好きだってことは、実はたいしたことじゃない。
好きな人が本当は死んでても、気づかない人が沢山いると思う。
それは、好きな人が死んでもなお、その人を一生愛し続けるみたいな話にそっくりだ。



たとえば。
あたしは豪炎寺が死んでも、豪炎寺を好きでいるだろう。







将来きっとあたしたちは会うことはない。
みんながそれぞれの道に進む。
豪炎寺はドイツに行ってお医者さんになってるのかな?それともサッカー選手?
未来でのあたしは、何をしているのかな....







「それはあんまりじゃないのか」


横に居た豪炎寺が苦笑いをする。
綺麗な夕焼け、帰り道。
一通りあたしの言葉を聞き終えた豪炎寺は、穏やかな、それでも少し悲しそうな顔を向ける。








「みょうじと俺が共に生きる選択肢はないのか?」

「...あったらうれしいけどね」

「なぜ希望を自分で否定する」

「だってさ、豪炎寺はきっと凄いヒトになっちゃうよ。あたしなんて、眼中に入らなくなってしまうぐらい」

「そんなことないさ」




"気がついたらみょうじはもっと高嶺の花になっているかもしれない"と豪炎寺は言う。
その、あまりにもあり得ないような言葉にあたしは僅かに笑みをこぼした。
僅かに縮んだ距離と、もうすぐで触れ合ってしまいそうな指先がもどかしい。
このまま指を絡めてしまおうかと躊躇する。





「高嶺の花だなんて、もったいない言葉よ」

「そうか?」

「高嶺の花っていうのはさー、もっとこう...夏未ちゃんとかに使うべきなんじゃないかな」

「まあ...あいつは、そうかもしれないが...」

「でしょう。きっと将来の豪炎寺に似合うのは、そんな感じのヒトだよ」




本当は絡ませたい指を引っ込めて、ふたたび距離をあける。
どうしよう。
もしかしたらあたしは、本気で、本当に豪炎寺が好きなんじゃないかなあと思う。
積極的になれない程に。遠回しに別のヒトを勧めてしまうほどに。
好きという、漠然として茫漠で、単純ですごい感情を持ってるとしたら

あたしは。





「未亡人になってしまうかも」

「今度は何だ、急に」

「結婚しなくても、豪炎寺のことずっと好きでいて、豪炎寺が死んだのを知らなくても、きっとあたしは豪炎寺のことが好き。だから、夫...亡くなったヒトを想い続ける未亡人」

「....」

「それはなんだか、悲しくなくて、すこし嬉しくて希望があることのような気がする。
そうなると大した事ない反面、好きというのはすごいことだね? 簡単で、あっけなくて、強固だったりする。 」

「勝手に俺を殺さないでくれよ」

「ごめんごめん」




あははと作り笑いを浮かべ、豪炎寺の数歩先を駆ける。
さっきまで指が触れ合いそうな程近かった距離が、ますます広がった。
あたしは沈みかけた太陽を目の前に歩く。
豪炎寺から見ると逆光で、あたしの背中は真っ黒に見えるのかもしれない。



「ナナシ」



めったに呼ばないあたしの名前を豪炎寺が呼んだ。
ほんのすこしびっくりして、太陽に向かって歩く足を止めると、左手の指になにか暖かいものが触れた。
すこし乾いた、しなやかでいて男っぽい指の感覚。



「ごうえ、」

「ナナシ....」



触れるどころか、指と指が絡み合い、ついに手のひらも重なる。
後ろから、豪炎寺の右手が伸びてきて、あたしの腰に絡まった。







「離別のことばかり、考えるな」

「...」

「あえて言うなら、だ。俺だってお前が死んでもきっとお前を、ナナシを好きでいる。
たとえ死んだと知っていても好きでいるし、進む道が違ったって好きでいる」

「...うん」

「これから先はどうなるかはわからない。それは俺もナナシも同じ事だ。でもそうだとしても俺はナナシと一緒に生きることは諦めない。どうせお互い好きなら、一緒に居た方がいいんじゃないか?」

「!」




耳元に豪炎寺の暖かい息が当たってぞくぞくする。
背中から豪炎寺の熱が伝わってぞくぞくする。
こんなに暖かい感情に包まれているのに、なぜあたしの身体は震えるのだろう。




「俺にもナナシにも、これからがある。ドイツに行くか、サッカーを続けるかもわからないが、どっちにしたってナナシに傍に居てほしい」

「...!、うん」





あたしはゆるりと腰にまわされた腕と絡まった指をといて豪炎寺に向き合う。
夕焼けのせいなのか、豪炎寺の顔は少しだけ赤かった。

もう一度どちらともなく指を絡ませ、キスをした。





赤い光に照らされたあたしたちは、悲しい話をするには幼すぎる。




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