好き好き | ナノ




何度目かの窮地だった。


臨也さんは目立たないという事ができない人種なのだろうか、真っ黒い装いを改める気はないらしいし、もともと嫌味なくらい整った顔をしているからやはり目をひく。
そんな人の側にぴったりくっついてる僕も僕なんだけど、要らぬ火の粉を被るのは見え見えだ。端からわかっていた事。

だけど、これはもう勘弁して欲しい。


「お前折原臨也の関係者だな?」

くらくらと麻酔で朦朧とする頭で、ああ、またかと思う。
またカンケイシャだ。
それは、まあ、深くまでいうとそういうカンケイを持っていたりするのだけれど、僕はあの人の事をそれ程知っている訳ではない。仕事の内容なんて、僕には興味がなかったし、多分、『普通』に調べればわかる程度しか知らない。
折原臨也。
情報屋で、表向きはファイナンシャルプランナー。
25歳だけど本人は永遠の21歳と主張。
嫌いな食べ物はレトルトや缶詰。
好きな食べ物は…ええと…

ぐわん、と頭が揺れてしばらくすると頬がひりひりと痛み出した。殴られた。ああ、酷く腫れなきゃいいけど。

「オイ、やめろ」
「だってよ、こいつ返事しねぇから…」
「薬の量間違えたんじゃねぇのかァ?」

がやがやと音が頭の中で入り混じる。もう一度目を閉じて、何もなかった事にして眠りたかった。けど、やめた。
多分もう一度寝たら今度は頬だけじゃ済まない気がする。

「…ここ…は?」
「やっと意識戻ってきたか、手間かけさせやがって」
「僕…は、誘拐されたんですね」
「そうだ。お前には人質になってもらう、今度こそあいつに痛い目みさせてやるんだよ」
「あいつのせいで俺らの組は…」
「…あの、臨也さんに連絡は?」
「あ?」

取り乱しもせず、冷静に話している僕に犯人?と思わしい人達は拍子抜けしたような顔をしていた。

「…なんだお前」

これはもうちょっと怖がったらどうなんだということだろうか。

「オイ、お前やっぱり薬の量とちってんじゃねーか」
「ちゃんとやったつってんだろ」
「あ、いえ…僕はただ、『こういうの』は慣れっこなんです」

にっこり、と笑みを作れば犯人達はよくわからないというような顔をした。

――…4人。
バンの外にも何人かいるんだろう。一人…いや、2人ってところかな。話ぶりや行動から察するにほんの下っ端。でもこれくらいならまだ優しい方だ。
前は25人くらいのカラーギャングに囲まれたりだとか、ヤクザの人だとかに連れ去られた。
だから、本当に慣れている。
不本意で不名誉な慣れだけど。

――…だから、この後の展開もだいたい予測できる。

「臨也さんには、何て言ったんですか」
「さっきからベラベラと何なんだてめぇは!黙らすぞオラァ」
「…気分を害されたなら、すみません。謝ります。でも、少しでもお力になれたらな、と」
「はぁ?」
「僕も一発くらいは臨也さんを殴って貰いたいので」

理不尽な誘拐ぬ巻き込まれる鬱憤を晴らして欲しくて心からそう思っているのだが、あまり相手にされなかった。
それどころか馬鹿にしていると捉えられたようだ。さっきと同じところを殴られる。いや僕じゃなくて臨也さんを殴って下さいよ。麻酔で幾分か感覚が麻痺してるっていっても、やはり痛いものは痛い。

「この野郎なめやがって!」
「いいじゃねぇか、どうやらこいつ自分が置かれてる立場わかってねぇみてーだしよ。言ってやれ」

十分すぎる程わかってます。
とは流石に言わなかったが、誘拐犯は律儀に説明してくれた。

「折原臨也にはちゃあんと連絡してあるよ、お前の知り合いを預かってるってよ。場所も時間もこっちで指定した。それに、あいつ一人で来ないと人質を袋だたきにして病院送りにしてやるってな」

…なるほど。
ベタだ。

このシナリオなら、用意されてる結末も一つ。わかりやすい。

まず、6人ならば、彼らの望み通りに一人で来るだろう。
25人みたいな大人数だと静雄さんやセルティさんを使うけど、その後決まって臨也さんは拗ねる。
後、時間には多少のズレはあるけれどもちゃんと来る。前に、僕がそっちの趣味がある人達にみせしめだとか言って輪姦されかけてるのをちゃっかり観察してから来た時はいつか殺そうと思った。

