決別の日は案外早くやって来たと思う。


少しまえから、あれだけ一緒にいる時間を作ろうとしていたヒロトが姿を見せなくなっていた。

そのかわりに目の前に居る宇宙人たち。
ごうごうと吹く風と暗雲立ちこめる空。愕然としているキャラバンのチームに対峙している彼らは本当にヒトではない何かのような、圧倒的な力を見せつけていた。



真の嘘つきは、








「ヒロト」




背を向けて歩む一人の、赤い髪を逆立てた彼がヒロトであると確信を持っていたわたしは、震える声を押さえながら呼び止める。


振り返ったヒロトの顔は少し悲しみにゆがめられていたように思えた。
寒気がした。







「―…いつから知ってたの」

「さいしょから…」



久しぶりに聞いたヒロトの声が敵として対峙する時だなんて悲しい。
髪の毛を逆立てた..."グラン"として立っているヒロトが、溜め息を吐きながらわたしを見据える。
基山ヒロトは、基山ヒロトではなくなっていた。




「どうやって知ったの…ナナシ」

「なんとなく…君は他人行儀すぎたんだよ」

「うまくやってきたつもりなんだけどね…残念だよ」





なにが残念なのか、理解しかねる。
分かり合えなかったことか、騙し切れなかったことか。



グランが...ヒロトががゆっくりとわたしに近付く。
数メートルの距離がぐんぐん縮まり、今は目と鼻の先だ。





「ナナシ」

「ヒロ、ト…」

「俺たちは父さんのために、こうして任務を遂行している。もし俺たちに非協力的な態度を取るならば、君を消さなきゃいけない」

「…」

「それがエイリア学園…ジェネシスだ」



そうか。彼はエイリア学園の人だったんだ。彼らの"父"のために何をしているのか、わたしにはわからないし、聞いたところで教えてはくれないだろう。
ひとつだけわかった事は、エイリア学園の..ジェネシスのキャプテンだということを隠し続けていたのが、あの嘘の態度の原因だったということだ。
さっきの言葉といい、もはやわたしの知ってる優しい彼ではなかった。

今、ヒロトがわたしを見る目は酷く冷たい。



「じゃあ…今まで守と仲良くしてたのも嘘なんだね?」

「うん」

「じゃああれだけ楽しそうに守とサッカーをしていたのも嘘?」

「うん」

「わたしと一緒に居たいっていうのも?」

「…そうだよ」



ああヒロト。
わたしはこのめったに役に立たない直感のせいで、貴方が言った言葉のなにが嘘で何が本当かなんて、すぐにわかってしまう。
貴方を試してみたわけじゃないけれど、ヒロト。
わたしはわざと知らないふりをしたんだ。



「きみは"最初から"わかっていたと言ったけど…」

「うん」

「じゃあ聞くけど…きみが言った、"傍に居たい"と言うのも嘘?」

「ちが、うよ…あの時、本当のことだって言ったじゃない」

「俺が本気でないことに気付いていたなら、なんでそんなことを言ったの」

「嘘でも…幸せだったからだよ。単に、わたしはヒロトがああ言ってくれて、本当に嬉しかった。」

「嘘でも?」

「うん」





うまく笑えただろうか。冷たい瞳に射抜かれて緊張してしまい、滑舌さえ悪くなっていたのに。
顔の筋肉がつりそうだ。



「ナナシ、もしきみが俺たちに協力して、父さんのために働いてくれるのなら―…」

「ヒロトの言う"父さんのため"は、難しすぎてよくわからないな…」

「…」

「どの道わたしを消さなきゃいけないんでしょう?」

「ナナシ、」

「…わたし、幸せだったんだよ…」

「…」






僅かな沈黙の後、ヒロトがさらに距離をつめて、わたしを軽く抱き締めるようにして立った。
別れの慈悲か、それとも同情か。
これから来るだろう痛みと衝撃に備え、わたしは目を閉ざす。
さようなら世界。
だいすきなヒロトに殺されるなんて、酷い仕打ちだけど。本当は失神しそうなくらい怖いんだけど。
でも

貴方のためなら平気です。



「もういいよ…」

「ナナシ、目、開けて…」

「え?」

「、」

「! んぅ、」




わたしの口から、くぐもった声。
予想だにしない展開に、思わず目を見開く。
震えるわたしの体をヒロトががっちりと抱え込み、動揺した唇を割ってヒロトの舌が侵入する。口内でなにか別の生き物が蠢いているようでゾッとしたが、世界が綺麗な色で見えたりもする、不思議な口付け。
頭に響く水音が恥ずかしくて、わたしは必死になってヒロトの肩を押した。



「っは、」

「あぅ」



ごくりと唾液を飲み込むと共に、喉を通る異物感。その時になってようやく、何かを飲まされたということに気がついた。
毒薬か何かだろう。
楽にしねるように、ヒロトなりに考えてくれたんだろうか。
次第に頭がぼんやりとしてきて、体中の力が抜けた。目も段々かすんで、ヒロトがぼやけて見える。
わたしは遂にその場に崩れこんだ。相変わらずヒロトが冷たい目でわたしを見下ろしている。
全身の力が消え去り、体が動かせなくなり、意識が朦朧とし…ああこれが死ぬってことなんだろうか。
でも、最期にどうしても伝えなくちゃ。



「ひろ…と…」

「…なに」

「あのね…、わ…たし…、嘘…わかるんだ…」

「!」

「だか…らね…、ヒロト…わかってた…よ…。ヒロトが…」


もう口を動かす余力もなくなり、瞼が完全に世界を閉ざす。
ヒロトの姿も見えなくなり、わたしの瞳に闇が来た。
最期にみた君の顔は、すこしだけ動揺していて可愛かった。
無理ないよね、嘘がわかる人間なんて。めったにいないもん。


だからね、ヒロト。



最期まで伝えられなかったけれど、わたしと一緒に居たいと言ってくれたのは嘘じゃないって、わかってるよ。貴方は嘘かと聞いたわたしの言葉を肯定したけど、それも嘘だね。
嘘の嘘で、本当を隠したんでしょう。

わたし、今までいろんな人の嘘に耐えてきたんだ。嘘に気付かないふりをしたり、嘘に嘘で報いたりもした。そのうち本当のことに触れるのも怖くなっちゃって、疲れてしまったんです。

でも最期に、ヒロトが嘘の嘘を吐いてくれて良かった。
最期に出会えたのがのヒロトの嘘で、それで死ねるんだから幸せだよ。
嘘がわかる女の人生は、きっとこれが潮時なのでしょう。だから、貴方は貴方の信じることを真っ当してください。



(ああ…眠い…)



ありがとう。さようなら、ヒロト。
もう見えない貴方に。






END









































「遅かったなグラ…女!!?」

「死んでいるのか?目立った外傷は見当たらないが」

「死んではないよ。強い睡眠薬で昏睡しているだけだ」

「なぜだグラン…なぜ消してやらなかった?」


「さぁね…。睡眠薬と言っても昏睡する程強いものを飲ませたから、意識が戻った時に後遺症が残らないとも限らないよ」



ナナシを両腕に抱きかかえ、怪しく微笑むグランに背筋を凍らせるチームメイトたち。
未だかつて、こんなグランの姿を見たことがあっただろうか。
見る限り生気を失ったナナシの姿を見下ろす姿は、まるで修羅のそれであった。


「まさか、連れていく気じゃ―…」

「口ごたえなんてしないよね?」


睨まれて黙る二人を尻目に、グランは「嘘がわかる、か…」と一人呟いた。



「きみが"死んでも"傍にいると言ったんだよ」




ヒロトの笑い声が部屋に響き、ナナシの腕が だらりと力なく垂れ下がった。





















他ジャンルで敬愛する倉/橋/ヨ/エ/コ氏の楽曲より
最後喋ってたのはウルビダとかその辺かなー