ガゼルくんはとても誠実で優しい。
たまに冷たいけれどそれは優しさの裏返しだということもあたしは知っている。
そしてガゼルくんは容姿端麗だ。
もしかしたら女のあたしよりも女物の服が似合うかもしれない。
実際中世的な顔立ちの人は綺麗な人ばかりだと思う...おっと話が逸れた。


ここであたしが問題にしているのは
ガゼルくんがあんまりにもモテないということについてだ。
いや本当はモテる。うーん...いや、モテるというよりは人気者だ。
ダイヤモンドダストのリーダーであると同時にこの容姿だ。
女子に人気がでないはずが無い。




が、しかし、
ガゼルくんは付き合った女の子たちとことごとくうまく行かない。
うまく行かないというか、振られる。いつも短い付き合いだ。
なぜ振られるかというのは、
「貴方って本当はぜんぜん面白くない人なのネ」
という一言に尽きる。
ガゼルくんはよくあたしの部屋に来ては
「私は面白くないのか!?」とあたしの枕を抱いて落ち込んで
あげくの果てに「慰めろ」とか言い出して勝手に抱きついて帰っていく。


かつてガゼルくんと付き合っていた女の子たちにそれとなく聞いてみたことがあった。
彼女達は口をそろえてこういう風に説明する。
サッカーをしているときのガゼルくんは
グランくんやバーンくんと並んで"危険な男"の香りがするらしく
そこに魅かれるのだという。
でも実際に付き合ってみると変に真面目で彼女達には物足りないのだと。
(あたしとしては印象だけで付き合おうとする精神が理解しがたいけれど)



誠実で優しく淡白な男の人より、
ちゃらちゃらしてて情熱的な男の人のほうがもてるようだ。
(失礼だけれども、たとえばグラン君とか)
腹が立っても傷ついても、
『本当に好きなのは君だけだよ、ごめんなさい』
ってちらっと泣いてでもくれればなんでも許せるものかも。
うーん、そうか?でも、そうか...








「集中できないんだ」

「何に?」


いつものごとく振られたガゼルくんがあたしの部屋に篭城して、
枕を抱えてベッドに寝転んでいる。
あたしのベッドだが、もはやおかまいなしだ。
あたしもあたしでガゼルくんの隣にその身を横たえて本を読んでいた。
背中合わせの状態で同じベッドに寝そべる。
けっこう奇妙な光景かもしれない。







「誰かと付き合っていても、その人に集中できないってことだよ。私だって、付き合ったらいつもその人のことを考えていたいさ。だけど、頭に浮かんでくるのは別の人間なんだ」

「それはアレだよ、ガゼル君。誰だかはしらないけど、実はその別の人に恋してるからじゃないの?」

「なんだって!?」

「...ガゼルくん、実は恋愛音痴?」

「そんな、馬鹿な...。いや、違うんだ。ただナナシのことを考えていると心の中が暖かくなって、心臓が、ああ、今だって!」

「そう。じゃあガゼルくんはそのナナシという人に...ん?」



待ってこれ何かがおかしい。おかしいぞ。
ナナシというのは確か、あたしの名前だ。いや、確実にあたしの名前だ。
でも、もしかしたら同じ名前の人かもしれない。
ただそれだけかもしれない。

と、思っているうちに全身に圧迫感。
何事か、と思って視線を下にそらせてみると
あたしの身体に白っちい二本の腕がにうと絡み付いていた。


「な、なにをしているのかな?」

「そうか...わかった。私は、ナナシに恋をしていたんだ!」

「!」


あたしの話をシカトしてガゼルくんはぎゅうぎゅうと身体を締め付けてくる。
うう、苦しい。けれどガゼルくんに影響されてか、あたしの心臓までドキドキしてくる。
なんてことなのだろう。

ガゼルくんは少しあたしをしめつける腕を緩めて、あたしを向かい合わせると真剣な顔でこう言った。





「ナナシ!私と付き合ってくれ!」




突然の爆弾発言にあたしはフリーズした。
ダイヤモンドダストの人気者、容姿端麗ガゼル様、が、あたしなんぞに付き合えと言った。
耳を疑わないわけがない。
あたしがフリーズして言葉を失っているとガゼルくんはこうも続けた。



「ナナシ、わたしに無理矢理付き合わされるのと、合意の上で付き合うのとどっちが良い?」



これでは合意と無理矢理の違いであって、結果はかわらないじゃないか...
心臓の音が鳴り止まないまま、あたしはぼそりと「ご、合意の上で...」とつぶやいた。
多分顔が真っ赤だと思う。血液が顔面に行っているのがよくわかる。火照っているのだ。
そうするとガゼルくんはいつものポーカーフェイスを崩して笑顔になるものだから、あたしの熱はますます引きそうになかった。
これを自覚がある上でやっているのか、どうなのか。



ガゼルくん。きみは面白くないひとでも、真面目すぎる人でもない。
あたしにとっては情熱的で、かつ、危険な人だったのだ。



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