※ヤンデル晴矢















日常というやつは変化がない。変化がないからこそ日常と呼ぶ。
ただ変化がないと人間というのは飽きてしまうらしい。
オレもその代表のような生活を送っていた。

いつもの通り学校へ行き、いつものように練習し、
いつものように友人達と軽口を叩いて、いつものように帰る。
まさに"いつも通り"という生活。



ただ、ナナシのコトを意識しだしてからその"いつも通り"が変わった。
いや、意識したくて意識してるんじゃねぇ。
無意識のうちに意識してるんだからタチが悪い。
気づいたらナナシを目で追い、気がついたらナナシが通った方向へと足を運ぶ。


...オレの日常がナナシに乗っ取られそうな気がした。




「晴矢」

「ぅおっ!?」

「そ、そんなに驚かなくても...」



困ったように苦笑いをするヤツは、さっきまで頭の中の99%を占めていたナナシ。
今度は脳内だけではなく、視界まで支配している。


なんだかんだで、オレとナナシは"付き合っている"。
もちろん、なんとなく話す機会を作って、
仲良くなるようにしむけていたのはオレだったが。




「晴矢が言ってた映画、見たよ」

「おー、どうだった?」

「良かった!もう泣けるーあれ見たら普通の邦画見れなくなりそう」

「ははっ、そうだろ。アレ見て風介なんてだだ泣きだったんだぜ?」

「えー、あの涼野くんが?」

「疑うなら風介に聞いてみろよ。まあアイツが素直に泣きましたなんて言うとも思えねぇが」

「確かに」


こんな些細な会話でさえオレの脳内をしびれさすのには十分だった。
ああして言葉を紡ぎだしたナナシの唇に目がいってしかたねぇ。
アレをあのまま自分の唇で塞いでしまいたい衝動にかられる。
可愛いやつなんだ。本当にナナシは可愛いんだ。



晴矢は良い映画見ているね。今度も教えてね。と、言ってオレのもとを離れるナナシ。
残念ながらオレたちのクラスは違う。だから休み時間という短い時を利用してしか俺たちはこうして会話をかわす事ができない。クラス分けをした教員達が心底恨めしい。


...他のクラスメイトがいる教室でキスなんてことをしたら、ナナシはなんていうだろうか。
顔を真っ赤にして拗ねるか、恥ずかしがって教室から走って出て行くかだろう。
そうなったらオレはナナシとしばらく口をきけなくなるかもしれない。

今は49%の衝動と、51%の理性でなんとか保たれているが、
いつ理性が切れてしまうかわからない。
ナナシを想いすぎて、衝動が理性を殺してしまう、かもしれない。



付き合っているのに、片思いのようなこの気持ちは、一向に消える気配がない。






***







「おせぇ...」



いつもならすぐに家に帰ってくるナナシが帰ってこない。
今日は珍しく練習もないっていうのに、だからナナシの部屋に来たというのに。


近頃ナナシはマンションに一人で住んでいる。
今、彼女の両親は共に三ヶ月間の海外出張に出ていて不在だ。
だから、このマンションに出入りしているのはオレとナナシだけということになる。


「あいつ、今日塾かなんかだったかな...」


そうだとしたら、ここで待つのは野暮だ。
とりあえず鞄から携帯を取り出して、ナナシに電話した。
4コール目で電話に出る音。



『もしもし?』

「あ、ナナシか?オレだけど―...」

『ッ――!!』


ピッ ツー、ツー、ツー、



「なんだ?」


いきなり切られた電話に頭が混乱する。
いつもの彼女ならそんなことはしねぇから
もしかしたら急に予定が入ったのかもしれない。
それか、マナーを大事にする彼女のことだから、電車内とかで電話を切ったのかもしれない。


「つまんねぇなあー...」



オレはナナシのベッドの上に寝転んで、彼女のベッドサイドの本棚から小学校のアルバムを取り出した。
ぺらぺらとめくると3クラス目に彼女の顔と写真が乗せてあった。
あどけない顔で丸く切り出された写真に写る彼女は、
今よりすこし幼かったが、変わらず可愛かった。
ソレを見ていると自然と頬が弛む。

いつもなら彼女が帰ってこないときはこれで帰るが、今日はやめた。
彼女を迎えて、疲れたからだを抱きしめてやろうと想った。
写真の中の少女は変わらず微笑んでいる。








「どうしたの、ナナシ」

「また非通知着信...最近多いんだよね」

「それ、大丈夫なの?ストーカーじゃなくて?」

「怖いけど、間違い、かも...しれないし....」

「他には?なにか変わった事はない?」

「....家のベッドの上で、誰かが寝てる、かも。小学校のころのアルバムが勝手に開かれてたりするし」

「どうしてそれを早く私にいわないの!?」

「だ、だって..."風介"部活で忙しいし」

「ナナシの身の安全に関わる事なんだよ!?それ完全にストーカーなんだよ!?」

「そう、かな...」

「...今日は私、ナナシの家まで行くから」

「え...いいよ。せっかくの練習休みなんだよ?風介ゆっくり休みなよ」

「こういうときは私に甘えて。だってわたしは」





"ナナシの恋人なんだからね"









うたた寝をしてしまったらしい。
が、ドアに鍵を差し込む音で目がさめた。
ドア越しに人の声が聞こえる。

ナナシだ。








「...鍵、開いてる.....朝、閉めたのに」

「...ナナシ、私の後ろに下がってて」

「うん...」









「あれ?鍵開いてる。晴矢かな」







聞こえるのは、"ナナシ一人の声"。
目に写るのは、"オレを見つけて驚きながら喜ぶナナシ"




「"南雲"く、ん...!?」

「晴矢...!?まさかお前が」






「あ、やっぱり晴矢だ!ただいまあ」







「ああ....」





おかえり、ナナシ。















日常というやつは変化がない。変化がないからこそ日常と呼ぶ。
ただ変化がないと人間というのはおかしくなってしまう。
オレもその代表のような生活を送っていた。

いつもの通りナナシの部屋へ行き、いつものようにベッドに寝転び、
いつものようにナナシの帰りを待ち、いつものようにナナシにキスをする。
まさに"いつも通り"という生活。




















「"風介"が言ってた映画、見たよ」

「ああ、どうだった?」

「良かった!もう泣けるーあれ見たら普通の邦画見れなくなりそう」

「ははっ、そうだろう。アレ見て晴矢なんて子供みたいに泣いてたんだよ」

「えー、あの"南雲"くんが?」

「疑うなら晴矢に聞いてみてよ。まあアイツが素直に泣きましたなんて言うとも思えないけど」

「確かに」