彼と彼 4 | ナノ




少し持ち上げる事さえ億劫そうに見える程、帝人の目は腫れていた。

「酷い顔だなぁ」

鏡の向こうから、哀れむような視線が投げかけられる。
だが、帝人の心は晴れやかだった。長年背負っていた重い荷物を下ろす事が出来るのだ。そう簡単にきっぱりと忘れる事は出来ないだろうが、振り返り、あの頃は若かっただの、記憶を拾いあげて懐かしんだり慈しむようにはなれるはずだと、帝人は思った。

洗面台で顔を洗い、タオルを持ったまま冷蔵庫へと向かう。氷をタオルで包み目にあてた。
目にあった熱が引くにつれて、気持ちも落ち着いてくる。

「……学校に行かなくちゃ」

ぽつり、と呟く。
時計は間もなく12時を指そうとしていた。



身支度を整え、玄関にたった。
玄関は電灯をつけていないせいか、薄暗かった。…先程まで帝人が泣き崩れていた場所。
呼吸を一つ、帝人は前を見据えるとドアを大きく開けて外へと足を踏み出した。





(…これからどうしよう、)

学校への道すがら帝人は思った。
臨也への想いと決別を決めたはいいが、どう振る舞えばいいのだろうと首を傾げる。

できるなら、臨也の側に居たくない。

帝人は初めてそう思った事に少なからず驚いていた。
別に想いを捨てると決めたから、いきなり嫌いになったという訳ではない。むしろその逆で、側に少しでもいたら、またふとした瞬間に想いが溢れ出しそうだからだ。

(…もう、あんな思いはしたくないな)

思い出しただけでも、じくりと胸が痛む。

だが、側に居たくないといっても、あまりにも臨也と一緒だったためか、臨也がいない自分というものを帝人は想像できなかった。それに同学年でクラスも一緒となれば、避けるのは容易い事ではない。側にいる事だけを考え、数々の臨也との接点を喜んでいたが、臨也を遠ざけたい今となっては全てが煩わしい。

(困ったなあ)

心の底からため息が出た時だった。

「痛っ!」

考え事をしながら歩いていた帝人は壁に頭をしたたかに打ち付けた。いや、それは壁ではなく、壁のように固い“何か”だった。
思わず後ろに倒れ込みそうになった帝人は目を閉じて衝撃を待ったが、一向に地面に身体が打ち付けられる気配はない。
むしろ、温かい感触に抱き留められていた。


「…お前は人にぶつからないと道を歩けないのか?」


きらびやかな金髪だった。
軽い脳震盪を起こしながら、薄目に見えた金色、呆れたように細められた目、その顔立ち。

帝人は昨日見た、斜陽に照らされた金色を思い出した。



帝人は日誌を提出しに行ったきり、一向に帰って来ない臨也を不審に思った。
来良は新設の校舎で充実した設備と共に、校舎も広い。初めて来た時はその広さに戸惑い迷いもしたが、入学して一月もたてばすっかり慣れ、教室と職員室の行き来は5分とかからなくなった。臨也もそうであるはずだった。

――…また先生の自慢話でも聞かされてるのかな、

帝人の担任は昔、高校球児で甲子園に出場した事があるらしく、デスクにしまっている砂を取り出してはその武勇伝を何かと生徒に話したがった。
「俺もう100回は聞いたよ」と苦虫をかみつぶしたような顔をした臨也を思い出し、帝人はくすりと笑った。

仕方ない、助けに行ってあげよう。

そうして帝人は自分の鞄と臨也の鞄持ち、教室を出た。

そして、目にしたのだ。

どさり、と帝人の腕から臨也の鞄が落ちる。
帝人は言葉もなく駆け出した。嘘、嘘だ、嘘だ。先程見た光景が帝人には信じられなかった。臨也の鞄が腕から落ちた時、臨也が帝人から遠ざかっていくように思った。それが怖くて、帝人はぎゅっと目を閉じた。目の奥が熱い、涙がせりあがってくる。

「あっ…」

勢い込んだまま来良の校門を抜け、左へと曲がった時に帝人は、今と同じようにぶつかった。そして、抱き留められた。

赤い光を受けて輝く金色。

その輝きに気を取られたのか、抱き留められ感じた体温に気が抜けたのか、帝人はそのまま泣き出してしまった。
一度涙が出てしまうともう駄目だった。
次から次へと流れる涙は止まらない。

その後は、帝人には泣いていた記憶しかなかった。どうやって家に帰り着いたのか。ただ、困ったように「大丈夫か」「頭痛いのか」を繰り返し、背中をさすってくれていた不器用な手の温もりは覚えていた。そして、この金色も。



知らない人に自分からぶつかった挙げ句、目の前で号泣し、介抱までさせた事を思い出した帝人は一瞬にして赤面した。それに加え、今また自分からぶつかるという有り得ない事態に青ざめる。

「今日は泣くなよ」

相手は抱き留めた腕の中で赤くなったり青くなったりと忙しい帝人に苦笑しながら言った。

「ご、ごめんなさい!本当に…なんて言ったらいいか…!なにかお詫びを…」
「いや、気にしなくていい」

抱き留められていた腕の中から飛び出すと、重ね重ね申し訳ないと帝人は頭をぺこぺこと下げた。
そこで、ふと気がついたことがある。
相手が身につけているのは、自分と同じ来良の制服だった。

「…あの」
「何だ」
「えと、…あなたも来良なんですか?」

帝人の言葉に、相手は首を傾げた後、ああ、と合点がいったように頷く。帝人はどうしてこんなところに?と目で問い掛けていた。

「昼飯忘れたから抜けてきた、金もねぇし家に帰る途中だ」
「そうなんですか……あ、そうだ、じゃあこうしませんか?」
「…?」

突然の申し出に訝し気に相手は眉を寄せていたが、帝人は気にせず笑顔で言った。


「僕に昼食、奢らせてください」


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静雄出るよ!
とかいっときながら静雄のしの字も出てねぇーよ!


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