「あっ、あ、ぁっぁ、ああっ」
「喘いでいれば良いのだ」
はしたなく透明の液体を吐き続ける穴の少し上の、主張するようにふくれあがった肉の芽を細かくはじかれるたびに足が震えた。
この、なにものも成さない純粋な快楽が私を人間たらしめるのだ。
宇宙人でありながら、地球人に近づけてゆくのだ。
一度のキスも交すこともなく。
一言の愛の言葉をささやくこともなく。
ただ純粋にお互いの欲情を淡々と処理する、無生産きわまりない此の姿。
「もしお前も私も地球人だったら、お互いが混ざり合う歓びに声を上げて喘いだのだろうか」
ああ、残念ながらデザーム様。
この非生産的で愛も言葉も求める事なく、ただお互いの性欲を処理していく此の姿はあまりに人間らしい。
あなたが野蛮だと評価した地球人の行いに、皮肉にもよく似ている。
生産した後に生産したものを廃棄する、その無駄を嫌う感情ですら、あなたがこの地球で生まれ、地球で暮らしたことを証明しているのです。
こうしてセックスまがいのことをするのは、あなたが地球人じゃないからじゃない。
あなたが宇宙人だからでもない。
あなたが砂木沼治という一人の人間、地球人だからだ。
そしてあなたが欲望を突き立てようとしないこの身体ももちろん地球人の身体で、
つまりわたしも人間なのだ。
あなたの吐き出した種の一つ一つを愛おしいと感じてしまう、あまりに人間的な感情を持ち合わせた一人の人間なのだ。
何一つ特異なことなどないただの男と女の身体。
快楽を淡々と享受する二つの肉体。
ああデザーム様。
あなたは。
人間合格
戸/川/純/の楽曲より。
この小説内では人間と地球人は同意語です...