大人になりそうでなれないのが“思春期”というものだと思う。
とにかく自分の中では大人というものは、なんでも自分で決断できて行動できる、巨大な権力を持った存在だというイメージがある。

自分ほどの年代になると各々が自立し始め、各自の判断で行動する。
…ところが、中学生はやはり大人ではなくあくまでも中学生であり、当然年齢による制約がある。したくても、できないというジレンマを抱えて日々を送る。まさにそれこそが“思春期”だ。




さて、本題は俺の目の前ですやすやと安眠を貪る女をどうするかということだ。
ナナシは俺の幼馴染みで、且つ密かに思いを寄せている人物…であるが。



…何故こうも無防備に寝ているのだろうか。
いや、そもそもここは俺の部屋であってナナシの部屋ではない。何度も確認したが俺の部屋だ。
となるとナナシがここで寝ているというのは更におかしな状況である。

俺の部屋の、しかも俺のベッドの上で好きな女が無防備に寝ている。
…なんだこれは…一体なんだっていうんだ。
あり得ない状況に頭が混乱するが、もしかして、これはかなりオイシイシチュエーションなのではないか?という考えが頭を過った。


目の前に、好きな女。おまけに無防備に眠っているときた。

あまりにも無防備すぎて、もしかしたら俺は男として見られていないんじゃないかと少し悲しくもなるが、“オイシイシチュエーションである”と認識してしまうともう心臓がおなしな脈動をしてしまう。胸の中心からすこし左に寄った部位が破裂してしまいそうだ。




俺はどうしたら...





(あ、唇乾燥してる...)



眠っているナナシの唇はすこし乾燥しているようだった。
ナナシの唇を眺めていたはずなのになぜか自分の唇も触っていた。
自分の唇も十分乾燥していた。

確か鞄の中に以前ナナシから渡されたワセリンが入っていたはずだ。
冬になると唇が乾燥するので、それを見かねたナナシが俺に渡してくれたものだ。
ナナシが唇に、つやつや、ぬるぬるしたオイルを塗る姿はとてもソソるものがあった。だが、それを自分がつけている姿を想像するとなんとも情けなく女々しいものに思えて、貰ったのは嬉しかったのだがそのまま鞄にいれて放置していたのだ。


俺はそっとナナシを起こさないように鞄の中身をあさる。
確かこの前底の方で見かけたはず。


残念ながら俺の鞄の中は魔窟だ。




探すのに苦労した。余計なプリントや教科書類、筆記用具に埋もれていた、そのプラスチックの容器がようやく出てきた。
そっと蓋を外して中のオイルに触れると、指先からぬるりとした感覚が伝わってきた。
オイルで指がてらてらと光る。

いまからこれをナナシの唇に塗るのかと思うとより一層胸が高鳴った。
というよりは緊張した。
なぜ。
ワセリンを塗る、たったそれだけの行為のはずなのに何故こんなにも緊張...いや興奮?するのだろうか。
相手がナナシだからか。
そうなんだな。




震える指先をそっとナナシの唇に近づける。
唇を潤すという至ってシンプルな行動が卑猥に思えてしまうのも俺が"思春期"だからなのか、それともぬらぬらと光るワセリンがいやらしさを増幅しているからなのか。
多分両方だ。
生々しいそれをナナシの唇に塗り付けるということを考えるだけでも、なにか別のものを想像してしまいそうで怖い。いやもう想像している。自分の想像力が怖い。



息を止めてぬめるそれがとうとうナナシの唇に触れた。



にゅるん。



ナナシの唇はわずかに乾燥していたが予想外に柔らかくて俺の鼓動はもう限界まで高鳴っていた。心臓じゃないところまでいきり立ってしまいそうだ。
柔らかい唇と指との間にあるワセリンが潤滑油のようにスライドを滑らかにする。




もしこれがワセリンじゃなかったら。
卑猥なアレとかソレとかだったら。









.....考えるな。
考えたらマズい。ナナシが。ナナシの貞操が。
俺の理性もマズい。






ようやく塗り終わって、指を離してみると唇が誘うようにぬらぬらと光っていた。
これはもう誘われていると考えてもいいのだろうか。



(ああそう言えば)




俺の唇も乾いてるんだった。










今日俺は彼女に対して初めて、ほとんど初めてと言っていい程自らの思考で決断を下す。思春期でありながら制約から抜け出して一歩踏み出そうとしているそれはまさに思春期の終わりであるように感じた。もし彼女が目覚めたらこういえばいいだろう。『お前の唇が乾いていたからワセリンを塗っていただけ』













習作。久しぶりに描いた晴矢がこんなんで申し訳