昨日今日もうめちゃくちゃ。トラフィック運最悪で、深夜3時のブリクストンに携帯無しで放り出されるし最後の最後でヴィクトリアラインもやってないしバスの中でおじさんに肘鉄されるしもう本当に。疲労困憊ディスコミュニケーション。







イングランドからアメリカにすっとんできたというのに。
疲れてるのに。
地球の端っこから端っこまでお尻が痛くなる飛行機で来た、そんな感じなのに。






「なんでわたしは今マークに胸を揉まれているんだろうね?」

「思った事が口に出たって感じだね」

「もう!わたし今疲れてる!あのね、明後日マークの大事な試合だって聞いたからわたしイギリスからすっ飛んできたのよ。で、マークに会えたのはとっても嬉しいんだけど、どうしていきなり後ろから胸を揉まれているのかしら?理解に苦しむよ」

「ああ...寂しかった、ナナシ...」

「あなたには是非話を聞くというスキルを身につけてもらいたい」






わたしが生まれたのはイギリスだが、小学校中学校はアメリカで過ごした。
その間にマークと仲良くなったのだが、ハイスクールに通っている途中、両親の都合でイギリスに帰らなくてはならなくなったのだ。
当然マークともお別れ。その時マークは顔を強ばらせてわたしの裾を掴んで離さなかったし(まるでだだっ子のそれのようだった)、ディランはボロボロ泣くしで大変だった。わたしまですごく哀しくなってしまった。

その過程を経ての久しぶりの再開なのだからもうちょっとぐらい感動的であってもいいと思う。
感動的な再開を夢見たっていいじゃない。
なのに現実では、わたしは背後から胸を揉まれているというなんとも情けない状況にある。





ついでにここは人通りの多い空港のロビーだ。










「おっぱい大きくなったね」

「公然の場でセクハラするもんじゃありません。あれ、ディランは?」

「君が来る事を教えてない」

「ひどっ...ディランに会いたかったのに。マークがディランにも教えているものだと思って連絡しなかった」

「二週間は滞在してるんだろ?だったらいつでも会えるじゃないか」




それと俺だけじゃだめなの?と、マークはわずかに寂しそうな声色で言った。
後ろに居るから顔は見えないけど、恐らく眉毛を少し垂らしているのだろう。
わたしは決してそういう事が言いたいんじゃない。
そんな哀しそうな声をされたらまるでわたしが悪者みたいじゃないか。
でもとりあえず胸を揉むのはやめろ。








「今日は二人だけで会いたかったんだ」







ようやく胸を揉む手を離したマークがわたしと向き合うように立った。
まだ一年と離れていなかったはずなのに、久しぶりに会ったマークはずいぶんと大人っぽくなっているように思えた。




「背、伸びたね?」

「成長したのはナナシの胸だけじゃないよ」



だまらっしゃい、と手持ちの鞄を振り回したら見事にマークの横っ腹にヒットした。
ちなみにスーツケースに入らなかった分のイギリス土産でいっぱいの手持ち鞄はそれなりに重い。
予想外の攻撃だったのかマークはよろめいてうめいた。ごめん。
でも変な事を言ったマークが悪い。



「痛いじゃないか」

「わざとだよ?」



嘘。本当はこんなに威力がでるなんて思ってもなかった。





「ディランは悔しがるだろうね。俺が一人でナナシを迎えにいったなんて教えたら」

「どうして?ていうか教えなかったのはマークでしょう」

「お姫様は取られたくないだろう?」

「...アメリカン・ジョークはよくわからないな」

「イギリスよりアメリカで育った期間の方が長いくせに」





痛みに耐えるようにしてすこし前屈みになっていた彼が突然姿勢を正してわたしに迫る。
突然抱きしめられて耳元でささやかれた。
久しぶりに嗅いだマークの匂いに安心してしまったなんて変態みたいで絶対に言えないし、言ってやらない。(変態はマーク一人で十分!)
昨日今日とちょっとツいてなくて心細かったのにマークに会ったら運の悪さなんてどうでもよくなったなんて、絶対に、言わない。
そんなこと言ったら何されるかわかったもんじゃない。




「あれだけ痛がってたじゃない...」

「わざとだよ?」



さっきわたしが言った言葉を返される。
『ちょっとでも痛がったフリをしたら、ナナシが優しくしてくれるかなって思ってさ』なんて馬鹿馬鹿しいことをささやく君にちょっとときめいてしまったのは、一生の不覚だ



ときめいていたのもつかの間、するすると腰を撫でる手つきに思わず絶句した。



「何をしているのかな」

「んー?痩せたな、と思って」

「基本フィッシュアンドチップスで油っぽいけど、アメリカの食事よりちょっとはヘルシーだからよ、きっと」

「食文化なんてそうそう変わったもんじゃないだろ?」

「いやー、離れてみてわかるアメリカの一食分のカロリー、って感じ」

「そうか」

「わかったら腰なでるの止めてね」

「やだ」

「大変恐縮ですが、手の動きをお止めになって頂けませんか?」

「...」




嫌みったらしくクイーンズイングリッシュを使って言ってやったら、ぴたりと腰を這い回る手の動きが止まった。代わりにマークは唇をつんと尖らせて拗ねたような表情をする。
イギリスではこの遠回しな言い方が丁寧であるのだ。アメリカ人からすればただ長ったらしくて回りくどいだけだけど。
マークはわたしがイギリス英語を使うのを嫌う。
以前なぜかと聞いてみたことがあるけど『ナナシと俺との間に壁があるみたいじゃないか!』だそうだ。
何処まで真実かはわかりかねる。



「いいじゃないか、久しぶりに会ったんだから。本当はキスだってしたいぐらいなのに...もちろんディープの」

「お断りします」

「久しぶりに会えたのに、ナナシは嬉しくないの?」




再びぎゅうっとキツく抱きしめられる。

嬉しくないわけがない。
久しぶりに会えた大好きな人を前に嬉しくならない女がいるだろうか。
ただ状況が状況だったから素直に言えなかっただけなのだ。
その辺の女心を分かってもらいたい。


「嬉しいに決まってるでしょう。わたしだってマークに会いたかったんだもん」

「本当?本当だね?」

「もちろん」




パッと顔を明るくしてわたしの頬にキスの嵐。
あまりの熱烈な歓迎にちょっと驚いてしまったが、それも悪くない。



「こっちに居る間は俺の家に泊まるんでしょ?」

「うん、悪いね。シティホテルいっぱいだったから」

「全然。母さんも歓迎してたよ」

「あ、おばさん元気?」

「元気だよ、ナナシが来るのを楽しみにしてる」





久しぶりに踏んだアメリカの地は、異国というよりもホームグラウンドに近い。
受け入れられている空気に、わたしはほっと胸をなで下ろす。




「あ、でも今晩は両親ともパーティがあるから出かけるって」





『夜、覚悟してなよ』と、いたずらっぽくマークが笑う。





わたしの鞄が再びマークの脇腹に命中するまであと0.5秒







あみ様リクエスト
マークで変態!マークで変態!マークで変態!と思ってかいてみたら
『変態ギャグ』であったことを思い出しました...あんまりギャグっぽくないですね..申し訳ないorz
リクエストありがとうございました。