…僕のこの誘拐も、多分臨也さんの観察の一部に組み込まれているのだろう。
たまに悲しくなる。

「さて、時間だ」

そう運転席の犯人が言った時だった。

バリ、と凄い音がして皆一斉にそちらを見ると、フロントガラスに男の顔が減り込んでいた。男は血でガラスを赤に染めながら、ずり落ちて行く。赤く染まったフロントガラス、その向こうに笑顔で立っている人影。

「お…折原ァ!」
『やあ、待たせたね帝人くん』

にこやかに、臨也さんは手を振っている。
足元に転がっている何か黒い塊をふんずけていたが、それは僕が表で待機していると想定していた一人だった。
2人脱落。後、4人。

「野郎ォ…っ!」

慌ただしく車外へと次々と飛び出していく。僕は置いていって欲しかったが、引きずられるように外に出された。

「てめぇ、今日という今日は許さねぇ!!」
「あは、こんなところまでテンプレだよ。車内での会話もそうだけど、君達漫画の読みすぎじゃない?」

怒りを煽るのは臨也さんの十八番だな、と冷めた目で見ていると、臨也さんと目があった。
ニコッと微笑みかけてくるが、このあまりいい笑顔でないと直感的にわかった。
そういえば、今車内がどうとか……あ。
血の気が引くのがわかる。


やばい。


「帝人くん、酷いなぁ。俺を殴ってくれだなんて」
「………。」
「後でお仕置き、ね」

…目が笑ってないです臨也さん。


その後は臨也さん無双だった。

説明するまでもないけれど、一応。
まず、こいつがどうなってもいいのかと犯人がナイフを僕の首に突き付ける。
「参ったな、降ー参ー」と手を挙げる振りをして小型ナイフを投げて僕を拘束していた2人を刺し、逆上した残り2人をご自慢の身のこなしでかわしたりナイフで刺したり。10分もしないうちに、犯人達は床に伸び上がっていた。

「…お疲れ様です臨也さん、さすがですね」
「ん?ありがと、帝人くん」

でも俺あんまりこういう暴力とか得意じゃないんだけどねぇ、と言いながら臨也さんは近づいてきた。いや、十分です。
伊達に静雄さんと殺り合ってないなと思うのはこういう時だ。

「……腫れてる」

拘束を解きながら、臨也さんは僕の頬に触れた。程よく冷たい臨也さんの手が心地好くて、思わず擦り寄ってしまう。猫みたいだと自分で恥ずかしくなった。

「ねぇ、これ、誰に殴られた?」

は、とする。
甘い気持ちに浸ろうとしていた僕の背中を汗が伝う。

手と同じく冷たい声だった。
臨也さんを見れば、底冷えするような目をしている。
僕が言葉を詰まらせていると、臨也さんは床に伸び上ている犯人達を睨みつけていた。

「…あの声は、あいつだね」

臨也さんは犯人の一人に近づくと、その人の右頬を足で踏んだ。僕が、殴られた場所。

「俺の帝人くんに何してくれたの」


あ、という間もなかった。
骨の折れる音がする。臨也さんは何度も何度も思いっきり右頬を踏み付け、その度にびくびくと犯人の身体が揺れた。悲鳴も出ない程の激痛なのだろう。
唖然として見ていたが、このままではいけないと臨也さんの名前を叫んだ。

「どうしたの、帝人くん」

笑顔で振り向く臨也さんは、いつもの臨也さんだった。


「さあ、早く帰ろうか」




助手席に座りながら考える。
愛されてないわけじゃ、ない。
むしろ、臨也さんは僕を溺愛していると言ってもいい。

誘拐された時、僕に傷を負わした人はいつもああいう末路をたどる。酷く痛めつけられる人達を見ながら、不謹慎だが僕は臨也さんに愛されていると感じた。愛されていると自惚れる事ができた。

もちろん、誘拐される事を是としているわけじゃない。正直さらわれるのも面倒くさい。
まあ、そもそも誘拐されてしまうような僕も悪いし、僕を巻き込むような『情報屋』なんて仕事をしている臨也さんも悪いんだけど。

運転席に乗り込んでくる臨也さんを見て思う。

「臨也さん」
「ん?」

僕が本当に好きなら、愛してるなら…――




(―――……なーんてね)


「…なんでもないです」
「そう?変な帝人くん」

そう、変だ。僕も貴方も。
結局、僕も臨也さんを溺愛しているのだ。『情報屋』である事を含めて。
そして、何をされても、許してしまうくらいに。
臨也さんの何もかもを、受け入れられると思うくらいに。

「さーて、どんなお仕置きがいいかなあ」
「………」

……どんなお仕置きでも、受け入れられる、くらいにも?




愛に溺れる

110227

---------------

相思相愛よかったね。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -