ねぇヒロト、ヒロト




わたし知ってたよ

わかってたんだよ













わたしは守みたいに攻守もできなければ、鬼道くんみたいに頭がいいわけでもないし、豪炎寺くんみたいに凄いシュートが打てちゃうわけでも、ない。
正直行ってみんなみたいに技が打てるわけでもない。
しがないマネージャーだ。


キャラバンにつれてきて貰えたのなんて奇跡中の奇跡なんじゃないか。(でも平々凡々なわたしを連れてきてくれたのは他でもない監督である。)
わたしの仕事はみんなにスポーツドリンクやタオルをあげたり、試合の記録をつけるだけ。正直に言えば、この完璧なキャラバンの中で、わたしごときが仕事する必要なんてない。
とにかくわたしにはこれといった特技が見当たらない。


ただ、
強いて言うなら、

人より少し直感が強い。


わたしの直感というのは、霊感とかそういう類のものじゃなくて、もっとかんたんな、シンプルなもの。


わたしには人の嘘がわかる。







世の中には知らない方がいいことは沢山あって、なまじ真実がわかってしまうことより最初からうやむやな方がいいことも、ある。


例えば、
お誕生日会に呼ぶの忘ちゃったとか(本当は最初から呼ぶ気ないくせに)、お前のために弁当残しといてやったとか(明らかに嫌いなもの押しつけてるだろうが)




お前たちとは仲間のふりをしているだけだ、とか。







わたしは人の心を読めるわけじゃないから、何を考えてるかまで判らない。でも、いくら上手に誤魔化しても嘘ならわかる。わたしたちに接する気持ちは、本当のものじゃない。
その笑顔も、言葉も、ぜんぶ……


なぜだろうか
君は決して心を許さないんだ。



守は、すっかり君を信頼しているというのに。
そして、わたしも。





「ナナシ、ちょっといい?」

「ん?なに、ヒロト」

「今日きみの家に行ってもいいかな」

「全然かまわないけどなんで?」

「なんかね、きみの手料理が食べたいなー、なんて」




なぜだろう、その時の貴方からは嘘が感じられなかったんだ。
わたしや守に馴染みはじめて嘘だと思わなかった。
わたしは君が心を許してくれたのかと思ってすごく嬉しかった。
今までが嘘だと判っていた分、その言葉がわたしを舞い上がらせた。

ヒロトの本当の気持ちに触れられたと、
酷く 幸せに感じた。



その日は運悪く片付けがうまくいかなくて、帰るのが遅くなってしまった。
でも はじめてヒロトが嘘を吐かなかった…"ヒロトの本当"に触れることができて浮かれてたせいもあって、苦にならなかった。


うちへの帰り道…その日は確か、三日月だったと思う。
夜の冷えた空気にさらされて冷たくなったわたしの手を、ヒロトは握ってくれた。綺麗な手。細いけど男の子の、力強い指が伸びている手のひら。




「ヒロトの手もあんまあったかくないね。」

「ナナシのよりは冷えてないよ」

「うん」

「思ったより小さい手…」

「そう?」





会話はとりとめのないものだったけれど、とりとめのないものだったからこそ、嘘が感じられないのが幸せだった。
だって、普段の、普通の…本当のヒロトがそこにいるってことでしょう?
わたしの手をとってくれたのも、こうして喋ってることも、
上辺とか付き合いとか、ごっこ遊びじゃないんだ、って。


人と人が触れ合うのに、そこに嘘という隔たりがあることは、とても悲しいことだと
わたしは痛いほど知っているから。





結局家に着いたのは8時近い時間。
すこし遅めの晩ご飯の時間にお互い苦笑しながら、リビングのソファに着く。
当然ヒロトが来るなんて予想もしてなかったから、料理の準備なんてできていない。(そもそもしてない…)
夕飯、という時間もかなり過ぎてるし、今から作るのも時間がかかる…するとヒロトが帰るのは夜遅くになってしまう。
こんな冷え込む中、じゃあね、なんて彼を帰すことはできない。
だから思い切って聞いた。




「ヒロト今日泊まる?」

「…何を言ってるんだい」

「いやかな?嫌なら無理にとは言わないけど…ほら、遅くなっちゃったし」

「嫌なわけないよ。ただ、」

「ただ?」

「きみは、警戒しないの?俺も一応男なんだけど」

「わたしヒロトを信用してるから」

「…そうか」





わたしごときにヒロトが間違いを起こすわけないじゃない。この人も変な心配をするんだなぁと思ったらなんだかおかしくて少しだけ吹いてしまった。
ヒロトは眉をひそめてどうした、と怪訝そうな顔をしたが不機嫌そうではなかった。
それどころか、どこか楽しそうにもみえた。
嘘じゃなく、楽しそうに。


「ならお言葉に甘えさせて貰おうかな」

「そうしなよ。わたしもヒロトの傍にいたい」

「…照れること言うね…」

「でも、ほんとのことだよ」

「奇遇だね…俺も、ナナシの傍に居たいんだ」




その言葉も嘘じゃなかった。家に来たいと言ってくれたときから、彼の気持ちから嘘を感じることができなかった。いや、嘘でも良かったかもしれない。
もしかしたら、嘘でも幸せなのかもしれない。
ヒロトが傍に居てくれることが。


「ごめん、ね…」



ふと、ヒロトが言った言葉は、泊まることへの謝罪だけではないことにすぐに気がついた。ヒロトは何かをかくしていて、それが彼に嘘を吐かせてるんじゃないか、って。
こういう時のわたしの第六感はよく当たる。
当たってなんて欲しくないのに。




「わたしはヒロトが何者だとか、気にしないからね…」

「…」

「ヒロトの傍に居たいだけだから」




はっきりと、ヒロトと目が合った。
目が合った瞬間、彼の職人の手が、腕がわたしの肢体をからめとり、わたしはヒロトの香りと体温につつまれる。
お互いに一日の終わりの、少しべたついた体が
より一層 相手の存在を強くした。


ヒロトに抱き締められながら見た、窓辺に置いた金魚鉢に揺れていた三日月をよく覚えている。








あの日からヒロトはわたしには嘘を吐かなくなった。
それから、わたしの作った料理をよく褒めるようになった。



別に付き合っていたわけじゃないと思う。わたしもヒロトの、いわゆる彼女というものになったつもりはなかったし、巷の恋人達のような付き合いは特にしなかった。
ただ、圧倒的に一緒にいる時間が増えた。

確かにあの日はお互い、「傍に居たい」と言ったけども。
まさかヒロトがここまで徹底するとは思わなかったから。

かえってヒロトが何かに追われて焦って居るようにもみえた。
まるで無理にでもわたしとの時間を作ってるように。




きっとヒロトは、
彼は、わたしたちの目の前から姿を消すのだろう。
たぶん、裏切りという形で 。



「俺は、君の傍にいるから…」

「それは、いつまで?」

「死んでも」






嘘だ















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