emotional



俺は本を読むとき、大抵、最初のページを開くときに訳もなく緊張する。
それが漠然とした高揚感に変わって、わくわくする。

これから知る新しい知識と物語、それらに少なからず期待しているのだと思う。

読み進めて、ようやく話が見え始めてくる、まだ半分もいかない頃だ。
起承転結で言うなら、“起”と“承”の間あたりだろうか。

因みに俺は前置きの長い頭でっかちな話は嫌いだ。回りくどい説明は抜きにして、スラスラと世界に馴染めるような話が好み。
一番ベストなのは、話のペースがひっくり返る“転”が長いこと。勿論話が面白くなけりゃあ、それさえ意味がないけれども、だ。

まぁ、そんな時に、俺は失敗する。
そんな面白いと思って読んでいた本が、酷くつまらなく感じることがある。
物語に終わりが近づくと、大抵それはやって来る…ああ、死神みたいだ。

現在は何ページ。
最後のページ数を見て、あとこれだけで終わりなんだと考えて辟易する。
じゃあ見なければいいだろうと思うけれど、どうもうまくいかない。

例えるなら、もう一人の俺が客観的視点から俺を見ていて、それに気づいたって感じだ。
何だか、つまらないことをしたのは自分なんだって、思い知らされているみたいだ。腹が立つ。

でも本を読むのは好きだから、そうしてくだらない終わりを幾度とも迎えても、また新しいページを開きたくなる。
毎度懲りずに、同じ様に緊張と高揚を持って一頁目を見て、世界に引き込まれる。

今度こそは、客観的に見てくる俺に気づかずに、最後の1ページまで読み通したいなぁと思う。

そういえば、俺は時に、ソワソワしてどうにも落ち着かなくなるときがある。
そんなときは大抵、無我夢中で読書に没頭することができた。
終わりを気にすることなく、最後の最後まで読み通すことができて、あまりない終わりかたに少しだけ感動する。
話にも感動して、終わりかたにも感動して、安心する。これは大分稀なのだが。

文字でのみ綴られた白黒のみの内容を、隅々まで知りたいと強く渇望するけれども、そうして多大な期待を寄せても話に釣り合わなくて裏切られるのはかなりの痛手だ。
時に、その痛手が深く突き刺さって、本を読むなんて言う気分は削がれ、暫くやってこない。
スランプに似ている。

欲の波も、暫くすれば返っていくのだろうが、とりあえず今は打ち上げられた魚のようにビタビタと頑張っている。
波に引き戻されないように、物珍しい陸の世界を見ていようと必死になる。
これは例えばの話だから、真に受けてくれなくていい。
高揚していく波がピークに達したときには、その極めて稀な、無我夢中の俺が出来上がるのだと思う。
一生懸命になって、酸素を貪り尽くすようにして活字にかじり付く。過呼吸になりそうだ。

物語を吟味しつつもどこか飛んでいた思案の波が、ゆっくりと戻ってくる。読んでいた1列の文字をもう一度読み直して、頭にいれ、内容を理解する。

作者の頭のなかにだけ存在する話なんて、とてもレアだろうな。
俺の中には決して生まれない貴重な物語。
それは読んで身になるものであるし、俺はその人の心の中でのみ産み出される無限の知識と物語、それらには確かに羨望を抱いている。
俺の中にある話なんて、タカが一般市民の考えている内容と然して変わらない。ありふれたものには、夢がないし、知りたいとも思わない。
結局は自分で産み出せない世界だ。

時折、誰かと会話をしている気になって、俺は本を開く。
とりあえず皆の話を聞かせてくれないか、と語りかけて。寂しいやつだ。

シンと静まり返った空間で読む本の内容は、不思議と抵抗なく頭にはいる。
直接頭に内容を打ち込まれているような感覚に陥る。そうしてから、物語のキーパーソンになったような気でいる。
所詮は壮大なストーリーの中でヒロインを助けたり魔法を使ったり、弱きを助け強きをくじくをモットーに駆け回るヒーローを気取る高校生の思うことだ。気にしないでほしい。
とまぁ、誰しもが羨望する状況が本の中にはある。
それが日常だろうが非日常だろうが、状況を楽しんでいるのはなりきるからだ。登場人物に。

何もない平凡な日常こそが、そういった空想の非日常を作って、羨望する。
俺はそれに毒された一般市民A。なんてチープな存在だ。
モブにさえもなれそうにない。残念。

一区切りがついて、書店のレジカウンターでもらった厚紙の栞を挟みながら時計を見上げた。
薄暗くなってきた部屋の中で、アナログの針は動き続ける。
もうすぐ夕飯の時間だ。本を閉じて、革張りの背表紙をそっと指の腹で撫でてから机の上に置いた。

今日の物語は、主人公の過ごす環境が変わり始めて、今までとは違った毎日をうっすらと感じる1日を終えた辺りで留まった。
次に本を開くのはいつになるだろうか。
夕食後、入浴後、寝る前…若しくは明日になるかもしれない。とにかく内容を忘れてしまわない鮮明なうちに、もう一度読み始めたい。
階下では近所迷惑を一切無視した母の声が俺を呼んだので、今行く!と同じ様に叫んでから自室を後にした。




2012/06/08



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